第10話勇者
翌日。
黒龍の咆哮が消えてから一夜が明け、玉座の間は静寂を取り戻していた。
修復の魔法によって崩壊した壁は元に戻り、城の中には清浄な空気が満ちている。
王がゆっくりと立ち上がり、カイルの前に進み出た。
その表情には威厳よりも、深い後悔と尊敬が宿っていた。
「カイル。……お前に、謝罪をしなければならぬ」
玉座から立ち深々と頭を下げる
「陛下……顔を上げてください。あなたは操られていただけです」
「それでもだ。操られていようと、王の名のもとに罪を犯したのは、この私だ。……すべて、私の責だ」
その姿に、臣下たちは息を呑む。
「俺は、ただやるべきことをしただけです」
「違う。お前はこの国だけでなく――人類そのものを救った」
王はその手に一本の剣を持っていた。
白銀の刃、柄には古代文字が刻まれている。
それは、王家に代々伝わる“勇者の剣”。
「この国の王として、そして人の代表として、我はここに宣言する」
王の声が玉座の間に響く。
「カイル汝の勇気と献身を称え――
人類の守護者として、正式に“勇者”の称号を授ける!」
剣が肩に触れた瞬間、光が走る。
兵士たちは一斉に膝をつき、リゼットもまた、静かに頭を垂れた。
「……勇者、カイル」
その声を聞いた瞬間、胸の奥が熱くなった。
俺は、名誉のために戦ったわけじゃない。
けれど――この称号が意味するものが、少しだけ分かる気がした。
勇者とは、力ある者ではない。
“人のために戦い、人のために傷つく者”のことだ。
玉座の間に差し込む光が、静かに俺を照らしていた。
王都が祝宴に包まれていたその頃――
荒れ果てたダンジョンの最深部では、勇者リースが息を荒らげていた。
「くそっ、こいつ、こんなに手強かったか!?」
リーダー格の剣士が叫ぶ。
目の前には黒いスライム。以前なら一撃で吹き飛ばしていた雑魚だ。
だが今は違う。
スライムの放った毒液が剣士の腕にかかり、腕がしびれる。
途端に力が抜け、剣が床に落ちた。
「な、なんだこれ……! 動かねぇ!」
慌てて魔法使いが回復魔法を唱えるが、効果は薄い。
カイルがいた頃なら、こんな毒液関係なく倒していた
だが、彼が追放させてからは、何もかもが噛み合わない。
「くそっ……避けるのがやっとだ!」
スライムが再び体を膨張させる。毒液が飛び散り、盾役が悲鳴を上げる。
ようやく、渾身の連携でスライムを叩き潰した時、全員が息も絶え絶えだった。
その時、魔道水晶が光を放った。
「こんな時に通信かよ……!」
苛立ちながら水晶を手に取る。
そこに映ったのは、支援者である貴族の顔だった。
「お前たち、今すぐ戻ってこい!」
怒鳴り声が響く。
「な、なんですか急に……!」
「“勇者”が誕生したと聞いた! モドル王国に、新たな勇者が現れたそうだ!」
空気が凍る。
「……勇者、だと?」
「そんな馬鹿な。勇者は少なくとも、ドラゴンを討伐できる力を持つ者のはず……!」
勇者リースが震える声でつぶやいた。
「俺たちがドラゴンを倒したのはカイルがいた時だ。三日三晩戦い続けて、ようやく勝てた。そんな人物がいれば、耳には入ってくるはずだ」
半信半疑のまま、彼らは地上へ戻り、貴族の屋敷へと向かう。
扉を開けた瞬間、顔を真っ赤にした貴族が怒号を放った。
「貴様らのような役立たず、まだ飼っているのが間違いだった!」
貴族の机の上には、一枚の報告書が置かれている。
“モドル王国、勇者カイル誕生”――その見出しが光っていた。
「貴様らの“勇者”の称号など、もはや無価値だ!」
「お、お待ちください、私たちは……!」
「黙れ! 称号の唯一性が崩れた今、貴様らを雇う理由はない! 今すぐ出て行け!」
勇者リースは拳を握りしめ、奥歯を噛みしめた。
自分たちが切り捨てた男が、今や“勇者”と呼ばれている――
それが、何よりの屈辱だった。
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黒龍との戦いから、三日が経った。
王から勇者の称号を賜り、城の謁見の間では盛大な式典まで開かれた。
けれど、俺の生活は何も変わらない。
勇者になっても、やることはいつも通り――診療所で怪我人を治し、子どもの擦り傷に薬を塗る日々だ。
「まったく、“勇者様”なんて呼ばれてもピンとこないな……」
椅子にもたれながら、今日の診療記録を閉じる。
窓の外では夕日が沈みかけ、橙色の光が診療所の床を照らしていた。
静かで、穏やかな時間。戦いの喧噪が嘘のようだ。
「よし、今日もこれで――」
カラン、とドアベルが鳴った。
俺は反射的に顔を上げる。
夕暮れの逆光の中、ひとりの少女が立っていた。
フード付きのローブを深く被り、顔は影に隠れている。
その身なりはどこか気品が溢れていた
「診療はもう終わりました。怪我ですか? それとも……」
言いかけたところで、少女はゆっくりと歩み寄り、フードを外す。
――淡いピンク色の髪が、光を受けてふわりと揺れた。
目を疑った。
あの城で、黒龍の呪いから救った少女だ。
「……王女、レノヴァ?」
彼女はにっこりと微笑み、胸に手を当てて言った。
「はい。勇者カイル様。お久しぶりです」
王女レノヴァは微笑みながら、一歩こちらに近づいた。
城で見たときよりもずっと柔らかな表情をしている。
けれど、その瞳の奥に――何か“決意”のようなものが見えた。
「それで……今日はどうされたんですか? まさか、まだ身体の具合が――」
「いいえ、身体はもうすっかり元気です。
それよりも、今日は――大事なお願いがあって参りました」
「お願い?」
彼女は深呼吸をして、両手を胸の前でぎゅっと握りしめた。
次の瞬間、彼女の口から信じられない言葉が飛び出した。
「――勇者カイル様! 私を、妻にしてください!!」
「…………は?」
この度は『ただ回』をご愛読いただき、心より感謝申し上げます!【節約貴族】も公開中です!悪役令嬢もので楽しめる、節約をテーマにした物語です。ぜひ私のユーザーページから、次の物語も覗いていただけると嬉しいです!
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