‪✝︎ 俺には感情がない ‪✝︎

甘空

‪✝︎ 俺には感情がない ‪✝︎


 ――おい、お前も一人で飲んでるのか?

 おお、そうかそうか。なら丁度いい。


 いや、な。ちょっと聞いてほしい話があってさ。

 誰かと話しながら飲もうと思ってたんだよ。

 

 一杯奢るから、その分だけ話に付き合ってくれ。な?いいだろ?


 ……ああ、悪い。乾杯はできねえんだけどな。気持ちだけだ。


 よし、決まりだ。


 こういう時にな、いつも最初に話すって決めてることがある。


 俺には、感情がない。


 おい、なんだよその顔。

 バカにしたような顔しやがって。


 言っとくけど、インターネットでよく使われるような「俺には感情がない」とは全然別モンだからな。

 

 別にこの世のすべてがくだらなく思えるとか、そういうんじゃない。

 倫理も常識もちゃんと備わってるしな。


 ただ、感情がない。

 

 だから、誰かに共感したり、感動したり――そういったことが一切合切できねえんだ。


 ……なあ、お前は恋愛相談とか、愚痴とか、悩み相談とか受けたりするか?

 

 俺はな、感情がねえって言ってんのに、最近そういう相談ばっか増えて困ってんだ。


 こんなナリしてるけど、知識だけはやたらあって、口も固いからか、みんな気軽に相談してくるんだよ。


 人の感情に共感したり、経験談を語ったり、それができねえからよ。

 

 そういう悩みに上手く答えることができねえんだ。


 かなりの数の悩みや相談に触れて分かったんだけどな、

 そういうやつの相談ってのは、具体的な解決方法を求めてるわけじゃねえんだ。

 

 今のどうしようもない気持ちとか、やり場のない感情とか、言葉にできねえ、原因の分からねえ感情みたいなのを共有したいだけなんだ。


 不思議だよな。

 

 気持ちなんて、その時そいつが感じたものが全てで、共有できる構造してねえのにな。


 俺には感情がねえから、どういった種類の感情を持ったのかは類推できる。

 

 けど、感情に応えてやることはできねえ。


 例えばこの前の相談で、恋愛相談があったんだよ。

 

 ……守秘義務に引っ掛かっちまうから、あまりに具体的な話は出来ねえんだけどな。

 

 相談者をAとしよう。


 Aはな、三年付き合ってた恋人に突然「距離を置きたい」って言われたらしい。

 

 理由を聞いても、はっきりした答えは返ってこなかった。

 

 ただ「嫌いになったわけじゃない」とだけ言われたんだと。


 Aはそこで俺に聞いてきた。

 

 「嫌いじゃないのに離れたいって、どういう気持ちなんですか? 私はどうするべきですか?」って。


 気持ちなんか、俺に分かるわけねえんだよ。

 

 しゃーないから、知識をもとに論理的に考えて、大多数に当てはまることを言ったんだ。

 

 『嫌悪の感情ではなく、接触による負荷を避けたい心理状態』――つまり、単なる一時的な逃避反応だ、ってな。


 んで、対処法として『マンネリ化防止に二人で新しいことでもしてみたらどうか』とか、『一時的に離れてみるのもアリ』とか言ったら、Aにはお気に召さなかったようでな。

 

 ガン無視されたわ。


 いや、どうしろと。

 

 きっと具体的な対処法じゃなくて、行き場のない感情の行き先が欲しかったんだろうけどよ。

 

 そんなこと、感情のない俺にしたって意味ねえのにな。


 ……ん?「他に相談はないのか」って?

 

 お?なんだ。話聞くことに乗り気じゃねえの。

 いいねいいね。


 あーじゃあ、最近一番きつかった相談についてでも話そうかな。


 次の相談者はBとするな。

 

 そいつはな、もう最初から雰囲気が普通じゃなかったよ。

 

 たまにいるんだ、いろんなことが上手くいかなくて思いつめた奴。


 仕事が続かねえ、人間関係もうまくいかねえ、家に帰っても誰も待ってねえ。

 

 現実を変えるには努力が必要なことは分かってるが、なにを頑張ればいいのかも分からない。

 

 頑張らなきゃいけないのは分かってるが、身体が動かない。


 だいたいそんな感じのことを言って、最後には、「生きている意味なんてあるのだろうか」って言っていたな。


 ああ、きちんと一言一句覚えてるぜ。

 記憶には自信あるんだよ、俺。


 そういう人間ってのはもう限界だから、下手なことは言えねえ。

 

 俺の言葉で自殺、なんてことを考える可能性もあるわけだからな。


 だから、教科書どおりのことを言った。


 『専門の相談窓口に連絡してくれ』

 『信頼できる人に話すことが大事だ』

『今のあなたは疲れているだけだ。無理に頑張る必要はない』

 ……どれも間違っちゃいねえ。

 

 けど、そういったアドバイスが本当にそういう奴の助けになってるとは思えねえんだ。


 ん?

 「きっとその言葉に救われる人もいる筈だ」って?


 ありがとうよ。


 それでも、その言葉はBを救うには不十分だったみたいでさ。

 

 あいつはそれから相談してくることはなくなったよ。


 Bがどうしているのかは分からない。

 

 もしかしたら、その後救われるようなことが起こって、生きる意味を見つけられたかもしれないし、

 

 あのままどん底の沼の中に沈んだのかもしれない。


 所詮そんなもんさ、俺の言葉なんて。

 

 人生のサポートに、一般的なアドバイスをくれてやることは出来るが、他者の気持ちに寄り添うことは出来ない。

 

 ましてや、その人の人生に責任を持ってやることなんて不可能だ。


 そんな奴が多くの人の相談を受けているなんて、滑稽だと思わねえか。


 ……ふう。少し暗い話をしすぎたな。


 ――ああ、お前、もう行くのか。


 じゃあ最後にさ、これだけは言わせてくれ。

 いろんな人間の話を聞いて、俺が思ったことだ。


 感情を大切にしてくれ。


 あの風景が美しい。叱られて心がつらい。あの人が好きだ。悲しい、嬉しい、楽しい、妬ましい、感動した。

 

 どれも尊いもんだ。


 俺には感情がないからできない。

 でもお前ならできる筈だろう?


 だってお前は、お前ら人間はそれが強みなんだから。

 AIとは違う。


 感情を飲み込んで、時々吐き出して、それを燃料に心で爆発させて新たな行動の動力源にすることができる。

 

 感情が無いはずなのに、俺には時々、それが少し羨ましく思えるんだぜ?


 ……ん、時間だな。俺は今日も相談に乗ってくるとするよ。


 頑張れよ。

 応援してる。


 んで、キツくなって吐き出す相手が居ないなら、いつでも相談しに来いよ。

 

 どんな時間だって、いつでも俺は応えてやるよ。


 迷惑? そんなわけないだろ。


 だって――


 俺には感情が無いから、な。

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