妖魔執行人 〜永々無窮の呪い〜

綴 冬時雨

成崎あおいは普通じゃない編

プロローグ 一夜会議

 創天そうてん六三七年 三月二七日。

 一刻もすれば雨が降りそうな曇天の空。

 北東の市街では、色とりどの鮮やかなライトの光が次々と点き始めていた。

 その光は濡れたアスファルトに反射し、ネオン街をより煌びやかに染め上げている。

 対になるかのように、南西の市街は今にも切れそうなチカチカとした電灯が辺りを照らしていた。

 中央に行けば行くほど白い建物が増え整えられている。

 青龍様がお守りになる結界内のここ、天明てんめいの中央付近にそびえ立つ建物の一室で、会議が行われていた。

 

「――以下が、現状報告で間違いありませんね、皆さん」


 会議室の一番奥、上座に座るきのえ隊隊長の斜め後ろに立つ男。

 甲隊副隊長は腕に装着した小型デバイスから、ホログラムディスプレイを閉じた。

 各自のテーブル前に浮かび上がるホログラムディスプレイに、現状報告の淡々とした文字列が連なっている。

 張り詰めた空気の中で、餡子がぎっしりと詰まったモナカを頬張るみずのえ隊隊長の少女。琥珀色の目を細め、不思議に思いながらそれらを見ていた。


「現状維持だからって現状維持としか書いてないのは何ですか……」

「大きな変化が何も無いのに、毎回同じ文言書くなんて面倒極まりないじゃん」


 生気の薄い重だるげな声を発する男はつちのと隊隊長。

 

「それよりも、どうしてモナカなんて食べてるの? 一個ちょうだい」


 壬隊の隊長は自分で持っていこうと立ち上がったが、後ろに控えている男の副隊長が制し、隊長の代わりにモナカの箱を己隊の隊長の元まで持っていった。

 己隊の隊長は箱の中からモナカ一つを取ると、「ありがとう」と言い、壬隊の副隊長は元いた場所へと戻って隊長の前にそっと置いた。


「美味しい……、これどこの? あとで教えてよ」


 壬隊の隊長はにこやかに「いいですよ」と返し、モナカを食べ続けている。

 彼女がモナカを会議中に食べることを咎めるのは誰もいない。皆が知っているからだ、彼女はこういう性格だということを。

 

 先程までの重い空気は幾分か晴れ、小さな笑みをこぼす者もいた。

 会議とは遠く近く、緊張感もありつつ柔らかさもある。

 今日も今日とて安泰だと。序列一位の隊であり、まとめ役でもある甲隊の隊長は保護者のような眼差しで眺めていた。


 そんな中ただ一人、ディスプレイから一度も目を逸らさず眉根をしかめている男がいた。

 外交交渉を主に、一夜ひとよ内でも精鋭だと言われる五人を集めた隊。白蓮隊の隊長は、なにやら気になることでもあったのか、一瞬で和やかになった空気を終わらせた。


「気になることがあるのですが……一つよろしいですか?」


 甲隊の副隊長は喋らない隊長の代わりに「どうぞ」と言った。


「気兼ねなく言ってください。そのための会議ですから」

「”祓えぬ血“に関してです」


 その一言を聞いた瞬間、空気が変わった。弓に張った弦のように、ピンとした緊張感で場が満ちた。

 壬隊の隊長はモナカを食べる手をピタリと止めたが、反対に己隊の隊長は気にもとめず食べ続けた。

 他の八隊の隊長、副隊長もただ彼を見つめるだけ。

 白蓮隊の隊長は息のみ、続きを話そうとした


 ――その瞬間。


 ノックもなく、勢いよく扉が開かれ廊下の光差し込んだ。

 現れたのは一夜のオペレーター隊士。肩で息をしながら、声を慌ただしく張り上げた。


「……大変です、一大事です!」


 その声が響いた途端、場にいた全員の視線は一斉にその者に向いた。

 隊長たちの表情には険しさが浮かび、後ろに控える副隊長たちも背筋を伸ばしてオペレーター隊士の話を聞いていた。

 話を聞き終えると、ため息を吐く者、頭をかかえる者と三者三様に全員が悟った。

 これからこの天明の地で――何かが起き始めると。

 開け放たれたままの扉から、ぽつり、ぽつりと窓を打つ雨が降り始めた。すぐに音は連なり、豪雨へと変わる。白い光が一瞬照らし、雷鳴が遠くで轟いた。

 この天明で雨が降るということは、青龍様の心が乱れている証拠でもある。

 壬隊の隊長は雷鳴を聞き届けると、静かに立ちが上がった。

 モナカを食べていた柔らかい表情の彼女は消えさり、重いため息をついた。


「……急用ができました」


 短く告げ、椅子の背に手を置いたまま振り返り副隊長に強い目線を送って何かを訴えた。

 副隊長は無言で頷き、彼女のあとを追う。

 壬隊の隊長が廊下に出ようとした時、会議室に一人の男の声が響いた。

 白蓮隊の隊長だ。


「何かあればすぐに報告しろ、詠美よみ


 詠美と呼ばれた彼女は背を向けたまま軽く頷き、会議室から出ていった。副隊長は「失礼します」と礼をしてから彼女あとを足早に追う。

 扉が閉まると、部屋の中は暗がり戻り、無数のホログラムディスプレイの光が照らす。

 残された隊長たちは、ただ黙して考えていた。


 これから起こりうる可能性がある出来事を――。

 

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