書けなくなったワケ

びぽな

 夢想する事が好きな男がいた。彼は、自分の世界の話を創るのが好きだ。

 彼にとっての創作とは、自作の物語を読み返して楽しむ所までがセットだった。


 その男は、ある時、自身の作品を誰かに読んで欲しいと思った。

 誰かが読み、評価し、感想をくれる。

 ああ最高だ、気持ちがいい。もっと評価されたい。


 男は書いた。作品を書き上げる時に思っていたのは、書くなら流行りモノの方が良いだろう。こうすれば読者は面白いと言ってくれそうだな。


 好まれる主人公は、好まれるヒロインは、倒して気持ちよくなれる敵は、といった具合で形成していく。

 そうして出来上がった作品は、ランキングなど到底届かない結果ではあったけれど、数件の感想を頂けるほどには評価してもらえた。


 大事なのは更新頻度。毎日は難しいが、二日に一回は頑張ろう。そんな日が続いた。


 そうして、キリの良い所まで書き上げる事が出来た。まだまだ先は見えないが満足度は高かった。


 男は気付いた。ある時から自作を読み返していない事に。かつては味がしなくなるほど読み返していたのにもかかわらず。


 鎚で殴られたような衝撃を受けた。読み返した自作が恐ろしくつまらなかったからだ。

 それはまるで、ふと鏡を見ると、五十年後の自分が映っていたかのような恐ろしさだった。


 俺は、何を書いていたんだ?


 確かに、昔と比べて成長している部分もある。しかし、それは本質ではない。自分にとって創作とは、自身が読んで面白いかどうかが全てだからだ。


 失ってしまっていた。数字では計れない、個々人の感性に基づいた面白さというステイタスを。


 気付いてからは。すっかり、書けなくなってしまった。


 いざ書いてみると頻繁に手が止まる。何を書いてみても脳裏でもう一人の自分が問いかけてくる。それは本当に自分が書きたい話? 自分自身が読んで面白いと思えるの? と。


 新たに物語を考えるにしてもそうだ。自分が本当に望んだ世界なのか確信が持てなくなってしまった。

 もしもそうでないのなら、俺が書く必要はどこにもない。


 誰かが望む話を書くのはその誰かがやればいい。自分がやらなければならないのは、自分の世界を書くことだけだ。


 他の人の作品を読むことも好きだ。そこには自分の心象世界では創造されないような物語があるから。


 書けない間、素晴らしい作品に触れるたびに思索していた。他者が持ち得て、今の自分にないもの。それでいて、かつての自分が持っていたもの。


 そんな感じで気付けば十年近くまともに書けなくなってしまった。


 そして今に至る。が、最近になってようやく克服出来たようで、今は自分の思い描く最高の作品を書いている最中だ。

 自分で言うのもなんだが、現在手掛けている作品は書けなかった十年を補って余りある内容になっている。


 荒唐無稽な話だが、書けなくなった理由は実は悪魔と出会い、十年好きに書けなくなる代わりに十年後に最高の作品を生み出せる。そんな取引をしたのかもしれない。そう思えるほどに。


 閑話休題。

 書けなくなる理由は千差万別だろう。最近ありそうなのは、AIによって創作された作品がランキングに上がるのを見た結果、モチベーションを保てなくなるなどか。


 俺がどのようにして克服したか、一言でまとめるならば「すべてどうでもいい」事を思い出したからだろう。

 説明不足を極めているが、誰がどのようにして克服したかなどは、その当人にしか当てはまらない。


 つまりは、それを知った事でかえって遠回りしてしまう可能性が高い。

 技術の話であれば経験者に聞くことは有益だ。しかし、内面の問題は専門家のカウンセリングなど、専門家に助けを求めるべきだと思う。


 俺のような自力で克服した人間の話に耳を傾けてはならない。そのため、現時点では抽象的な言葉だけに留めている。


 もし同じような理由で書けなくなった人はここで読むのを辞めることを推奨する。


 ここに来てようやく、書けなくなった理由へと迫っていく。

 大まかに三つに分けよう。


 一つ。これは単に自分が若かった。年齢的な意味でもあるし、感受性の話でもある。これ自体は問題ないが、後の二つと悪い意味で相性が良かった。


 二つ。無意識の客観視。商業作家や人気を取りたい人には必要なスキルだが、そうでない自分には不要だった。しかし、捨て方が分からずに呪いと化していた。


 三つ。報酬系の異常。正直、これが一番悪影響だったように思う。まず前置きとして、誰かに自分の作品を読んで貰えるのはとても名誉な事だ。この考え自体は今も昔も変わらない。


 PVや評価によるポイント、読者の感想ややり取り。これらによって、数字を増やしていくゲームに近い快感を得られた。

 モチベーションは上がるし執筆量も必然増える。


 俺にとっては麻薬のようなものだった。離脱症状まで含めてそうだ。本当に楽しかった。揺り返しもあったが。


 否定しているのではなく、要は自分には合わなかったという話でしかない。

 自分が何を目指して、何を思って書いているのか。それを忘れると苦しむのは自分だ。


 最後に。

 人は色んな欲求を同時に抱えている。相反する欲求を持ち得ている事もおかしな話ではない。大事なのはそれらの比重に応じて自分の位置を合わせる事。


 小説投稿サイトでこのような話をするのもアレだが、誰かに見せるだけが創作ではない。

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書けなくなったワケ びぽな @irina__minato

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