青の屋敷 ― 目覚める設計者 ―

ワカバヤシケント

第1章 青の屋敷 第1話 『目覚め』



霧が、世界を包んでいた。

薄青い光が差し込む部屋の中、少女は静かに目を開けた。

天蓋付きのベッド。

透き通るようなカーテンの向こう、古びた天井が見える。

目覚めた瞬間、彼女は理解していた。ここは自分の部屋ではない――いや、そもそも、どこが自分の部屋だったのかも思い出せなかった。


「……ここは……?」


かすれた声が空気を震わせる。

応える者はいない。

少女――ミリアはゆっくりと身を起こした。

身体が重い。

まるで長い眠りのあとに魂が肉体に戻ったかのような感覚だった。


部屋の隅に置かれた鏡が、彼女を映していた。

そこに立っていたのは、淡い銀髪の少女。

白い寝間着の襟元に、青い宝石のペンダントが光っている。

その宝石が、心臓の鼓動に合わせて微かに脈打っていた。


(……これは……)


ミリアはペンダントに触れた。

冷たく、しかしどこか懐かしい感触。

触れた瞬間、微かな音が耳の奥で響いた。


> 《――目覚めの刻、記録を再生します。》


声は女性のものだった。

だが、それは誰の声でもない。

頭の中に直接流れ込んでくる人工的な響き。


「記録……?」


部屋の空気が揺らぎ、壁に青い文字が浮かび上がった。

古代語のような文字列。

それはゆっくりと形を変え、やがて意味を結ぶ。


> 《設計者コード07:リスフェル。意識復帰を確認。》


「設計者……? リスフェル……?」


聞き覚えのない言葉。

けれど、その響きに胸が痛む。

何か、とても大切なことを忘れている気がした。


(リスフェル……私のこと?)


ミリアはベッドを離れ、足を床につけた。

床の冷たさが現実を突きつける。

その瞬間、彼女の脳裏に断片的な映像が流れた。


――光る都市。宙に浮かぶ塔。

――人々が笑い合う姿。

――そして、黒い影に飲み込まれていく世界。


「やめて……!」


頭を抱え、膝をつく。

痛みが過ぎ去ると、再び静寂が戻った。

その沈黙の中で、ミリアは決意するように立ち上がった。


「……出よう。」


部屋の扉を押し開けると、長い廊下が続いていた。

壁には無数の絵画。

だが、どれも人の顔がぼやけている。

まるで“記録”から抜き取られたかのように。


歩きながら、ミリアは屋敷の空気を感じ取っていた。

不思議なことに、初めて歩く場所なのに、どこか懐かしかった。

それは、過去の記憶がこの建物の一部に染み込んでいるような感覚だった。


廊下の突き当たりで、誰かの足音がした。

黒い燕尾服を着た初老の男が立っていた。

彼の瞳は驚きと安堵で揺れていた。


「……ミリア様……! 本当に、目覚められたのですね。」


「あなたは……?」


男は深く頭を下げた。


「執事のロイドでございます。長らくお休みになられておりましたが、こうして再びお姿を拝できるとは……。」


ミリアは一瞬、言葉を失った。


(ロイド……どこかで聞いたことがある……)


「わたしは、どれくらい眠っていたの?」


ロイドは静かに答えた。


「――百年です。」


その言葉が、空気を凍らせた。

ミリアの目が大きく見開かれる。


「……そんな、嘘……」


だが、ロイドの瞳は真剣だった。


「この屋敷は“青の心臓”によって守られてきました。それが停止して以来、すべての時が止まったままだったのです。」


「青の……心臓……?」


ミリアがその言葉を繰り返したとき、胸のペンダントが光を放った。

廊下の壁が震え、屋敷全体が微かに唸り声を上げる。


ロイドが驚愕の声を上げた。


「まさか……“心臓”が反応を……!」


ミリアは光に包まれながら、ふと呟いた。

 

「わたし……やっぱり、この場所を……知ってる。」


そして、光が収まったとき、

屋敷の空気が確かに変わっていた。

青の屋敷が、再び息を吹き返したのだ。

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