静かな流れですよ魔王様

「魔王様、次の街ですが、昨今では珍しく人間との関係がそこまで悪くないようです」

「それは素敵ですね。急ぎましょう」


だが夕方頃に街に入るとあまり雰囲気が良くなかった。

よそ者である私たちを皆睨んでいるような…


宿屋に入って宿泊を申し込もうとすると、やはりここでも主人にあまりいい顔をされなかった。


「んー、お客さんには悪いけど、この街に泊まるのはオススメしないよ?」

「あら、一体何かあったんですか?」

「いやね、街のそばに流れてる川がここの所水量が減っていてね…」

「あらら」

「上流にある人間の村の連中が何かやったんじゃないかってみんな言ってるんだ」


詳しく聞いたところによると、この街の川の上流に人間の住む村があって、同じ川を水源としてる者同士で多少の交流があったらしい。

と言っても向こうから時々人間がやってきてちょっとした物のやり取りをするぐらいだそうだが。

だが最近その村から人間が来なくなり、同時に川の水の量が減り始めたらしい。


「何があったか村の方へは行って確認しなかったんですか?」

「国境を超えるのは我々にはちょっとなぁ…あんたら人間は割と平気で超えてきてこの街へ寄ったりするんだけどね」


…なるほど。

どうやら私たちはこの街の住人に、水を止めている人間の仲間だと思われているらしい。

そこで私は魔力をほんの一瞬だけ解放した。


「ひっ!?」

「私たちこう見えても一応魔族なんですよね」

「あ、ああ、人間ではとても考えられない魔力だ…」


魔力の余波で椅子が倒れたり花瓶が落ちて割れてしまったりして少し宿屋が散らかってしまったが、何とか信じてもらえたようだ。


「ただ、やっぱりオススメはしないよ。水がどうしても少ないからね…」

「その辺は大丈夫です、お気遣いなく…」


そう言って強引に泊った。

部屋に案内され、防音魔法を張ってアンナと話をした。


「しかし弱りましたね…このまま水が流れてこないと街は干からびしてしまいますよ」

「そうですよね魔王様。上流で何かあったんでしょうか?」

「わかりませんが、ちょっと調べた方がいいかもしれませんね。明日にでもその村に向かってみましょう」


次の朝、宿屋から出ると、住人たちが集まっていた。

どうやら上流の村に攻め込むかどうかを話し合っているらしい。


「私たちはこのパスで国境を超えるのは問題ありませんから、私たちに任せてもらえませんか?」

「しかし、あんたたちが本当に解決してくれるかどうか信用できないし、もし人間達に丸め込まれたり殺されたりしたら…」

「やはり攻め込むべきだ!」


やはり私たちの事を人間だと思ってる上にちょっと興奮しているようだ。

そこで私はまた宿屋でやったように短時間だけ魔力を解放してみた。


「うわぁ!」

「…皆さんは攻め込まずに私たちに任せてもらえますね?」

「は、はい…」


とりあえず攻め込むのは止めさせることができたようだ。

こうして馬車を借りて上流の村へと向かった。


街の人に聞いた道を歩いて上流へと向かっていった。

しばらくすると川の両岸が崖になっており、その崖のある山の南側に道が続いている場所があった。

村で聞いた通りだ。


「崖と崖の間に川があるんですね」

「教えてもらった通りですと、この山を南に迂回した先に村があるようです」


そして街を出て3日目の夕方頃に村に着いた。

村では皆が慌ただしく走り回っていた。


「あの、何かあったんですか?」

「ああ、少し前に崖崩れがあってね…川の向こう側の家が何軒か潰れてしまったんだよ」

「あら…」

「幸いケガ人は居なかったんだけど、貯蔵庫代わりに使っていた洞窟が埋まっちゃって困ってるんだ」

「なるほど…」


村人について行くと、かなりの量の土砂が積もっていた。

ぱっと見た感じでは、崖から離れていたために少しだけ土砂が家に覆いかぶさってる状態だったので、家の方の被害はさほどでもなさそうではあった。

おそらく土砂の山の向こうに洞窟があるのだろう。


「えーと、あの土砂はどこへ持っていけばいいですか?」

「今運んでるのは川を渡ってあっちの方へ行った村はずれだけど…」


村人に教えてもらった方へ行くと、運び出された土砂の山があった。


「わかりました」

「え?どうするの?」

「ま…まさか…」


アンナが少し不安そうな様子で私の事を見ていた。

崖崩れの現場に向かい、私は魔力を解放した。


「う、うわぁ!」


風圧で村にあったものが色々吹き飛んだせいで、村人が皆驚いて集まって来た。


「では…ふん!」


何とか魔法で土砂を持ち上げた。

洞窟の入り口が見えた。


「あー、ちょっと持ち上げにくいですね…ボロボロ崩れちゃいます」


こぼれ落ちないようにそうっと運んで、何とか村はずれの土砂を捨てているところまで持っていく事ができた。

魔力の込め加減を間違えると土砂の塊が吹き飛んでしまうだろうからかなり大変だった。


「これで大丈夫そうですか?」

「…」


村人は唖然とした様子でこちらを見ていた。


「…どうかしましたか?」

「…それはそうですよ…普通の魔力じゃあの量の土砂を持ち上げて一回で運べませんよ…」


アンナに耳打ちされて納得した。

人間より圧倒的に魔力が高い魔族にすら驚かれる魔力だ。

驚かれるのも当たり前だ。


「とりあえず洞窟の方確認してもらえますか?」

「あ、ああ…」


村の人と洞窟の方へと向かった。

あと少し片づけて出入口の補強をすれば大丈夫なようだ。


「旅の方、ありがとうございました」

「いえいえ…あ!忘れてた!」


ここで私は本来の目的を思い出したので村の人に聞いてみた。


「あー、崖崩れが起こってから、復旧するのに忙しくてあの街に顔出してないなぁ…」

「また作物を交換してもらいに行かないとこっちのストックもなくなりそうだし」

「でも川が枯れてるってのは知らなかった。うちの村では特に問題なく流れてるからね」


とのことだった。


「となるとこの村から先の部分で何かあったんですかね?」

「恐らくそうだろうね。あっちの魔族らは国境超えるの嫌がるから、後片付けが終わったら私たちの方から見に行ってみるかね」

「それなら私たちが明日にでも見に行きましょうか?」

「それはありがたいけどいいのかな?」

「ええ、我々なら構いませんよ」


ということで、村に一晩泊まって川沿いに歩いていくルートをたどることにした。

村の人の話によると、途中で道が狭くなって馬車では通れなくなり、さらに先に進むと川の両側が崖になっていて歩いていけなくなる部分があるのでよほどのことが無い限りそっちのルートは通らないらしい。


「その崖の先で川沿いの道が南側に曲がってるんですかね?」

「そうだね。その歩けない部分が結構長いので南側に道を作った感じだね」


だいたいの様子は分かった。

とりあえず川沿いに進んでいくとしよう。


しばらくアンナと雑談しながら歩いていた。

道は狭いものの、渓谷に川が流れていてかなりいい景色だ。


「…どうしたんです?」

「いや、何でも・・・」


アンナが先ほどからチラチラと水面を見ては落ち着かない様子だった。


さらに進むと川の両岸が広くなって川が狭くなってきた。

その頃には、アンナも川の方をチラチラ見る事も無くなり、落ち着いてきたようだ。


しばらく進むと、池が見えてきた。


「…?」

「…?」


どことなく違和感があった。


「何かおかしいですね?」

「そうですね魔王様。どこがおかしいかははっきりわかりませんが…」


二人で顔を見合わせて迂回してさらに進んでいくと、崖崩れが起こっているのが見えた。


「なるほど、ここで崖崩れが起こって川の水がせき止められてたんですね」

「この池が不自然な感じしたのも元々川岸の地面だったからですね」


となると話は早い。

崖崩れの部分を吹き飛ばせばいいのだ。

村で起こっていた崖崩れより規模が大きく土砂が多いので、いくら何でも土砂を魔法で運ぶのは大変すぎる。

おそらく休みなく作業を続けても数日はかかるであろう。

私は魔力を解放し、魔法弾を崖崩れの辺りに放った。

多分このぐらいの魔力量で消し飛ぶだろう。


「あ、魔王様ちょっと!」


アンナが叫んで少し経つと、爆発音が辺りに響き渡った。

すさまじい音だった。

もしかすると村や町の方まで届いたかもしれない。


「…あ」


どうやら魔力を込め過ぎたようで、崖崩れの部分どころかその下の地面までえぐれて巨大なクレーターができていた。

川幅の5倍は軽くありそうだった。


「…ため池が出来ちゃいましたね魔王様…」

「…そうですね」


しばらくするとクレーターにも水が満ち、下流の方へと水が流れていくのも確認できた。


日が落ちる前に村に戻って崖崩れの話をした。


「なるほど、途中で崖崩れが起こってたとはねぇ…」

「今から皆で土砂を撤去しに行った方がいいのかね?」

「いえ、それはもう吹き飛ばしておきました」

「…え?…ああ、あれだけの魔力があればできるか…」


村人は驚いた表情で納得していた。


そして次の日に村を出て、街の方へと戻った。

数日後街にたどり着くと、川の水が戻って住人たちは喜んでいた。

そして何があったのかを説明した。


「村と街の間で崖崩れが起こってたのね…」

「村でも崖崩れ起こって復旧してたからこっちに来なくなってたのか…」


誤解も解けたようで何よりだった。


「あ、それと、向こうの村の人らがたまにはこっちにも遊びに来いって言ってましたよ」

「そうか、今度行ってみるかね」


こうして村と街に平和が戻り、私たちはまた旅に出た。


後日、魔族の街の住人と人間の村の住人で崖崩れの跡を見に行ったが、クレーターのサイズに皆唖然とした。

そして


「一人であんなクレータを作るとは…」


と語り草になった。


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