融解

小倉 御幸

目が覚めると暗かった。ここはどこ、というか、オレは誰なのだろう。名前すら思い出せない。マンガでしか聞かないようなセリフが頭をよぎる。


入っていたカプセルをこじ開け、外に出てみる。辺りを見回すと、部屋中に自分入っていたのと同じカプセルが並んでいた。どれも同じような機械音を規則的に立てている。

「コールドスリープ……。」

思わず呟く。SFモノにしか出てこない単語だが、実際に自分が体験するとは。

上下厚手のジャージのセットアップという服装だが、室内でも少々冷えた。ここに居ても仕方がないので、とりあえず目の前のドアから外に出てみた。


***


崩れて、コンクリの瓦礫になったビル。ひび割れて地面がむき出しになった道路。それらが緑の植物で覆われている。


少なくとも自分の知っている世界ではなかった。


違和感を感じるが、外の空気は気持ちがよい。だが、いささか風が冷たい。当たり前であるが、室内よりも冷える。先ほどまでいた建物を見失わないようにして、進む。


ふと、数m先の瓦礫の上に人影が見えた。白く、長い髪がなびき、ふわりと飛ばされそうだった。なんとなく目が離せず、放っておけない。しばらく見つめるしかなかった。

「……くん。おはよう。」

不意にこちらを振り向き、ぼそぼそした声で語りかけられた。もっとも、前半部分は聞き取れなかったが。

「泣いて……る?」

瓦礫から降りてきた彼の目には涙が浮かんでいた。

「それは君もだよ。」

指摘されて初めて気づく。オレの頬も涙で濡れていた。

「もしかして、僕のこと、覚えてない?」

嗚咽で途切れ途切れになりながら、問われる。記憶を探ろうとしたが、靄がかかったように思い出せない。ビルやらSFやらコールドスリープやら単語や事象は覚えているが、自分自身や人に関することは何も覚えていない。

「でも……でも、あんたはどこかで会ったことある気がする。」

わけもなく懐かしく、目頭が熱くなる。

2人の間の冷ややかな風だけが火照る頬を撫でていた。

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融解 小倉 御幸 @Kasutera_0501

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