二度目の死と、何度目かの死

いわし

二度目の死と、何度目かの死

 人は、思ったよりもすぐに死ぬ生き物だ。

 現に僕は17年生きてきたわけだけど、これまで3人の死を経験した。僕の父と親友――


…え?1人足りないって?


 そこは僕がセルフツッコミを、って思ってたんだけど…。

 というか君、僕が見えるんだ?

 まぁ、そりゃそっか。

―――――――――――――――――――――――


「1週間前、僕は死んだ。」


 原因は不明。

 今いる場所は死後の世界にしては見慣れすぎている…のだが、街ゆく人に声をかけても、なんの反応もない。

 僕はどうやら「霊」になってしまったらしい。


 この街に他の霊もいるかもなんて考えることもあるが、今のところまだ誰とも会話ができていないことを思い返しその期待は今にも消え去ってしまいそうだ。

 存在しないのか、もしくは、認識できていない?

 せっかく霊になったのだから、10年前に死んだ父や、5年前に死んだリョウの霊ももしかしたら会えるかも…

 なんて、叶わぬ願いなのだろうか。


「人生に未練が残っていると霊になる」なんてよく聞くが、未練なんてものはない。


 んー、とりあえず、今の状況を整理してみる。

 まず、今いる場所はおそらく、生前住んでいた街だろう。

「おそらく」というのは、どうやら霊になると生前の記憶がかなり薄れてしまうらしい。これじゃ未練があっても分かんなくないか?と思うのだが。そこんとこどうなのだろうか。


 それを踏まえて今残っている記憶の話だ。まずは家族だが、昔死んでしまった父。それにまだ生きているであろう母。


 死んだのは家族だけじゃない。僕が12歳の時、よく遊んでいた親友、リョウも死んでしまった。こうも周りで人が死ぬと、悲しいっていう感情が欠落してしまいそうな、そんな感覚さえある。が、母は優しいからそうはいかないだろう。一日中泣いているんじゃないだろうか。

 いや、それ以上にも…


 そう思うとなんだかすごい罪悪感が押し寄せてくる。

 考えるのはやめよう。


 とはいえ、母の様子を見に行こうにも自宅の場所がなかなか思い出せない。母は霊感を持っているようで、もしかしたら霊である僕も見えるかもしれない。


 この1週間「篠原」って文字を暇さえありゃ探すという生活をしている。いや、「死活」?はたまた「霊活」か。

 誰かと話すことはこれまで全くなかった。正直、結構孤独で、寂しい。

 そういえば名前を言っていなかったか。僕の名前は「篠原健斗」享年17歳だ。


 死後の世界っていうと、リョウとよく話題にしていた。

 あいつはそのまま街をさまようとか言ってたけど、まさか正解だとは。変なところで勘が鋭いやつだったな。

僕は誰にも届くことのない笑い声を漏らした。


「あれ?」


 この1週間よく聞いた、僕に向くことのないありふれた声…ではなかった。


 その声、その言葉は、確かに僕を捉えていた。

 僕は振り返る。一縷の希望をもって。

 そこにいたのは中年の男の…霊?


「君、健斗くんだよね?」

 男は話始める


「懐かしいなぁ、ほら、3年くらい前まで近所に住んでた谷口だよ。」


「谷口…」

 正直思い出せない。だが、家の近所の人というのなら質問は決まっている。


「胸派か尻派、どっちですか?」


「………。」


―――――――――――――――――――――――


 …大人の対応であしらわれてしまった。まぁ顔を見るに尻派なのだろう。むっつりめ。


 そして、本題である僕の家の場所を聞いてみる。

「覚えてないんだ?案内してあげるよ。」

「お願いします!」

 よし、これで家には辿り着けそうだ。母は元気だろうか…。


「健斗くんは死んで何日くらい?」

「1週間くらいですね。」


「そっかー、ならいいこと教えてあげる。」

 谷口さんと僕は家に向かって歩き出した。


 それから家に着くまで「霊」についてのことを教えてもらった。


「霊になるってことは何かしら未練があるってことだねー、霊になると記憶がかなり薄れてしまうから難しいかもだけど。」

 谷口さんは話しながら、苦笑を漏らした。


「勝手に霊にしといて未練分からんとか理不尽ですね。」

 ひどい話だ。これから未練が何か分からなければ永遠にさまようとでもいうのか?


「あ!でも5年経つといわゆる「あの世」に自動的にいけるらしい。まぁ僕は消滅とも聞いたんだけど…。」

 突風が吹き、瞬間、音が消える。


「消滅…ですか。ちょっと怖いですね。まぁ、永遠に縛り付けられるよりはいいかもですけど?」

 なんとなく重い口をなんとか開き、僕は言った。


「実は5年経って消滅しちゃう前に、霊感のある生者の体を…いや、これは話さなくてもいいか」


「なんですか?生者の体?」


「いや、いいんだ、知らなくても。」

 その言葉にはなぜか、少し哀れみを感じた。


「あとは、霊ってのは霊感を持つ人に触れることでその人に自分を認識させることもできるんだよ」


「ちなみにそれって根拠とかあるんですか?」


「根拠かぁー、まぁ生前、オカルトとか結構読んでてね!あとは神社とか行くと霊と話せる人もいるからねぇ。」

彼は少し楽しそうに言った。


 なるほど、思ったより孤独ではないのかもしれない。

 現に今、他の霊と会話することもできているのだ。

 でも5年で消えてしまうというのなら、父やリョウは…まぁ、最初から期待はしていなかったが。


 そんなこんなで家までもうすぐらしい。早く母の顔がみたい。そして彼とはここで別れることになるのだろうか。久しぶりに人と話せてすごく楽しかった…。


 近所の人だ。なにか話してる?

「篠原さんとこ、さっき救急車きてたわよねぇ…」

「見た見た、なにかあったのかしら?」


 ──え?


「なにがあったんですか!?」

 聞こえないか…クソッ!


「家教えてくれてありがとう谷口さん、僕は病院行きます!」

「うん、健斗くん、信じてるよ」


マズイマズイマズイ!

母さん、生きててくれよ…!

―――――――――――――――――――――――

 

 着いた…っ、病院、!

 深呼吸などしている暇はなく、切れた息を無理やり飲み込む。

 母さん、母さん!!!頼む…

「母さん!!」

 僕は病室にやっとの思いで踏み入る。


「けん…と?」

 寝ぼけたような調子で言った。


「母さん?大丈夫なの?てか僕が見えるの!?」

 見た感じ大事ではなさそうだ。


「健斗!来てくれたの?全然来なくてもいいのに〜!」


「いやいや、そりゃあ行くよ!てか、どうしたの?まさか…」

 パッと見は元気そうだが。


「なんか突然気絶しちゃって!結構大きな音立てちゃったみたいで近所の人が救急車まで呼んでくれてねー!」

 なんだ…大丈夫そうだな。


「ていうか健斗、学校は?」


「…は?」


 さも当たり前かのように飛んできた質問に、思わず声が漏れる。

「いや、時間的に抜け出してきたんでしょ?」


「は?え?」

 おかしい。僕が死んだことを認識してないハズがない。

 記憶喪失…?


「どうしたの健斗?」

 心の底から困惑している。そんな声だった。


「お父さんだけじゃなく僕も死んじゃって、もしかしたらって…」


「健斗が死んだ?っていうかお父さん…?」


「いや、だから俺は1週間前に死んで…ってお父さんがどうしたの?もしかして覚えてないとか…?」

 ありえない。あの鼻をつく線香の匂いは、俺でも鮮明に覚えている。


「亡くなったっていったら5年前にさっちゃんが…」


「さっちゃん…?だれだよそれ?」

 さっちゃん?記憶にない。


「あなたの妹の幸よ?」


 僕に妹?いるとしても忘れるわけがない。それに、

「その年はリョウが…」


「リョウっていったら…昔雇ってたベビー…シッ、タ…」

 母はどたっと白いベッドに倒れる。

 気絶したのか?そしてベビーシッター。そんなのいた覚えはない。


「リョウ…5年前…妹?」

 わけがわからない。父が死んだのは10年前で…ん?

 5年…といえば霊が消滅する年数?そういえば…


『実は5年経って消滅しちゃう前に霊感のある生者の体を…いや、これは話さなくても…』


 谷口さんが言いかけてたことって…

 10年前は父さん、5年前は妹、今度は…


 僕…か


 僕は再び走る。学校…にはいなかった。となると、


 自宅に入り、2階に上がる。

 一番左にある僕の部屋。

 僕はそっとドアを開けた。そこには…


「僕」があちらを向いて立っていた。

 感動の再会…

 というにはあまりにも殺伐とした雰囲気である。

 久しぶりだな、僕の身体しんゆう


「人は、思ったよりもすぐに死ぬ生き物だ。

 現に僕は17年生きてきたわけだけど、これまで3人の死を経験した。僕の父と親友──」


「1人足りないんじゃない?」

 もう1人の僕が言った。テンプレをなぞるように。


「え?1人足りないって?

 そこは僕がセルフツッコミを、って思ってたんだけど。」


「というか君、僕が見えるんだ?」

「まぁそりゃそっか。君に見えないわけがないよね。」

 無理やりテンションを上げて、僕は言った。

 かつての楽しい時間を再生するように。


「とうとうバレたかぁ…。俺が誰かは…まぁ分かってるか」


 決まってる。

 5年周期、父の記憶のない母、ベビーシッター、谷口さんの言葉、目の前にいる僕、いたはずの妹


 そして──


「妹と同時に亡くなった親友、リョウ」

 これで3人。父、存在したはずの妹、そして僕。かつての存在しないはずの親友は、死んでいなかったのだ。


「ハハっ、せいか〜い!健斗、ちょっと賢くなった?」

 リョウは、頭にこびりついて離れない、聞き慣れすぎた口調で話す。


「うるさい、お前はもう友達でもなんでもない。」

 僕は、自分に言い聞かせるように言葉を放つ。

「あははぁ〜ひっど〜!」


「それで?お前はどうやって人に乗り移れる?どうして僕の家族ばかり狙う?」


「乗っ取るには霊感のある奴に接触する必要があるんだよねぇー、君の家系は昔から霊感を持って生まれる。そんで、その人が知る人物の1人を俺にすり替えるんだぁ〜!霊能力ってヤツ?そんで頃合いを見て元のヤツを殺すの!」

 奴は昔と変わらぬ笑顔でそういった。


「そうか、なるほどよく分かった。」

 つまりは霊感をもつ人の知る人物"A"の認識を、霊能力も用いてAから「リョウ」にすり替えていく…と。

 父の時は母の、妹の時は僕の認識を変えていたということか。気味が悪い。

 僕は拳を強く握る。


「今のお前は僕自身だ。つまりはただ殺して、体を取り戻せばいいだけの話。認識を操作する必要はない。」


「ハッ、なるほどねぇ〜!」

「君が死ぬとお母さんの精神的負担が限界に達するからねぇ。君の姿のままで生活してあげてる俺への感謝とかないわけ?」


「あるわけないだろ…ふざけるなよ?俺を殺したのもお前なんだ。」

俺は初めてリョウに対して強い怒りの感情を抱く。

「そんでその僕の体、まだモノにできてないんじゃないの?強がってるけど、お前が母さんのことを気にかけるわけがない。」


「そうだねぇーまだ不完全かな?例えるならこれから魂に体でコーティングをしなきゃいけないんだけどねぇ……


 僕はその言葉を最後まで聞かない。


 殴った。自分の顔と同じ形のモノを。


 殴って


 …殴って、


 殴り続けて、


 リョウの魂が抜け出したことを存在しない肌で感じる。

 途端、音が消え、静寂が訪れた。


 すかさず、僕は自分の体に帰る。


 思いの外、あっさりとした終幕だった。

 不思議なことに、リョウの魂が抜けると体の傷はみるみるうちに治っていった。


 奴は地獄に落ちただろうか。

 奴を殺した僕もまた、地獄に落ちるかもしれない。

 

 だけど、僕は母さんを悲しませない。

 この健斗の姿を母に見せ続ける。

 僕が僕でなくなってしまうとしても。


 ──それでも、僕は母さんを悲しませない。

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