ヒトはヒトの本質を認めない

古 散太

ヒトはヒトの本質を認めない

 ずっと前から欲しいと思っていたギターがある日突然、想定していた価格より安く販売されていた。ネット通販で販売されている中古のギターだったが、それはすでに数か月ものあいだ売れ残っていた。

 それほど不人気の商品だとは思えない。欲しい人はどこかにいるはずだ。ぼくが欲しいと思ったのは、一昨日だ。相場を考えても安いと思った。

 こういった出会いは、誰の身にも起こっているだろう。一度きりということもあるかもしれないが、ヒトによってはわりと頻繁に、場合によっては日常的に、本気でほしいと思ったものが、急に目の前に現れたり、思っていたより簡単に手に入ったりすることもある。中には譲ってもらえたりすることもあるかもしれない。

 これはたまたまではなく、自らの力によって引き寄せた結果だ。

 巷で言われる引き寄せの法則とは、特別な、何かの儀式やおまじないのようなものではなく、誰の身にも起こっている日常的な体験のことだ。

 また、はじめて行った旅先のホテルなどで、あてがわれた部屋のドアを開けたときに、不穏な空気や異常な室温の冷たさなどを感じるヒトもいる。

 これらの体験に明確な理由は存在しない。ひとつ言えることは、本人にとっては確実に体験したこと、ということだろう。そしてこういった体験は、事の大小はあっても多くの人が体験しているということだ。ただこれも多くの人が、気のせいや勘違いということで決着させているので、あっさりと忘れてしまっている。

 もちろんネガティブな体験については、然るべき対応をしたりさっさと忘れるべきだとは思うが、自分の人生に都合のよいことは、しっかり意識するのが得策だ。意識することで、どれほど小さいとしても成功体験を記憶することができるからだ。

 成功体験の積み重ねは、やがて大きなうねりとなり、本来ヒトが持っている本質的な力を、徐々に、あるいは一気に解放するという体験を味わえる。

 残念なことに、現代を生きる多くのヒトはネガティブな体験ほど強く意識してしまい、記憶に強く刻んでしまう傾向がある。一秒でも過ぎればそれは過去になっているにもかかわらず、まるで熾火(おきび)のように、いつまでも煌々とネガティブな体験から生まれたネガティブな意識を保持しつづけている。そのことが、自分の人生にネガティブな体験を取り込んでいることに気づいていない。

 どんなことでも、悪く受け取ろうと思えば重箱の隅をつつくように、悪く受け取ることができるものだ。


 ヒトの本質は、誰でも同じである。国籍、人種、性別、年齢を問わない。

 その本質とは、「自分の信じているとおり、考えているとおりに行動する」ということだ。

 先ほどの例で言えば、ネガティブな体験をしてネガティブな面を信じたり、考えたりしていれば、自らがネガティブな行動を起こす、ということになる。

 電車の乗ると決めていてタクシーに乗る人はいない。途中で気が変わったなら、それは考えが変わったということだ。しかし絶対に電車に乗ると決めているにもかかわらず、自分の決意とは無関係にタクシーに乗り込むヒトはいないし、サンドウィッチを買おうとしておにぎりを買うヒトはいない。あるいは、何ひとつ信用していないのに銀行にお金を預けるヒトはいないし、スーパーなどで牛肉が腐っているかもしれないと思いながら買う人はいない。

 ヒトは、自分が考えているとおりの行動をするし、信じているからこそ行動することができているのだ。

 世の中に対して、何も信用できないという考えがあるなら、それは自分でも気づかないうちに言動という形で周囲に表現している。自分が周囲の立場ならどうだろう。まったくこちらを信用してくれないヒトに対して、信用することができるだろうか。結果、世の中を信用できないヒトは、世の中からも信用されないのだ。

 こういったことは思考の表面的な部分ではなく、奥底にある思考、いわば潜在意識と呼ばれる領域での思考の話である。どれだけ笑顔を作っても、本音の部分はかならず滲みあふれ出ているものだ。本人は気づかなくても、周囲は客観的に見ているので目につく確率が高い。よく「目が笑っていない」という言葉が聞かれるが、それもそういったことのひとつの表れだと思う。

 だからこそ、自分のネガティブな考えや信じていることを認めて、それでいいならそのままでいいだろうし、嫌なら改善すればいい。本来ヒトは誰もがポジティブなのだ。赤ん坊が嫌味を言うことはないし、嫉妬することもない。誰もが最初は赤ん坊だったのだから、できないことではないだろう。

 結局ぼくは、これも縁のひとつだと考えて青いギターを買った。安物と呼ばれるものかもしれないが、本体の十倍近いお金をかけて改造し、今はメインギターとして使っている。いつだってぼくは、ぼくの本質の忠実なしもべとして生きている。

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