第9話決着
「くそっ、まずい状況になったな……!」
黒龍が吐き出した瘴気は、防御魔法を融かすように侵食してくる。
玉座の間の床は、たちまち黒く爛れた。
『恐れるが良い! 我の穢れに触れれば、貴様らもいずれ傀儡と化す!』
「カイル様、離れて!」
リゼットは即座に氷の障壁を生成。
多層の壁が瘴気を食い止め、ギチギチッと氷が悲鳴を上げた。
俺は倒れている兵士たちに守護結界を貼る。
俺の守護結界には“完全回帰”の魔力が付与されており、瘴気の影響を受けない。
瘴気が氷の壁から漏れ出てくるが、結界に触れた瞬間――蒸発した。
前は魔力を食らっていたのに、もう魔力を食えるほどの力は残されていない。
「リゼット、黒龍は確実に弱っている。今ここで、やつを打つ!」
「分かりました、カイル様!」
『なんだ、その光は……! この世の理に背いた穢れである、我の呪いを消滅させるだと!?』
黒龍は驚愕の声を上げ、カイルこそが真の脅威と見抜く。
巨大な爪を振り上げた――その一撃は、城を根元から叩き潰すほどの質量を持っている。
「リゼット、防御に専念しろ!」
『無駄な抵抗ぉおお!』
ズゴンッ!
爪が氷神の障壁に叩きつけられ、障壁は一瞬で粉砕された。
「カイル様!」
そこには、血だらけで防御結界を張り、兵士を守っているカイルの姿があった。
膝を立てて座り込み、息が荒い。
急いでリゼットが助けに来る。
「俺は大丈夫だ…少し時間を稼いでくれ…、」
リゼットの青い瞳が、見る見るうちに赤く染まっていく。
怒りに震え、だが恐ろしいほど冷静になっていた
氷の色が紅に染まりはじめる。
それを見た黒龍が唸る。
『紅色の氷塊……? 聞いたことがある。
超高濃度に圧縮された魔力は血を流すと、怒りによって魔力が覚醒したか。
だがいい、かかってこい! 人間不勢なんぞ叩き潰してくれるわ!』
リゼットの紅氷が地を走り、黒龍の足元を貫いた。
氷の結晶が咆哮とともに爆ぜ、巨大な翼をも凍らせる。
黒龍が暴れ、石壁が崩壊する中――リゼットは風より速く跳躍した。
紅い氷の刃が花弁のように舞い、龍の鱗を裂く。
血ではなく、黒い蒸気があがった。
黒龍が巨体を震わせ、尾で薙ぎ払う。
それをリゼットは滑るようにかわし、氷の槍を放つ。
氷と瘴気がぶつかり合い、空間が歪む。
耳が痛くなるほどの魔力衝突。
まさに高次元の戦い――人の領域を超えた激突だ。
俺は自分を直しながら、それを観察していた。
「くそっ、黒龍の呪いのせいで治癒に時間がかかる……?
時間がかかる? おかしい。もう黒龍には、魔力を食う能力がなくなっているはずなのに……」
膝をつき、血を吐きながら、俺は自分の腕を見下ろす。
脳裏を駆け巡る疑問。焦燥。痛み。だがそのすべてが、ある一点へと収束していく。
(違う……これは“治らない”んじゃない。俺が“治す”ものだと思い込んでいたから、届かなかったんだ)
心臓の鼓動が一際強く鳴る。
俺の中で、勇者と共に戦ってきたこれまでを思い出す
(あの時も俺は直そうと必死になっていた。だが、違ったんだ。俺の魔法は
“回復”じゃない。“修復”でもない。――“正解”に戻すんだ)
頭の奥で、カチリと音がした。
まるで、世界の歯車が一つ噛み合ったかのように。
(そうか……完全回帰は、“直す”力なんかじゃない。
世界の“あるべき姿”を――“正す”力だ)
息を吸う。
掌が、これまでとは明らかに違う輝きを放つ。
「……完全回帰」
静かに呟く。
その言葉は“回復”の詠唱ではなく、“定義”そのものに変わっていた。
リゼットと戦っていた黒龍が、こちらを振り向く。
『な、なんだこの光は……!? 存在そのものが……書き換わっていく……!』
床の焦げ跡が消え、砕けた石壁が“元の形”へと戻る。
だが、それだけではない。
空気の濁り、瘴気、死の残滓さえも浄化されていく。
「完全回帰……これは“回復”じゃない。
“最適な形に戻す”力だ。」
俺の傷が塞がり、体の内側から新しい魔力が湧き上がる。
黒龍の咆哮が玉座の間に響いた。
『貴様……それは“神の力”だ! 世界の定義に触れるなッ!』
「神? 違うな。俺はただ、“間違い”を正してるだけだ。」
視界が純白に染まる。
次の瞬間、黒龍の体を覆っていた瘴気が霧のように吹き飛んだ。
黒鱗が剥がれ落ち、光に溶けていく。
『我はこの世の理に歪みを与える存在……貴様が消せるはずが――』
「“完全回帰”を世界そのものに使用した
お前はこの世界のノイズだ。」
俺が手をかざすと、黒龍の体は光の粒となり、“なかったこと”にされた。
轟音も、瘴気も、怒りも――すべてが静寂に吸い込まれていく。
残ったのは、ただ穏やかな風と、リゼットの声。
「カイル様……今のは……」
「気づいたんだ、リゼット。
完全回帰は“治す”ための魔法じゃない。
“理を、最適化するための力”だったんだ。」
「理を……最適化……」
「ああ。だから歪みである黒龍は消えた。
存在してはいけない“ノイズ”として、世界が拒絶したんだ。」
俺の手のひらから光が溶けていく。
すべてが終わり、静寂が戻る。
黒龍が消えた後、玉座の間には静寂だけが残った。
砕けた床も、崩れた壁も、まるで何事もなかったかのように元の姿を取り戻している。
ただ、そこにあったはずの“戦いの痕”だけが、世界から完全に消え去っていた。
リゼットが俺に駆け寄り、血に濡れた手を握る。
「カイル様……ご無事で、本当に……」
「ああ。もう大丈夫だ」
俺は微笑み返しながら、ゆっくりと立ち上がった。
天井の割れ目から、陽光が差し込む。
それは、まるで世界そのものが息を吹き返したような、温かな光だった。
そして今、その力を手にした俺は、ようやく“始まりの場所”に立っていた。
この度は『ただ回』をご愛読いただき、心より感謝申し上げます!【節約貴族】も公開中です!悪役令嬢もので楽しめる、節約をテーマにした物語です。ぜひ私のユーザーページから、次の物語も覗いていただけると嬉しいです!
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