19日目

調査19日目:2020年11月20日


葉月による手記:

タイトル:最後の閾(しきい)—呪いの根源


日付:2020年11月19日 23:00頃〜


場所:寺子屋跡地へ続く道


私は、毛布を抱きしめ、屈辱的な霊的圧迫と戦い続けた。それは、裸足の道を辿ったあかりさんの苦痛の追体験であり、私自身の尊厳を削り取る行為だった。


「足跡」を辿り、霊的圧迫を受け入れながら結界の奥へ進んだ瞬間、私の頭の中に、他者の記憶が強制的に流れ込んできた。それは、単なる光景ではなく、呪いの事件の記録だった。



 ◇



1. 事件の背景:子守箱と飢餓、そして水子の怨念


季節は冬。村は、記録的な飢饉と豪雪に苦しんでいた。 寺子屋「慈童庵」には、寒さと飢えから逃れるために、約三十人の子どもたちが預けられていた。しかし、村の大人たちは、子どもたちを「村の未来」ではなく、「呪いの依り代」と見なしていた。


長年にわたり、村の水源地では間引かれた水子(みずこ)の供養が疎かにされており、村人たちはこの水子の怨念こそが飢餓と不作を招いていると信じるに至った。本来、子どもの健やかな成長を願う「子守箱」は、この狂気の中で、水子の呪いと怨念を生きている子どもたちに押し付けるための、歪んだ道具へと変質していたのだ。子どもたちは、生きている水子として扱われ始めた。


大人たちの狂気は、「水子の呪いを鎮めるには、清らかな子どもたちの魂を水に還すしかない。ただし、ただ殺すのではない。呪いを完全に移さねばならない」という、背徳的な結論へと達する。



 ◇



2. 儀式の実行:穢れた水と、屈辱的な汚穢


ある夜、大人たちは寺子屋を襲った。 まず、子どもたちには、汚物や毒物、そして水子の怨念が込められたとされる「穢れた水」を強制的に飲ませた。子どもたちは吐き気と激しい痙攣で苦しみ、水に溺れるような、もがき苦しむ感覚に襲われた。


意識が朦朧とし、水に苦しむ中で、子どもたちは「お父さん、お母さん、愛して!」「助けて!」と叫んだ。彼らの魂は、極度の飢えと渇望、そして親に見捨てられた痛みで打ちひしがれていた。


なぜ子守箱が呪いの箱になったのか— その核心は、この直後に村の大人たちが子どもたちに押し付けた集団的な性的暴力にあった。大人たちは、「愛の供物」という欺瞞的な名の下に、子どもたち一人一人に性的な汚穢(おわい)を容赦なく押し付けたのだ。



 ◇



3. 呪いの定着と惨殺


この行為こそが、子どもたちを惨殺した直接的な原因だった。


この究極の屈辱と汚穢は、水に耐性のない子どもたちの純粋な魂を決定的に破壊し、その直後、肉体を死に至らしめた。子どもたちの身体は内側から破裂する寸前のように不自然に膨張し、血と汚物にまみれた寺子屋の教室に残された。子どもたちの愛を求める魂は、肉体の死と共に、屈辱と怨念に塗り固められ、最強最悪の呪いとなってこの場所に、そして子守箱に定着したのだ。



 ◇



4. 結末:呪いのダムへの移行


その後、村人たちはこの凄惨な記憶を封印し、呪いの場所を避けた。そして、この呪いを封じ込めるために、ダム計画を利用し、石室をダムの地下深くに移した。呪いの力は水底ではなく、ダムそのものに宿り続けたのだ。


この凄惨で悍ましい過去の記録に、私の意識は闇に包まれた。あかりさんが鎮めようとしたのは、人間の狂気と、愛に飢え、屈辱の中で惨殺された子どもの怨念だった。



 ◇



この凄惨で悍ましい過去の記録に、私の意識は闇に包まれた。あかりさんが鎮めようとしたのは、人間の狂気と、愛に飢え、屈辱の中で惨殺された子どもの怨念だった。


私は、意識を失いかける絶望の中で、「愛」という言葉を強く念じた。その一点の光が、私を過去の記憶の闇から引き戻した。



 ◇



ボイスメモ / 葉月:結界突入の記録


記録日時: 2020年11月20日 04:00


(極度の風の音、甲高い子どもの歓喜の声、そしてダム堤体からの激しい「崩壊の轟音」が同時に鳴り響きている)


葉月:「(荒い息遣い。声に震え)……ッ!光だ……。見える……光の柱が、たぶん、あかりさんは目の前だ……!」


(葉月が力強く土を蹴る音。抱きしめていた毛布が擦れる「ゴワッ」という布音)


葉月:「(実況)今、柱の直前まで来た! えっ!……霊が……霊が群がってくる!」


(子どもの甲高い歓喜の声が一斉に葉月の周囲に集まる)


(毛布が葉月と霊たちの間で激しく引っ張り合われる「バリバリ!」という強い布の摩擦音)


葉月:「(絶叫に近い、必死な声)だめ! それは……ッ! 離し……て……!」


(「ブチッ!」と、毛布の一部が引き裂かれる音。霊たちが勝利したかのような、甲高い「キャハハハ!」という歓喜の声が重なる)


葉月:「(引きちぎられるように毛布を奪われ、絶望に満ちた声)ああ……ッ、毛布が……私の腕から……奪われた……!」


(毛布が地面に落ち、遠くへ引きずられていくような「ゴロゴロ」という土を擦る音)


葉月:「(恐怖と絶望が混じる、切羽詰まった声)あ……あかりさんの……ッ!返して! 私、毛布がなければ……供物に……! 手を……ッ、手を伸ばしても……届かない……ッ!」


(押し倒された葉月が「バタバタ」と地面を這い、毛布を取り戻そうと焦燥した動きの音)


葉月:「あ、やめて……!」


(衣服が剥ぎ取られていく音が、絶望的なリズムで連続する)


(ブラウスが背中から裂ける音)


(ズボンの生地がファスナーごと引き裂かれ、勢いよくずり落ちる乾いた摩擦音)


葉月:「(屈辱と苦痛に歪む、嗚咽のような低い声)……や……め……て……!」


(金属が外れるという微かな音と、ナイロン生地が強く裂ける「ビッ!」という、非常に生々しく決定的な音。続いて、生地が身体を滑り落ちる「サァッ」という、摩擦音が記録される)


(粘着質で下卑た摩擦音。布地ではなく、肌をまさぐるような音)


葉月:「(驚きと絶望の悲鳴)ひっ!」


(湿り気を帯びた肌の音)


葉月:「(嗚咽まじりの、途切れた声)もう……だめ……もう力が……。でも……!」


(悲鳴のような子どもの歓喜の声、霊的なノイズが水が沸騰するような「ジュワジュワ」という音、さらに遠くでダムが決壊したような轟音が鳴り響く)


葉月:「(震える身体を抱きしめ、毛布を掴み取る)……こ、この……ッ!」


葉月:「(すべての力を振り絞った、静かで、しかし、絶対的な強い宣言の声)これが、私やあかりさんを守る、尊厳よ!」


(葉月が毛布を一瞬で身体に纏う「ザッ」という音)


(子どもの声、轟音、風の音、全てが一瞬にして消滅する)


葉月:「消えた……? 尊厳が打ち勝ったの?」


葉月:「(決意の声)待っててね! あかりさん!」


(ボイスメモ、ここで途切れる)



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