トルバドール!~弱小クランの吟遊詩人が少女たちを冒険者として育て上げる~

ふぉるく

第一章:ドンナ・セルバティカ編

第1話

 冒険者――。


 それは若者たちの永遠の憧れ。


 剣と、魔法と、そして己の技と知恵のすべてを以て、危険な魔物に、闇深き迷宮に、神代から遺された謎に挑むものたち。


 危難に苦しむ無辜の民の代わりに立ち上がる英雄たち。


 いつかひと山の財産を、いつか後世まで語られる栄誉を手にすることを夢見る、勇者の卵たち。


 そんな冒険者たちの背に、人々は憧憬の眼差しを向ける。彼らの冒険譚に心を躍らせ、支持者ファンとして声援を送る。


 冒険者。


 それは若者たちの、いや人々の永遠の憧れアイドルだ。


「俺たちはもうやめさせてもらうからな、こんなクラン!」


 永遠の憧れ……なのだが。


「ちょ、ちょっと待った! 落ち着いて、この間ゴブリン退治を成功させたばっかりじゃないか! これからだってときなのにどうして」


 閑散とした食堂に怒号を響かせたのは、つい先日に登竜門ともいえる依頼クエストを解決し、見習い階級の鉄等級から銅等級に昇格ばかりの駆け出し冒険者の青年だ。


 俺は荒々しく席を立った彼の腕を慌てて掴むが、その腕はすぐに振り払われた。


「どうして、だって? そのゴブリン退治のクエストを取り付けてくるまで、どれだけかかったと思ってるんだ! 一年だぞ、一年! ほかで同時期にデビューした連中はもうとっくにいくつも功績を上げて、冒険譚だって歌われてる! なのに俺たちはようやくゴブリン退治が一件だ。こんなところ、これ以上続けられるか!」


「だからそれは、二人に十分な経験を積んでから挑んでもらおうと思って」


「そもそもこのクランにどうやったら今以上にクエストが来るのか教えてくれよ! 客なんてほとんど来ない! たまに持ってくるのはしょぼい雑用仕事ばっかり!」


「私らが目指してるのはミスリル等級の英雄。こんなところでこれ以上低ランクのクエストを続けるつもりないから」


 青年と、その後ろから顔を出す少女の言葉が、耳に痛い。


 いまこの冒険者ギルド加盟店、通称クランと呼ばれる宿屋『跳ね馬亭』の酒場にいるのは俺と、目の前にいる二人……人間の青年カミュと、ハーフエルフの少女イルミナだけだ。


 この昼時真っただ中、ほかのクランならば、もっと大勢の客たちで賑わっているのだろう。クランの客とはつまり、冒険者にクエストを持ってくる依頼人や、そのクランに所属する冒険者たちの冒険譚を聞きに来たファンのことだ。


 そのどれも、この店にはいない。


 無理もない。


 なぜならいま跳ね馬亭に所属する冒険者は、カミュたち二人を除いてほかにいないのだから。


「そもそもリッケルト、あんた吟遊詩人だろ。吟遊詩人の仕事はなにか、言ってみろ!」


「それは……もちろん君たち冒険者のプロデュースだよ。訓練の予定を組んだり、依頼人からクエストを取り付けたり、なによりその仕事ぶりを冒険譚として歌い広めて君たちの名を国中に轟かせる。それが俺たち吟遊詩人の仕事だ」


 吟遊詩人は、語り部だ。物語のエキスパートである。


 過去の英雄譚や冒険譚を紐解き、先人たちの成功と失敗に学び、それを自分の受け持つ冒険者たちに余すところなく伝え導き、そしてまた彼らの冒険を人々に語り伝える。


 それが吟遊詩人の本懐。この道を志してから、決して忘れたことはない。


 けれどその返事すら、カミュたちには気に食わなかったらしい。


「荷物運びだの草刈りだの下水道掃除だの、そんなクエストばっかでどうやって名が広まるわけ? 一年かけてやっとゴブリン退治だなんて、いくらなんでも遅すぎ」


「しかもいちいちついてきてあれこれ指図しやがって。鬱陶しいんだよ!」


「君らの活躍ぶりを、きちんとみんなに伝えるためなんだって! それに二人は冒険者としては駆け出しだから、少しでもアドバイスをしたくて……」


「あんたは吟遊詩人! 俺は元王国兵で、イルミナは学院の魔術科の優等生だ! リュートを弾くだけの吟遊詩人から受けるアドバイスなんかない!」


 ぐ、と喉が詰まる。


 そりゃあ俺は戦いに関しちゃまったくもって素人だ。剣のひとつだってまともに振ったこともない。


 それでも、ただ彼らの助けになればと、そう思ってやってきたつもりだった。


「もうこれ以上話すことなんかなにもない。行こう、イルミナ」


「待ってくれ、冒険者を辞めるわけじゃないんだろう? ここを出て、そのあとのことは決まってるのか?」


 席を離れ背を向けたカミュは、振り返らなかった。


「……別に、あんたに関係ないだろ」


「だったら」


 二人を追おうとした俺の足を、静かに振り返ったイルミナの、人間の俺よりも永い時を生きる、しかしまだ若芽の頃にいるはずの少女の冷たい瞳が止めた。


「彼といられる時間は限られてるの。これ以上無駄にさせないで」


「! ……違う。『槌と金床亭』に同期の吟遊詩人がいるんだ。彼宛に紹介状を書かせてくれないかな。せめて君たちが足踏みせずに、順調に次の冒険に出られるよう手助けをさせてほしい」


 遠ざかる足音が止まった。


「勝手にしろよ」


 そうして彼らの吟遊詩人としての最後の仕事を終え、跳ね馬亭を出て行った二人を見送ると、がらんとした酒場には、静寂と彼らが置いていった跳ね馬亭の冒険者シグネットだけが残される。


 俺はただ、情けなさにテーブルに突っ伏すことしかできなかった。


「やっとのことで跳ね馬亭に入ってくれる冒険者に出会えたと思ったのに」


 出会った当初は『俺たちしかいないなら、俺たちが名声を独占ってわけだな!』なんて言って目を輝かせていた。もちろんそんな簡単な話じゃないってことは、彼ら自身わかっていた。


 それでも、時が経つにつれてその輝きは曇ってった。曇らせてしまった。


 俺がせめてもう少し、彼らに華々しい仕事を持ってきてやることができていれば。


「大丈夫? リッケルトくん」


 たおやかな女性の声に呼びかけられ、俺ははっと飛び起きた。


「アイリーンさん……すみません、情けないところを見せて」


 アイリーンさんはこの跳ね馬亭の若き女店主、つまりここのクランマスターだ。従業員もろくにいない跳ね馬亭を、娘さんと二人で切り盛りする苦労人でもある。


 細腕を振るって経営するこの人たちの助けにもなりたくて、俺はこの跳ね馬亭を吟遊詩人としての腕の揮い所に決めていたというのに。


「カミュたちに出て行かれました。俺の力が及ばなかったばかりに」


 このざまである。まったくもって情けないことこの上ない。


「そう……」


「……本当に、すみません」


「残念ね。うちで大成してくれたらな、なんて期待しちゃってたんだけど」


 顔を上げることができない。


 冒険者がおらず、ギルド加盟店としての実績を重ねられていない跳ね馬亭にとって、カミュたちは間違いなく希望だったのだ。


 俺はその芽を、この店で咲かせることができなかった。


「もうっ」


 肩を小突かれて思わず顔を上げる。アイリーンさんは苦笑いを浮かべていた。


「残念だけれど、二人が決めたことなんだから仕方ないわ。それより、あなたのほうがよっぽど心配よ。私なんかよりずっとショック受けてるじゃない」


 ショック。


 そう言われて少し納得した。俺は自分の不甲斐なさが情けないだけじゃなくて、ショックも受けてたらしい。


「そうですね、さすがにヘコんでたみたいです。俺が作る初めての冒険譚の主人公は、カミュたちなんだって思ってたんですから」


 彼らは俺が吟遊詩人として冒険者ギルドから認定を受けて、はじめて受け持つ冒険者になる、はずだったのだ。


「あいつらが活躍して、みんながその物語を聞こうと店に集まってきて。そうしたらこのギルドに、昔みたいな活気を取り戻せるかも、なんて考えたりして……」


 このクランだって、昔からこんなに寂れていたわけじゃない。


 かつてはここを拠点に活動する冒険者たちがいて、看板パーティがいて、彼らの冒険譚を語る吟遊詩人がいた。冒険者たちのファンも連日集まっていた。


 そのどれもが、もう失われてしまった。


 残されているのは使うもののいない客室やテーブル。ギリギリのところで食いつなぐ女主人とその娘。そして、去年やっとギルドの公認を得た俺だけだ。


 吟遊詩人として腕を揮って、この店にかつての賑わいを取り戻す。その夢を彼らと叶えていきたい。俺は自分で考えていたよりも強く、そう願っていたらしかった。


「……あの子たち、いまいくつだったかしら」


「え?」


 突然の問いに目を瞬かせながら、記憶を探る。


「カミュは十九だったかな。イルミナは聞いてないけど、たぶん同じくらい」


 人間の倍は生きるハーフエルフの年齢を見た目で測るのは難しいが、彼女からはまだ老成したエルフの雰囲気は感じられなかった。


 二人はもともと同じ村の出身で、イルミナが学院の魔術科に入学するのに合わせてこの街に出てきたという話だった。修学が落ち着き、王国軍に入隊したカミュの任期が満了したタイミングで冒険者稼業に乗り出したんだとか。


 まさしく若手冒険者の二人だったというわけである。


「じゃあリッケルトくんは?」


 またまた突然だった。


「俺ですか? もう今年で二十五ですけど」


「まだ二十五、でしょう。ねえリッケルトくん。あなたも若いんだから、こんな寂れたクランにこだわらなくていいのよ? リッケルトくんならどこででもやっていけるもの」


 思わずアイリーンさんの顔を凝視してしまった。その顔は暗く、唇は微かに震えていた。


「え、ええと、それは暗に、俺がいても足を引っ張るだけだから出て行けと……」


「え? ち、違います、そんなこと思ってません! あなたが来てくれて本当に助かってるわ。カミュくんたちを連れてきてくれたこともだし、酒場で歌ってくれて、少しだけどお客さんも増えたんだから。でもいくらあなたがあの人の弟子だったからって、ここにこだわって吟遊詩人としての経歴に傷が付いたりしたら……」


 アイリーンさんはもじもじと指をこねながらそんなことを言う。


 彼女はたぶん、本気で俺の将来を案じてくれている。だからこそ、余計に嫌な想像が頭に浮かんでしまう。


 聞きたくないけれど、聞かなければ。


「もしかしてもう、限界に来てるんですか」


 アイリーンさんの細い肩がびくりと跳ねたのが、答えだった。


「いつまで、もつんですか」


「……諦めるつもりなんてないの。ここはあの人たちと立ち上げた大事なクランだもの。オデットだっているし、リッケルトくんも尽力してくれてる。でも、冒険者ギルドから通達が来たわ。一年以内にクランとしてなにか目立った成果が出せなければ、クランとしての認定を取り消すって。経営的にもそれがリミットよ」


 いよいよ恐れていたときが来てしまったのか。


 クランとして認定を受けている店は、冒険者の活動を支援し、ときには国が絡む任務ミッションにも協力する見返りとして、ギルドから補助金などを受け取っている。


 当然、長期間実績がなければその認定は取り消されることになる。


 そうなれば。


「跳ね馬亭が、なくなる」


「さっきも言ったけれど、諦めるつもりはないの。でもそろそろ、覚悟を決めないといけなくなってきてるのも事実よ。でもリッケルトくんまで無理して私たちに付き合う必要はないって言いたくって」


 湧いて来た気持ちは諦めではなく、怒りだった。


「俺だって、師匠への義理だけでここに残ってるわけじゃありません。跳ね馬亭が好きだったからこそ、かつての活気を取り戻したいんです。俺だって諦めるつもりなんて毛頭ありませんから!」


 言葉の勢いに任せて席を立つ。


 売り言葉に買い言葉だけれど、おかげで力が湧いて来た。いつまでもしょぼくれてなんかいられない。


「リッケルトくんっ、どこ行くの?」


「冒険者をスカウトしてきます。俺はまだまだ挫けるつもりなんてありませんから」


 気合を入れなおして再出発だ。ここをなくさせなんかしない。


 今度こそ、我らが跳ね馬亭で華々しく活躍する冒険者を育て上げるんだ!

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