憧れ9
『あー?魚全然ないじゃん!』
一人で冷蔵庫の中を乱雑に食材を探しながら怒りをぶつけている映士。今夜は適当に焼き魚にしようと決めたものの、肝心な魚が見つからなかった。というか、買っていなかったのだ。
『うーわ。どうしよう。面倒だなぁ買い物』
自炊となると自分一人で家事洗濯をしなければならない。全て自己管理をしなければいけないから、当然食材を買いに行くのも自分の仕事である。更に映士は仕送りもなし。この前の母親の長文連絡にもなんとか生きてまーす程度の簡単なメッセージしか返さなかった。
親の力なんて頼りたくもない映士は、改めて親があの時放った、自分には一人暮らしなんて出来ないという言葉が脳内で喋りかける。
うるさいなーと頭を押さえながら頭を振って、とにかく行動しなきゃと振り切る。
買いに行くにも十六時半だった為、大学近くのスーパーはこの時間人が多いだろうなと、更にめんどくさくなっていく。
『あー、バッドタイミングだぜ』
そう放った台詞は、今放送している戦隊モノのプラネットブルーの台詞である。つい口に出してしまった。しかし誰もいないので気にしなかった。
先程までコンセントからケーブルを刺して充電をしていたスマートフォンを手に取り、床に転がったままのリュックサックから白の長財布を手に取り、それぞれ両ポケットに突っ込んだ。
ちゃちゃっと買いに行って晩飯を食べようと決めた。そしてさっさと寝ようと。何故なら明日はダークラートランサーを買いに行く為に朝から大学に行ってその後即買いに行く為。
映士のプランではもう既に明日の流れを脳内にインプットしていた。誰にもバレなければいいのだ。特に下の子には要注意だ。
明日茜は午後からと言っていたのを思い出し、逆算すれば、帰るとしたら十四時頃ならバレないだろう。このアパートに住んでいる同級生は彼女しかおらず、それ以外の人はみんな他の学校に行っている学生。勿論、同じ大学の先輩にあたる人もいるが面識など全くない。だから茜にさえバレなければ大丈夫なのだ。
そして忘れ物がないか部屋の隅まで確認し、ガスも水道も切っている事も確認した。そして最後に窓だ。ここ最近の暑さで網戸にしていたのだが、出ていく際は窓の鍵はちゃんと閉まっているか確認をしないと物騒である。何より中は誰にも知られたくないから。
『よし!よし!よし!全てよし』
全て確認完了。さっさと靴を履いてドアを開ける。相変わらず軽いドアだ。台風の時にはちゃんと守ってくれるんだろうか心配な程である。しかも古いからかドアノブが若干グラグラと揺れている。多分遊び半分でふざけて開けたり閉めたりすると外れてしまうなこりゃ、と思うくらいである。
鍵をかけてもう一度ドアノブを確認する。大丈夫だ。ちゃんと鍵がかかった事がわかった。
外を見ると雲行きが怪しく、先程までの暑い日差しなど灰色の分厚い雲によって隠れている。
『雨降りそうだなぁ。ま、すぐ帰るしいいっか。今すぐ降る訳でもなさそうだし』
そう言って、傘も持たずに行く事に決めた。
スマートフォンをポケットから取り出し、天気予報を確認してみる事にした。一応不安ではあった。
十七時過ぎに降ってくるという感じらしい。しかも小雨程度だ。
『なんだ。大丈夫じゃん』
ポケットに再びスマートフォンを突っ込み、階段を一段一段駆け降りていく。金属音がうるさい階段からスタスタスタと軽やかに降りた時、映士は一階の部屋のドア前でスマートフォンを弄っている女の子を見つけた。
左端から二番目のドアに地べたに腰を座りながらスマートフォンを片手に何かを見ている。
『茜ちゃん?』
『あ、映士君。おでかけ?』
『あぁ。買い物にちょっと行くんだ。何してんの?』
『ちょっと配信見てるの。おでかけするなら傘必要じゃない?雨降るよ?』
『うん。知ってる。でも十七時からだからさ。しかも小雨だし、それまでには帰る予定。買い物に行く程度だから大丈夫』
『そう?気をつけてね。いってらっしゃい!』
満面の笑みと元気な声で映士を見送った茜。いつ聞いてもその声は明るくわんぱくな子なのだろうと思うのが伝わる。
そして、独特だった。アニメ声というかなんというか。一度聞いたらなかなか離れないだろうなあんな独特な声は。
映士は軽く手を振って買い物に出かけた。
スーパーなんて歩いてすぐの所である。人は多いだろうが、そんなに沢山買う訳ではない。だから予定としては雨が降る前にギリギリかもしれないが帰れると予想した。
『うわ!やっぱなー』
そしてスーパーに辿り着くとやはり駐車場に車の台数が数えきれない程駐車している。そして主婦の人だろうか、自転車も横一列に綺麗に並んでいる。しかも全てきちんとロックがかけられている。この辺は盗難に遭いやすいというのは友達からよく聞いていた。みんな随分と警戒しているみたいだ。
店内に入ると早速魚コーナーへと足を運んだ。と言っても鯖の切り身があればそれと大根をすりおろして食べようと思っている。大根の小さいサイズ一つ買っておく事にした。
早速大根を直感で選び、一番綺麗で白い肌で一番輝いていそうなモノを手にした。サイズとしては思っているよりも大きい。だがそれを手にして鯖の切り身を探す。
これも値段等気にしないで選んだ。手にしたのは六百円の鯖だった。映士が食べるにしては小さい。映士はご飯はなるべく多く食べるが、残すと保存などするのもいいのだが、忘れてしまう事があり、せっかく残していたものも腐ってしまったと言う経験がある。だからできるだけ一人分にしてはやや多い量を作るようにしている。
今回の鯖の切り身もできるだけ大きいのが嬉しい。それをずっと探し続ける。
『なんかどれも同じなのか?』
大きいと思う鯖を二つ手に取り、比べてみてどっちが大きいか確かめる。
(右の方が大きいなぁ。でも左の方が分厚い気がするなぁ。どっちが…)
結局悩んだ末に決めた。
『どっちも買うか』
両方買う事にする。いいと思うのなら、どちらかに決めるのではなく、両方にする。お得感を感じる自分なりの知恵である。こんな風に買い物をするのが映士ならではのやり方なのだ。
そしてレジに向かおうとお菓子コーナーを通って行く。すると映士の目に、好奇心が揺さぶられるモノが視界に入ってしまい、体ごとそのある物に向ける。
『食玩!サイボーグライダースカルのやつじゃん!』
思わず小声ではあるが声に出して、その食玩へと歩み寄って行く。そして両手が塞がっていた映士は右手に鯖の切り身と大根を持つ事に。
空いた左手で食玩のサイボーグライダースカルのパッケージを掴んで拝むかのように眺めた。
『うぉぉぉ…これ発売してるのかよ!ここ!前欲しかったんだけどすぐどこの店も品切れで、在庫限りのやつだからもう手に入らないのかと思ってたわ』
ボソボソと独り言を喋る映士。そしてそれぞれ完成する為には二種類買わないと行けない為、その二種類を手にした。
この食玩シリーズは長年愛されてきた、お菓子コーナーに販売される小型模型の玩具である。中には付属パーツと胴体。シールと知育ガムが入っている。これを争奪する大人が増えている為今特撮界隈では問題とされている。しかも在庫も少ない為ほぼ売り切れたら次の入荷はない程だ。
定価は一つ五百九十円であり、ラインナップも幾つかある。その中でも人気のモノはセットで置いてあっても、その人気キャラクターなモノだけがなくなっている事が多い。だから、その人気キャラクターが欲しい人は早めに見つけて購入するか、もしくはセットで買うかしかないのだ。
その中でも映士は以前から気になっていた主役のサイボーグライダースカルのパーツと胴体を手に入れたのだ。
『こいつは買うしかねぇなぁ!』
思わず喜びが止まらなくなり顔に出てしまう。
レジに向かおうとした時、辺りを見回すと三人のおばあちゃんと一人の女の子園児が映士の様子をじっと見ていた。
変な人だと思われている。間違いない。
恥ずかしくなった映士は平然を装いながらレジへと足を運んだ。
とても恥ずかしかった。こんな所を大学の知り合いに見つかったら完全に詰む。周りには誰か知り合いなどいないか見回す。該当する人はいなかった。
顔を真っ赤になりながらも急いでレジを済ませた。レジ袋などない為そのままで手に持って帰る事に。そして左ポケットと右ポケットのそれぞれに食玩を詰め込んだ。
口笛を吐きながら、何もなかったかのように外を出ると、予定の時間より早めに小雨が降っている事に気づく。
…いや、小雨じゃない…
大雨だ。雨水が斜めに吹き荒れながら外にいるお客さんを襲いかかっていた。
『え!?傘ないって!』
どうやって帰ろう。
現在の状況に悩んでいたその時だった。
『雨凄いね』
『ん?あれ?』
『やっほぉー』
スーパーのドアの前で立っていた映士の隣には何故か傘を手に持っている茜がいた。
茜は先程の同じような満面の笑みを浮かべて映士に挨拶をした。
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