憧れ10 番外(茜)

 『あの…ありがとう』


『どういたしまして。雨、結局土砂降りになったねぇ』


『うん。小雨だって行ってたのに…』


 茜が持っていた一つの傘の下で共にアパートに帰る。雨が先程よりマシになった所で二人は帰る事にした。

 映士の方が身長が高い為、映士が傘を持ってくれている。

 茜は買い物に行く予定などなかった。ただ気晴らし程度に出かけようと思っただけだった。というのも、映士と出かける際に外で出会った時に見ていたもの。それが茜が出かけるきっかけとなった。


 映士を見送った後、スマートフォンに目をやると、画面越しで配信を付けている木ノ本愛唯が、大学の時と全く変わらない対応でリスナーと会話を続けている。

 

(今公園にいるー!超広いよここ!あ、でもあんまり見せたら特定されるか。だから見せませーん!え?凸したら速攻でガードマンになります?いやいらんわ!アタシそんな不審者とか来てもビビらないよあんまり。寧ろこっちから威嚇するから)


自身ありげに語り出す愛唯。リスナーのコメント欄にはそんな愛唯に対してかっこいいというコメントが続けて寄せられる。

 ただのtopptopの配信者ではない。大学に通いながらSNSを駆使して数あるクライアントさんから仕事も貰って、動画編集やwebライターやSNS記事代行などで稼いでいるらしい。更には実家もお金持ちとの事。親ガチャという言葉が今の世代では話題であり、この子はその中で当たりガチャという所である。

 だが大学では撮影等で何回か問題となっており、大学側も困っているらしい。その噂は茜の元にもしょっちゅう届く。

 そして今、茜と愛唯は同じゼミナールのクラスである。よくゼミナールの中でも自分はSNSを使ったビジネスを軽くしている自慢はよく聞く。だが、校内での撮影は辞めて欲しいと教授達も言っているらしいのだが、本人は全く聞く耳を持たないとの事で、ゼミナールの時もその事について話す機会もあった。

 有名なのはいいのだが、あまりにもルールを守らない子で有名。それが木ノ本愛唯だ。だがその真実はこのネット上には全然公にされていない。

茜は、愛唯の配信を見て羨ましい所が一つあった。


『なんで愛唯ちゃんって、こんなにも異性から好かれているのに上手く人間関係が作れているんだろ…私は昔こんなにもチヤホヤされながら生きてきた事ないのに…』


軽くため息を吐く茜。

愛唯は大学でも、このtopptopでもとにかく異性に好かれている。そのリスナーの中には、ガチ恋と呼ばれるリスナーも山程いる。そのガチ恋の多さも彼女が有名になったきっかけにもなっている。

 こんなにも異性に好かれているのにどうしてこの子は同性から目をつけられずに生きていられているのだろうか?

 しかも同性の子からもアプローチを受ける。どちらともうまくやっていけている。何もかも恵まれているように見える。愛唯は茜にとって理想の人だった。こんな学生生活でありたかった。

 特別扱いなんかされなくていい。ただ同性も異性も分け隔てなく上手くやって行きたかった。普通の人と同じ生き方をしたかった。

 みんな周りから異性にモテすぎたなんて言ったら贅沢というだろう。だが、茜の場合はそれが原因で苦しめられた過去がある。

 だがこの愛唯は異性も同性もどちらも味方になってくれている。そして数々の仕事もこなせる優秀さ。一見ちょっと反発心のあるギャルのような女の子に見えるが、凄く恵まれている事に違いはなかった。


 『……私と同じように見えて全然違う。…私って何が間違ってたのかな?』


考えても答えは出てこなかった。

 もう配信を視聴するのはやめた。気晴らしにどこか行こうと決めた。

 茜は、さっき映士君が買い物に出かけた事を思い出した。別に用事なんてないけど私も行こうかな?と考えた。そして小雨が降ると聞いていた茜は、折りたたみのベージュ色の傘を持って出かけたのだ。

 そしてスーパーに着くと店内を見回る。別に欲しい物はなかった。本当にただのお出かけになった。そしてスーパーのイートインコーナーに座って外を眺める事にした。

 曇り空が更に雲行きを怪しく広がり、予定時間より雨が早めに降りそうだと感じた。

 机に肘をついて顎を乗っける茜。なんだかこの曇り空が先程の茜の心の中を表現しているかのように見えた。お出かけをしてもこの雲と同じで、心がなかなか晴れやかにならない。そのうち雨が降る。そう思うとどんどんと茜も沈んで行く。

 ため息をこぼしながらスマートフォンを見る。

 天気予報のアプリを入れていた茜は通知から大雨が来るという警告の通知が来た。


 『あれ?小雨になるんじゃなかった?』


と外を再び振り向いて見ると、もう雨が降っていた。しかもだんだんと酷くなっている。

 傘を持っていて良かった。もう何もする事はない為、もう帰る事にした。

 忘れ物がないか辺りを確認してスーパーの出入り口に向かうと、目の前で棒立ちしている大根と何かパックの食材を手にしている見覚えのある男の子が立っていた。

 その男の子はずっと目の前の現実に焦りと不安を浮かべた表情で立っていた。茜は隣に立ち一緒に降りしきる雨を見守るのだ。


 『雨凄いね』


 茜が映士の隣でそう言うと反応してくれた。

 

 『ん?あれ?』


 『やっほぉー』


そして映士である事を再認識し、軽く手を振った。

 

『茜ちゃん?どうしたの?』


『なんとなく外に出かけたくなったから。ここに映士君が来てるかもって思ってなんとなーく来てみた』


この雨にも負けない笑顔になる茜。

 その影響か、雨がだんだんと緩やかになってきた。そしてスーパーの出入り口で固まって集まっていた他のお客さんが次々と外に出ていった。


 『雨、マシになったね』


 茜がそう言って折りたたみ傘を開く準備をする。


 『ねぇ、一緒に帰ろ?傘、持ってないでしょ?』


『え?あ、はい…』


そして二人共外に出て傘の下に入って帰る。


 なんだかこうして映士と一緒に帰ると、さっきまで変に悩んでいたモヤモヤが消えた。とても心も体も軽くなった。雨の音など気にしない程にルンルンになっている。これも映士の後をなんとなく着いていったおかげかも。


 『映士君それ何?』


『え?あぁ、大根と鯖の切り身。今日魚が食べたい気分だったから』


『魚かぁ。私も今日魚料理食べたくなったなぁ。なんか作ろ。帰ってから』


『まだご飯食べていなかったの?』


『うん、まだだよ。夕飯にしては早いから暇してた所だったのさっき。それで外に出かけてみたら映士君見つけた。丁度傘持って出かけてなかったし。映士君さっき外の景色見てた時すごい焦ってたよね』


くすくすと笑っちゃう茜。でも、映士は言い訳などせずアハハと笑って返した。


 『茜ちゃんが来てくれたのほんと助かったよ。あのまま帰ると大根も鯖の切り身もしょくが…あ、いや買ったばっかりの食材台無しだし』


さっき食材という前に何か言いそびれた事があったのかな?それともただの言い間違いだろうか?何か途中で濁したような?

 なんかどこか不思議な所がある人だ。でも傘茜はそんなミステリアスな所もなんだか頼もしく感じる。

 この前の宇宙人の話もそう。こういう真相が謎のままである未知の世界の話は何故か興味を惹かれる。彼はそう言うのが好きなのかもしれない。だから彼もミステリアスな雰囲気が漂うのかもしれない。でもどこかしらそんな彼から他の人よりもよほど深い優しさと慈悲愛があるような人間に見える。そう見えるのは自分だけなのかもしれないと感じた。


 『映士君ってさ趣味とかあるの?』


『え?趣味?』


『そう。色々知りたい。映士君ってなんか不思議な人に見えるの。なんかより知りたくなるような、そんな感じがして』


『えぇ?あー、しゅ、趣味ねぇ…アハハ。趣味……そ、そうだなぁ』


『なになに!?そんなに考えてると、益々気になっちゃう!』


『え!あ、そうだな…なんだろうってずっと考えちゃうんだなぁ…アハハ。な、なんだろうなぁ?趣味かぁ』


そっぽ向きながらずっと目線を合わせずに考えている。本当に何もないんだろうか?いや!この感じは絶対に何かある!きっと自分だけが知れるとてもレアな事かもしれない!

 茜はワクワクしながら映士に期待の眼差しで見つめる。しばらく考えて彼は答えた。


 『あ!オカルト…かなぁ?アハハ。レプティリアンの宇宙人の話とかしたから。多分それだ!』


『オカルト。そうなんだ。ねぇ!今度また面白いその、オカルト?の話!聞かせてよ!』


『え?あ、うんいいよ。なんでも。アハハハ』


そうしてだんだんアパートが見えてきた所まで帰って来た。

 茜は改めて、映士と一緒に過ごした事を振り返るととても落ち着く事に気づく。なんでだろうか?それでも映士はやっぱり側にいるだけで嫌な事も全部吹き飛んで行く。それは、彼が側にいる時だけだった。


 『なんか今日ね、ちょっと考え事してたの。それがしんどくなったんだ。それで気晴らしに出かけてみたの。そしたら映士君とスーパーで会ったじゃん?そこからこうして、なんかお話してるとさ、さっきまでしんどかった事も全部どうでもいいやってなった。今日映士君が買い物に行かなかったら私も行ってなかったし、もし考え事をずっと抱え込んでいたら今日このまましんどいまま終わってしまう所だった』


『あ、あぁ。なんか俺もそういうのあるね。一人暮らしになると、色々悩みとかできちゃうよね』


『うん。それもあるよ。でもなんか私さ、大学でも友達もいるし、それなりに楽しんでいるんだけど、時々自分の人生を振り返ってしまう時があってさ。それが周りの人と比べてしまうと、私ってちょっと特殊な感じなの。それを羨ましいって思う人も多いのかもしれないけど、実際本人からしたら大変でさ。そんな事ずっと悩んじゃうんだ。私って』


『うん…特殊…そうなのか』


『でも映士君が居てくれたからもう悩み吹き飛んじゃった。それも含めて、映士君って不思議!』


『ん?あぁ、それは…おめでとう?』


『おめでとう?』


『え?こういう時ってなんて返せばいいの?』


 『え?』


『え?』


 そしてお互い沈黙しながら見つめ合う。

 何故かこの会話に茜は思わず吹き出してしまった。その反応といい、返す言葉といい反則だよ。でも面白い人だ。茜は益々彼に興味が湧いた。

 彼の笑わせてもらった所で、アパートに着いた二人は別々の家に入る事にした。

 



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