第2話 『封じられた記憶』

屋敷が再び息を吹き返したあと、ミリアは胸の鼓動が早くなるのを感じていた。

廊下の壁に沿って青い光が流れ、天井の文様が淡く輝く。

どこかで歯車のような音が鳴り、止まっていた時が動き出したかのようだった。


ロイドは静かに一礼した。


「――お戻りになられたのですね、ミリア様。」


「わたし封じられた記憶は……戻ってきた? どこから?」


ロイドの瞳に一瞬、影が差した。

 

「“設計者の塔”からです。あの忌まわしき儀式の夜に……すべてを封印なさった。」


ミリアは眉をひそめた。

“封印”という言葉が頭の中で反響する。

どれほど思い出そうとしても、記憶の奥に白い靄がかかっていて掴めない。


「私は……何を封印したの?」


ロイドは答えず、代わりに彼女を屋敷の中央ホールへと導いた。

そこは大理石の床が広がり、天井には巨大な青い水晶が吊るされていた。

それがまるで心臓のように脈動している。


「これが“青の心臓”。」


ミリアはその名を呟いた瞬間、胸の奥が熱くなる。

ペンダントの宝石が共鳴し、同じリズムで脈打っていた。


「これ……私と、繋がってる?」


ロイドは頷いた。

 

「ええ。あなたが設計者としてこの世界を築かれた時、その力の核をここに置かれたのです。」


「私が……世界を?」


信じがたい言葉。

けれど、心のどこかがそれを否定できなかった。

なぜなら、青の光が自分の呼吸と一体化しているように感じられたから。


「では、なぜ私は眠っていたの?」


「あなたが“再構成の儀”を止めたからです。」

 

ロイドの声がわずかに震えた。

 

「かつて、この世界は二人の設計者によって支えられていました。ミリア・リスフェル、そして侯爵エルドレッド。」


その名を聞いた瞬間、ミリアの視界が揺らいだ。

冷たい風のような記憶が流れ込む。

 

――闇の塔、赤い光、そして誰かの叫び。


「エルドレッド……彼は、私の……?」


ロイドは短く息を呑んだ。

 

「あなたの協力者であり……かつての、最愛の人でした。」


ミリアの胸が締めつけられた。

脳裏に、微笑む青年の姿が浮かぶ。

だが次の瞬間、その笑顔は崩れ、闇に飲まれていった。


「彼は……どうなったの?」


「“再構成教団”の指導者として、あなたに敵対しています。」

 

ロイドの声は重く沈んでいた。

 

「彼は“完全な秩序”を掲げ、この世界を一度壊して作り直そうとしているのです。」


「壊して……作り直す……?」


ミリアは小さく呟いた。

それは、どこかで聞いたことのある理屈。

完璧な世界を求め、欠陥を排除する思想。

だが、それは“生”そのものの否定でもあった。


「それを止めるために、私は封印した……?」


ロイドは深く頷いた。

「はい。あなたは“再構成の核”を封印し、彼の計画を止めました。しかし、その代償として、あなた自身も記録層に閉じ込められたのです。」


「記録層……」


ミリアの手が震えた。

胸のペンダントが、まるで何かを訴えるように光る。

彼女は決意したように顔を上げた。


「ロイド。私はもう一度、外の世界を見たい。この屋敷を出て、確かめたいの。私が何をしたのかを。」


ロイドは短く目を閉じたあと、静かに頷いた。

 

「承知いたしました。しかし、その先には侯爵が待っています。」


「それでも行くわ。」


ミリアの声は静かだが、揺るがなかった。

屋敷の扉の向こう、長い夜明けが始まろうとしていた。

青い光が空を染め、封じられた記憶が再び動き出す。

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