第2話

「と言って出てはきたものの……」


 陽も傾き始めた頃。広場の噴水の縁に腰かけ、俺は途方に暮れていた。


 ぼんやりと眺める目線の先で、石畳の広場を様々な人の姿が行き交っている。


 人間や、細長い耳のエルフに、ずんぐりとしたドワーフ。小柄なハーフリングの姿もある。


 職業もそれぞれで、商人や職人、買い物に来た主婦たちに、巡回する兵士たち。


 そしてもちろん、冒険者たちの姿も多い。


 統一されていない装備や服装で連れ立って歩く若者は、だいたいが冒険者だ。指にシグネットリングを嵌めていれば、もう間違いはない。


「さあさあ皆様方! いま売り出し中の冒険者パーティ『キーンエッジ』の最新の冒険譚が今日からお披露目だよ! ファンの皆も初見の皆も、槌と金床亭に聴きにおいで!」


 声高に叫んでいるのは、クランの客引きだ。最近よく聞くパーティの名前に、通行人たちもちらほらと足を止めている。


「やっぱいいよな、“つむじ風”のユーディット。カッコいいし美人だしさあ」


「わかる、胸がいいよな」


「違ぇよ! 俺はそんなやらしい目でユーディットを推してねえから!」


「は!? 大事だろ胸は! 俺は胸で推しを決めたぞ!」


「お前の推し誰だっけ?」


「“飛び羽根落とし”のブランド」


「男じゃねえか! 胸って胸筋かよ!」


 道行く若者たちも、冒険者を話のタネに盛り上がっている。


「ん……?」


 そんな中、ふと、なにかが目を惹いた。


 少女だ。


 ひとりの少女が、広場をあちこちと行ったり来たりしては、通行人に話しかけているのだ。決まって相手は、大荷物を抱えた商人や、きょろきょろと誰かを探している風の主婦など、手助けを必要としていそうな人物である。


 身なりは素朴な街着だが、あるいは彼女も売込み中の駆け出し冒険者だろうか。


「まあどちらにせよ、もうどっかのクランに所属してるだろうな……」


 ここはカザムダリア王国。


 大陸有数の大国家にして、魔物騒ぎだダンジョン発見だ、と冒険のタネが尽きることのない冒険者大国だ。


 その首都カザディールともなれば、自由の民同盟内においても最大級に冒険者が集まる街なのは言うまでもないだろう。


 同時にそれは、多くのクランがしのぎを削る街だということも意味している。


「王国軍は任期終わりの時期じゃないし、どこの武術道場も目ぼしい人材は内定済み。学院内でのスカウトは禁止されてるし……そう簡単に新しい冒険者の卵が見つかるわけないよな」


 クラン、つまり冒険者ギルド加盟店とは、専属の冒険者を擁し、依頼人や各種技術トレーナーとの仲介、広報などの業務を行う認可を得た、宿屋や酒場(たいていはどちらも運営している)だ。


 だからこそ、どこのクランだって将来有望な人材は喉から手が出るほど欲しい。そしてそういう人物のい得る場所には、とっくにほかのクランがツバを付けている。


 あるいは『槌と金床亭』や『二つ鍋亭』のような大手クランなら、向こうから所属希望者が殺到するだろうし、専用のトレーニング施設だって抱えている。


 だが、弱小中の弱小クランである跳ね馬亭にとって、冒険者は足を探すものだ。しかも砂山で砂金を探すよりもずっと難しい。


 慌てて次の人材を探したところで、おいそれと巡り会えるなんて都合のいいことはそうそう起きないるはずがない。


 昼から街中を駆けずり回って得られた、それが結論だった。


「カミュもイルミナも、スカウトするのにどれだけ苦労したと思ってるんだよ」


 思わず恨み言を零してしまってから、余計に肩が重くなる。


 二人が跳ね馬亭を出て行く原因になったのは、満足できる冒険者生活を送らせてやれなかった俺の力不足だっていうのに、文句を言うなんて筋違いもいいところだ。


 こんな根性だから二人のプロデュースだって上手くいかなかったんじゃないのか。


 これじゃあ本当に、アイリーンさんに見限られる日も遠くはないんじゃないか。


 よしんば上手いことスカウトできたところで、また愛想をつかされるのがオチなんじゃないのか。


「……ああもう」


 気の滅入る考えばっかり頭に渦巻いている。


 こんなことをしていたって、なんの解決にもなりゃしないっていうのに。わかっているのに、身体が動かない。沈んでいく陽のように、暗いところに引きずり込まれていくかのようだ。


 気を紛らわそうとリュートを抱えてみるが、気持ちを高める歌のひとつも浮かんで来やしない。吟遊詩人が聞いて呆れる。


 結局リュートを脇に放り出して、また項垂れることしかできなかった。


「どうすりゃいいんだ」


「お兄さん、大丈夫?」


 知らない声に呼びかけられ、顔を上げ、目を瞬かせた。


 思ったよりも周囲が明るい。まだ空も青く、陽も沈んではいない。


 目の前には、少女の姿があった。


 明るい栗色の髪を背中まで伸ばした、快活そうな少女だ。年の頃は十代半ばで、成人しているかいないかといったところか。腰に下げた大振りなダガーが目を引く。


 なによりも、その瞳が。


 碧く大きな瞳が、きらきらと輝いている。辺りに舞っている細かな水しぶきまでもがその光を映しているかのように、彼女は輝いて見えた。


「え、っと。君は?」


「あっ、ごめんね突然声かけたりして。なんだかすごく落ち込んでるように見えたから気になっちゃって! ねえ、もし困ってることがあるなら聞かせてもらえないかな。わたし、こう見えても冒険者なんだ! なにか力になれるかも!」


 なるほど。


 彼女に感じた輝きの正体がわかって、俺は苦笑いを浮かべる。


 よく見れば、さっきから広場を行ったり来たりしていた子だ。なんのことはない。やっぱりこの子も、希望に燃える冒険者のひとりだったというわけだ。


 それも立ち居振る舞いを見るに、恐らくデビューしたばかりの駆け出し、鉄等級だろう。装備すら整っていないというのは気になるところだが。


「心配してくれてありがとう。でも気にしないで、君に相談してどうにかなることでもないからさ」


「えーっ! たしかにわたし駆け出しだけど、無理かどうかなんて話してくれないとわからないよ! ね、もしかしたら話すだけでも楽になるかもだし」


 それに、と少女は腰に手を当てて胸を張る。


「わたしはこれから、きっと一流の冒険者になるんだから! 未来の勇者に悩みを聞いてもらう、いまがチャンスなんだよ!」


「勇者、って」


 どーん、と効果音が付きそうなほど、大きな未来展望だった。


 勇者とは、冒険者の格付けのさらに上位。


 功績を重ね、英雄と呼ばれるに至った冒険者の中でも、殊更に歴史に記されるほどの偉業を成し遂げたものにだけ与えられる、特別な称号だ。


 大陸史においても勇者の名を戴いたものは、ごくわずかしかいない。


 そんな小さな子供が語るような夢物語を、この少女は堂々と掲げている。


「……ひゅっ」


 だというのにその姿は、どうしてか太陽よりも眩しいほどに輝いて見えた。


「すごいな。君なら本当にそうなれる気がする」


「……ほんとにそう思う?」


「もちろん」


「! じゃあじゃあ、お悩み聞かせてくれる!?」


 彼女はきっと大物になる。


 そんな予感がするからこそ、首を横に振らざるを得ない。


「無理だよ。駆け出しだからってわけじゃない。もうすでに冒険者の君には相談できない悩みなんだ」


「? どういうこと?」


 俺は指に嵌めていた、竪琴の紋章が刻まれたシグネットリングを見せる。冒険者ギルドの認定を受けた吟遊詩人である証だ。


「ほら、俺は吟遊詩人だから」


「へー……?」


 が、少女の反応はいまいち芳しくない。


「ええと、それで悩みっていうのは、クランにも関係することなんだ。ほら、助けるわけにもいかないだろ」


 言ってしまえば俺は、彼女にとっては商売敵の一員だ。


 もしかすると、こうして余所の吟遊詩人と話していると知られただけでも、彼女の担当吟遊詩人はいい顔をしないかもしれない。


 なんなら少し悔しいくらいだ。この子がまだ冒険者じゃなかったのなら、俺が声をかけていたかもしれない。いや、逆に無鉄砲さが怖くて遠慮していたか?


「……なんで?」


「いや、なんでって……俺が個人的に困ってるならともかく、よそのクラン絡みの問題に首を突っ込むなんて、君の吟遊詩人もクランも許してくれないだろう?」


「んーっと……」


 少女は、ぱっと輝くような笑顔を見せてくれた。背中に嫌な汗が伝った。


「それ今日はよく聞かれるんだけど、わたしにはクランとか吟遊詩人さんとかいないから大丈夫だと思うよ!」


 クランも吟遊詩人もいない。それは、つまり。


「まさか君、野良冒険者なのか!?」


 冒険者は英雄の卵だなんて言われているが、主に力仕事や武力が必要な問題の解決に駆り出される、言ってしまえば個人単位の傭兵だ。当然のことながら、職能として戦闘技術や魔術を持ち合わせ、仕事道具として武器を携行している。


 冒険者とは、総じて戦う力を持つものだ。


 だからこそ自由の民同盟国内においては、不埒ものがその名を騙ることがないよう、冒険者ギルド加盟のクランに所属せずに活動する、いわゆる野良冒険者は禁じられているのだ。


「野良、冒険者……?」


 唖然とする俺の雰囲気を察したのか、少女の表情が不安に翳る。


「あ、あのね、お兄さん。わたし、もしかしてなんか変なこと言ってるのかな」


「え?」


「実はさっきもたくさん荷物抱えたおじさんとかのお手伝いとかしようとしたら、同じこと聞かれたんだ。それで同じように答えたら、やっぱり変な顔されて。王都に来れば冒険者になれるって聞いてたんだけど、今日着いたばっかりでよくわからなくって……」


 その様子に嘘は感じられない。


 この子はただ憧れに突き動かされてカザディールにやってきて、なにも知らずに冒険者を名乗ってたって言うのか。


 少女の純朴さと猪突猛進っぷりに言葉が出ない。いまどきこんな真っ直ぐな子がいていいものなのか。


 いや、ともかく。


「ええと、冒険者になるためにはいろいろと決まりがあるんだけど……」


 少女に話しながら、俺の頭の中はそれどころではなかった。


 野良で冒険者を名乗るのはやめさせないと。衛兵にしょっ引かれて悲しむのはこの子だ。だったら跳ね馬亭にスカウトしてしまえばいいんじゃないか? この子は冒険者に憧れていて、俺たちは冒険者を必要としてる。それにこの子の目の輝きにはなにかを感じる。でも素性も素質も分からない子を不用意に、それもうちみたいな弱小クランに勧誘して、またカミュたちのようなことになったら?


 ぐるぐると回っているいくつもの言葉を整理したくて、俺は傍らに置いたはずのリュートを手で探る。


 が、いくら探っても、その手は空を切るばかりだった。


「あれ?」


 脇を見ても、すぐ傍に置いたはずのリュートは、どこにも見当たらない。


「ない!?」


「ど、どうしたのお兄さん?」


「俺のリュートがないんだ! ここに置いてあったはずなのに!」


「うそ!? もしかして噴水に落っこちちゃった?」


「いや外に立てかけておいたからそれはない、はず」


 念のため噴水の中を覗き込んでみるが、もちろんどこにもありはしない。


 イヤな予感が頭を埋め尽くす。


「まさか、盗まれた?」


 咄嗟に辺りを見回す。広場を行き交う通行人たちに目を凝らす。


 主婦、主婦、衛兵、冒険者、行商人、子供たち、冒険者、冒険者、衛兵。


 ちらりと。


 人混みの中によく見知ったシルエットを見た気がした。こちらに背を向けた男の肩口から覗く、リュートのネック。


 頼む、何かの間違いであってくれ。


「おい、あんた!」


 張り上げた声に弾かれたように振り返った男は、途端に血相を変えて逃げ出した。


 大当たりかクソ!


「止まれ! この、」


 追いかけようとして。


 俺が走り出すよりも早く、すぐ脇をなにかがすごい勢いで駆け抜けていった。


「待てええええええええ!」


「え? って速ッ!?」


 あの少女だった。すさまじい勢いで飛び出していき、その背中はあっという間に小さくなっていく。


 って、いけない。呆気に取られている場合じゃない。


「ああもう! とんだ厄日だ!」


 慌てて二人のあとを追う。


 盗まれたリュートもそうだが、むしろあの少女を絶対に見失ってはいけないという予感に駆られながら。

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