第9話 モブ、悪党を撃退する

「―か、帰って下さいっ! 今、先生はこちらに居ないんですっ!」


 残念ながら、俺の不安は的中したらしい。

 俺が急いで孤児院に戻ってくると、孤児院の前には騎士の格好をした男達が偉そうな態度でエリシルとミュラ、そしてその後ろで涙を浮かべる孤児達の前に立ち塞がっており、エリシルを守るようにして立つミュラを嘲笑うようにして声を上げていた。


「ふん、お前達のようなドブネズミが誰の許可を得てこんなところに家を建てているのだ? 陛下は我々にすぐにでもここを取り壊せ、と命令しているのだぞ?」

「まったくだ。こんな汚いものがこの神聖なる王都にあるなど、景観が損なわれるどころの話ではない。このようなただの粗大ゴミの寄せ集めなどに居続けたら気絶してしまいそうだ」

「はっはっはっ! 違いない!」

「くっ……! エリシル、下がって! こいつらは私がやるっ!」

「ミュラ……! いくらあなたでも……!」


 そう言って、ミュラがいつも稽古に使っている木剣を構えると、騎士団の男達から馬鹿にするような笑い声が響いた。


「はっはっはっ! なんだそれは?」

「稽古用の木剣ではないか! そんなもので何をすると言うのだ、貴様は! ん~?」

「あ、あんた達くらい、わたし一人でも倒せるわっ!」

「ミュ、ミュラ!」

「お前のような子供がこの騎士たる我らを倒せるだと?」

「あっはっはっ! これは面白い! 子供というのは実に愚かだな! 貴様のような子供が我々に傷一つ付けることなどできぬわ!」

「っ……!」

「ふぅ……しかし、面白いものが見れた。貴様のその醜態に免じて、今日は見逃しておいてやろう」

「ほ、本当ですか……?」

「うむ、慈悲深い我々に感謝するのだな。もっとも―」


 そう言って、エリシルが背を向けて去ろうとする騎士団達にほっと胸をなで下ろした時だった―その瞬間、騎士が剣を引き抜くと、背の低いミュラを超えてその剣をエリシルへと向けたのだ。


「―一人くらいは見せしめに殺していくがなあ!」

「エリシ―!?」


 それに気付いたミュラがエリシルの名を叫ぼうとしたが―それは届くことなく、驚くミュラの目の前で『それ』は宙を舞ってしまっていた。驚いたミュラが目を見開く中、宙を舞っていた『それ』はゆっくりと地面に落ちていき―「カラランッ!」と鈍い金属音を立てていた。


「はっはっ―ん? なっ!? お、俺の剣はどこだ!?」


 そんな中、エリシルの首を切り落としたと高笑いをしていた騎士団の男は 『それ』……つまり、自分が持っていたはずの剣が飛んでいったことに今さら気付き、声を上げていた。


 そして、その渦中で今まさに剣でその首を狙われていたエリシルは状況が掴めず、ミュラもまた声を上げていた。


「な、何が起こったの……?」

「わ、分からないけど……」

「なっ……!? な、なんだ貴様は!?」


 二人が困惑した表情を見せていると、少し離れた場所で呆然と立ち尽くしていたもう一人の騎士が俺の存在に気付いて声を上げる。俺は今まさにエリシルの首を狙っていた騎士の剣からエリシルを守るべく、二人の前に体を滑り込ませていた……そう、エリシルに剣を向けていたはずの騎士団の男の剣を吹っ飛ばしたのは俺だったのだ。


「い、一体、何が起き―なっ!? いつの間に……!?」


 そして、そのことに気付かず、目の前に突然現れた俺に驚愕した男が声を上げる中、ミュラとエリシルに前に立った俺は剣を吹き飛ばした木剣を肩に乗せると、ミュラとエリシルが声を驚いて声を上げていた。


「し、シュウ……?」

「シュウ……今、何をしたの……?」

「ん? ああ、エリシルが危なかったらそこのおじさんの剣をこれで飛ばしてあげたんだよ」

「おじ……!?」


 俺の言葉に眉間にシワを寄せる騎士の男には目もくれずに俺は持っていた木剣に軽く視線を向けて答えてやる。すると、自分の持っていたはずの剣を俺に飛ばされたことに気付いてない騎士団の男は、俺の前に立ち尽くしながら俺と剣を交互に視線を送りながら声を上げていた。


「小僧! 貴様、一体、何をしたのだ!?」

「ん? 何って、おじさんの剣を突いただけだよ?」

「なっ!? つ、突いただけだと!? ふ、ふざけるなっ!」

「いや、ふざけてないし、本当のことなんだけど。そんなことより、ミュラ、エリシル。それに孤児達も怪我はしてないか?」

「え……? あ、うん……」

「わ、私達は大丈夫だけど……」

「それなら良かった。みんなに怪我をさせたくないからな」


 とりあえず、ミュラとエリシルに聞いてひと安心する。ともかく、今は目の前の状況を解決するべきだな。


 そう考えた俺は再び騎士の男の方に振り返ると、そのステータスを見ながら唸り声を上げた。


「うーん……それにしても、ステータスを確認したけど、レベル10か……まあ、レベル自体はそれなりに高いけど、スキルはないし、ステータスに補正もない……これ、ゲーム内の名前のあるキャラクター基準で言えば、レベル2……いや、1くらいのステータスだな。まあ、本来ならまだゲームがはじまる前だし、この世界だと騎士はこれくらいが普通なのか?」

「貴様! さっきから一人で何をブツブツと言っている!? 一体、私に何をしたのだ!?」

「だから、これで突いただけだって」

「いい加減なことを言うな! そのようなもので、我が剣を弾くことなどできるわけがないッ!」

「まったく……おじさん、その歳でそんなにカッカッしてると、さらに年を取ったら職場の爺さんみたいに周りから頑固ジジイ呼ばわりされるから気を付けた方が良いよ? それに、いきなり人に剣を向けるなんて危ないことしたら駄目だし、向こうなら即逮捕だからね」


「き、貴様……先ほどからわけの分からないことをごちゃごちゃと……! この俺を愚弄しているのか!?」

「いやいや、元社会人としてアドバイスしてあげただけだよ。……それよりさ、おじさん達は騎士団だよね? 王国の騎士様がこんな辺境に何の用かな?」

「何の用……だと? ふんっ! 薄汚いガキめが……やはり、所詮はドブネズミ! 口の利き方も知らんのか! 良いだろう……どうせ、本格的な作戦はまだ先だ。その前に一人くらい殺しておこうかと思ったが、見せしめに貴様から殺してくれよう!」


 そう言うと、騎士の男が笑みを浮かべる。ふ~ん、本格的な作戦ねぇ……。


「ねえ、それってどんな作戦なの?」

「何? ふんっ! 今から死ぬ貴様に教えてやる必要はないが……所詮は子供、理解もできぬ貴様には冥途の土産に教えてやろう! 間もなく陛下はこの孤児院もろともネズミ共を一掃するつもりなのだッ!」

「そうだ! 貴様らのようなドブネズミ達が居なくなれば、これでこの街も綺麗になる……そうして、ここに新しく工場を建て、国を安泰させようとお考えなのだッ! 貴様らはその礎となるのだ、光栄に思うのだな! はっはっはっ!」

「そ、そんな……」

「っ……」


 いかにもゲームの敵キャラらしく勝手にベラベラと喋ってくれる騎士達の言葉にエリシルが両手で口元をおさえ、ミュラが憎々しげな目を騎士へと向けていた。いや、ほんと、口が軽くて助かるよ。悲しいけど、こういうところも『プリテスタファンタジー』の原作通りだ。


 そんな風に俺が感心していると、騎士の男達は片方が剣を取りに行くと同時にもう片方も剣を引き抜く。そんな二人に俺が木剣を構えると、男達は「はっはっはっ!」と嘲笑しながら声を返してきた。


「馬鹿め! 仮に本当に木剣で不意を突いてやったのだとしても、二度もそんなものに掛からぬわ!」

「子供らしくそのおもちゃで遊んでいれば良かったものを……自らその命を捨てに来るとは愚かな奴よ! 死ねぇ!」

「シュウ!?」


 そうして、男達が俺に向かって剣を振り下ろし、ミュラとエリシル達の俺を呼ぶ悲痛な声が聞こえたが―次の瞬間、俺はその二人剣の柄の部分に木剣を当てると、それを受け止めていた。


「な、なんだとおおお!?」

「こ、こいつ、ガキのくせに俺達の剣を受け止めているッ!?」

「なんだ、やっぱり所詮はレベル10か……いや、ステータスで見たらレベル1か2か。悪いけど、これじゃあミュラやマフィと普段からやってる稽古の模擬戦の方がよっぽど経験値が貯まるよ」

「なっ……!? 我らの剣がガキの稽古ごっこなどに劣るだと!?」

「き、貴様! ふざけおって……もう許さんぞッ!」

「許さないのはこっちだよ。ミュラや孤児院のみんなを危険な目に遭わせやがって……それに、お前らさっきエリシルを殺そうとしてたよな? ……タダで帰れると思うなよ?」

「っ……!? ほ、ほざけぇ!」


 そうして、俺の視線に一瞬怯んだものの、男の一人が剣を構えて再び突撃してくる。しかし、俺は今度はそれを受け止めず、軽く体を避けてかわすとその横に蹴りを入れてやる。


「ぐはっ!?」


 すると、騎士が横に吹き飛んだいき、それを横目にもう一人の騎士が苛立ちを隠さずに突撃してきた。


「貴様ぁ!」

「そういう馬鹿の一つ覚えって、まさにモブって感じだからやめたほうがいいよ?」


 そう言いながら騎士の攻撃を避け続けると、息の上がった騎士が苛立ちと疲労で顔を真っ赤にして声を上げていた。


「く、くそっ! くそっ! なぜだ!? なぜ当たらんのだっ!?」

「そりゃそっちのレベルが10に対して、俺のレベルは30だしね。ゲームっていうのはレベルが離れてたらステータスに差がありすぎて基本的には勝負にならないんだよ。あ、まあ、例外もあるけどね。ゲーム内で低レベル攻略する時とか」

「な、何をまたわけのわからないことをっ……! くそっ! このっ!」


 その間にも俺が剣をかわしていると、その後ろで伸びていた壁に飛ばした騎士が頭を振って起き上がろうとしていたのが見えた。そして、剣をかわしながら俺はその男と目の前の騎士を縦に並べると、手に持っていた木剣に力を込めて声を返した。


「エリシルにあんなことをしておいて、本当なら生かしたくないところだけど……ここだと孤児達も見てるし、血なんて見せられないからな。それに、おじさん達を生かして帰した方が都合が良いかもしれないからね」

「が、ガキの分際で何をほざくか!」

「だから、帰ったら王様に伝えておいてくれないかな?」


 俺は目の前の男に生まれて初めて……それこそ、現実世界ですら感じなかった殺意を向けたものの、どうにかそれをおさえると、目の前の騎士が恐怖に顔を歪ませたのが分かる。


「なっ―ぐふっ!?」

「く、来るな―がはっ!?」

「うがっ!?」


 そして、次の瞬間、剣を振りかぶろうとしてがら空きになっているその胴体に剣の柄で思い切り叩き付けると、騎士の鎧にヒビが入り、直線上に居たもう一人の騎士に向かって飛んでいき、二人が声を上げる。


 俺はそんな二人にふぅとため息交じりにゆっくりと近付いていくと、騎士は両方とも孤児院の周りにある石の塀にぶつかり、痛そうに声を上げていた。


「く、くそっ……! お、おのれ……! ガキが……! 我々、騎士にこんなことをしてタダで済むと―」


 しかし、そんな騎士達に近付いた俺は、笑顔を向けながらもその怒りをおさえながら声を掛けた。


「もし、また孤児院に―みんなに手を出そうとするなら次は容赦しないから、ってさ」

「っ……!?」

「―お師匠様、こっちですっ!」

「ん? これはマフィの声?」


 そうして、ボロボロになった騎士が恐怖に竦み上がっていた時だった。突然、マフィが姿を現したと思ったら……何やら聞き覚えのある声が聞こえてきたのだ。


「―お前達、そこで何をしている?」

「なっ……!? お、お前は【剣聖】!?」

「【剣聖】……?」


 その肩書きにも聞き覚えがある。それって、マフィの師匠の―


「あ」


 そうして、顔を上げると、そこには俺どころか男達よりも一回り大きく、それでいて美しさも兼ね備えている女性が立っていたのだ。


「お師匠様……?」


 『お師匠様』―主人公であるマフィにもそう呼ばれていた彼女は名前をフェレールという。『プリテスタファンタジー』において王国の中でも恐れられる存在の一人であり、もとは王国の騎士団の団長だった人だ。


 しかし、ゲーム開始前にとある事件で大怪我をしてしまったせいで戦うことができず、パーティに加入しないNPCであり、主に主人公に稽古を付ける序盤にだけ登場するキャラクターだ。でも―


 ――見た感じ、怪我を負ってない……そうか、この時代じゃまだフェレールが怪我を負うイベントが発生してないってことか。


 これもまた、ゲーム内イベントじゃなくて、もはや設定資料のレベルの話だけど、ともあれ、今の彼女は現役……そんな彼女に明らかに動揺した様子を見せた騎士達は両腕を組んで迫るフェレールに


「私が居ない間に騎士もずいぶん落ちたものだ……それで、お前達はこんな小さい子供達の前で一体何をしていたのかと聞いてるんだが?」

「くっ……!」

「く、くそ! 【剣聖】を相手にするのは分が悪い……お、覚えていろッ!」


 うわ~、これまたテンプレな捨て台詞を吐いていくな……ほんと、さすがはゲーム内で登場する雑魚キャラなだけあるよ。


 しかし、そう吐き捨てた騎士達がフェレールの横を通って通路に逃げようとした時だった。


「―おい、忘れ物だ」

「は……?」


 フェレールの言葉に騎士達が訝しげな声を上げた次の瞬間―騎士達の胴体に思い切りフェレールの拳が入り、完全に鎧が砕け散った。


「がっ……!?」

「あが……!?」


 そして、騎士の男達は「ゴロゴロガッシャーン!」と勢い良く音を立てて通路を転がって飛んでいく。それがフェレールによる制裁だと気付き、俺達は思わずぽか~んと口を開いてしまっていた。


 ――うわ、すげぇ……さすがは【剣聖】。確かに、もしフェレールがゲーム内で現役で戦えてたら、ゲームバランス的に問題だな……。


 そうして、俺が飛ばされていった騎士に驚いていると、ふと俺の目の前にフェレールが両腕を組みながら立った。え? 何? 俺、何かした?


 困惑する俺がフェレールの後ろで恐る恐る視線を向けてくるマフィと軽く視線を合わせると、『プリテスタファンタジー』よりも少し若いフェレールは威厳はそのままに、俺に向かって声を掛けてくる。


「さて……それで、お前がシュウか?」

「え? あ、はい、そうですけど……」

「マフィから話は聞いている……悪いが、少し顔を借りるぞ」

「―へ?」


 え? 何? どういうこと?

 突然のフェレールの登場に俺はミュラとエリシルと困惑しながら顔を見合わせてしむ。


 ただ、一つだけ言えることがある。

 あの時、騎士の男はエリシルの首を狙っていた……つまり、ここでミュラはエリシルを失い、失意の中、さらに孤児院で他の孤児達も失ってラスボスになったんだ。


 だが、俺はそのエリシルを助けることができた……物語を変えることができたんだ。


 ――これなら、ミュラもエリシルもマフィも……みんな死なずに平和に暮らせる方法が見つかるかもしれない。


 どうして、俺がこの世界に転生したのか……それが分かった気がする。

 騎士に殺されて若いうちに死んでしまったエリシル、そのエリシルの死をきっかけに一人孤独に復讐に身を焦がしたミュラ、そして、同じ孤児という境遇にもかかわらずそんなミュラをその手で倒し、絶望するマフィ……例えそれがゲームのストーリーだったとしても、俺はみんなにそんな悲しい思いをさせたくはない。


 転生前まではゲームの中、でも今は俺にとってここが現実なんだ。

 そんな強い思いを抱き、俺はこの世界で自分のすべきことを決意したのだった―。

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