アセスメントとペインポイント

王都から長距離を揺られ、エリアナは「最果ての辺境領」に到着した。


馬車から降りた彼女の目に映ったのは、想像を絶する貧困の光景だった。


荒れ果てた大地。活気なく濁った目をした領民。ボロボロの家々。


領主の館(とは名ばかりの粗末な建物)は、冷たい風が吹き抜けていた。


長旅の疲れを一切見せず、エリアナは冷静に現状を分析する。


(事前資料(データ)より遥かに悪い。KPI(重要業績評価指標)で言えば、インフラ、衛生、食料、すべてが赤字(危険水域)だ。これは課題が山積したプロジェクトだ)


館で待っていたのは、痩(こ)けた領民たちと、その代表である村長だった。


村長は、エリアナの貴族然とした(しかし地味な)姿を睨(にら)みつけた。


エリアナが「本日付で、ここの統治を任されました、エリアナです」と挨拶するも、村長の態度は冷たい。


「……どうせ王都の貴族サマだ。好きにすればいい」


「我々に期待するな。あんたも、どうせすぐに病気になって逃げ帰るか、死ぬかだ」


周囲の領民たちも、エリアナを遠巻きに見て、強い不信感と諦観(あきらめ)の目を向けている。


(なるほど。既存の統治(旧体制)への不満と、解決されない問題(ペインポイント)の蓄積が、彼らのリソース(労働意欲)を奪っている)


エリアナは冷静に分析する。


(感情的な対立は時間の無駄。まずは最大の問題(ボトルネック)を特定する)


彼女は、領民たち(特に子供や老人)の顔色が悪く、特定の乾いた咳(せき)や、皮膚の荒れが目立つことに気づいていた。彼女の持つ薬学の知識が、即座にアラートを鳴らす。


「いくつか、ヒアリング(面談)させてください」


エリアナは村長に向き直る。


「何を食べていますか? この土地で、最も多い死因は何ですか?」


村長は「……雑草の根と、痩せた芋だ。死因? 飢えか、冬の咳病(せきやまい)だ」と、吐き捨てるように言った。


質問と観察の結果、エリアナは問題の根幹を特定した。


(ペインポイントは、「慢性的な栄養不足」。そして、それによる免疫低下で蔓延(まんえん)している「特定の風土病」だ。あの咳は、ただの風邪ではない)


エリアナは即座に行動を開始した。


「まず、公衆衛生の改善を指示します」


彼女は、前世の知識に基づき、井戸の管理方法、汚物の処理方法など、ごく簡単だが効果的な衛生指導を矢継ぎ早に命じた。


領民たちは「そんなことで何が変わる」と半信半疑の顔だ。


次に、エリアナは自ら荒野に出た。


領民たちが「雑草」として捨てていた薬草をいくつか採取すると、持参した道具で、即座に調合を始める。


(この風土病には、この薬草(A)と、あの薬草(B)の成分を、この比率で抽出・混合するのが最適解だ)


前世の薬学知識(チート)を使い、彼女はその辺りで手に入る安価な材料だけで、「風土病」に対する即効性のある「予防薬(兼・症状緩和薬)」を開発・製造した。


「これを、咳をしている方々に飲ませてください」


「……こんな雑草が、薬になるというのか」


村長は疑いながらも、苦しそうに咳き込む自分の孫に、その薬を与えた。


数時間後。


あれほど苦しそうだった子供や老人たちの咳が、目に見えて治(おさ)まっている。


目の前で起きた即効性のある「結果」に、領民たちの態度が初めて変わった。


「……咳が、楽になった」


「あの人は、今までの貴族とは違うかもしれない……」


不信が「興味」や「わずかな期待」に変わる瞬間だった。


村長が、震える声でエリアナに問いかける。


「……本当に、あんたが、ここを何とかしてくれるのか?」


エリアナは、冷静な目で村長を見返した。


(第一フェーズ、領民の健康(リソース)確保は完了)


彼女の脳裏には、すでに次の計画(プロジェクト)が起動していた。


(次は、彼らが生き残るための食糧(ジャガイモ)と、この事業の核となるキャッシュ(銀霜草)の確保だ)

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