第5話 恋愛サークル荊 登場
ハルミナ市・中央公園。
きのうまでなかったものが、今日はある。
木の根元に、薄桃色の立て札。
噴水の脇に、リボン付きのボード。
ベンチの横に、キラ文字の短冊。
どれも手描きで、どれもだいたいこう書いてある。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
「わたしの半分を、あなたに」
「いっしょに溺れてくれる人が好きです」
「あなたに殺されるなら本望です♡」
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
(やっっっば)
ナギトは即座に3枚むしった。
「この街、急に致死量のポエムを屋外に置くな」
「えーっ、ちょっとー! 回収しないでくださーい!」
ぱたぱたっと走ってきたのは、フリルつきのローブを着た女の子たち。
3人組で、色違い。
ピンク、ミント、ラベンダー。
みんな髪をくるっと巻いてて、目がきらきらしてて、“恋愛サークルです♡”って顔してる。
「すっごくいい告白文なんです~! “心ごと差し出すやつ”っていま流行ってて……」
「誰が流行らせてんだ」
「『荊』って知りません? “いばら”って読むんですけど~」
(なんか悪の団体みたいな名前だな)
ナギトは内心で眉をひそめる。だが表では落ち着いてる。
「その荊とやらは、なんでこんなもんを公園に置く」
「えっとですね!」
ピンクの子がぱっと手を挙げる。頬に丸いほくろがあってかわいい。
「“エモい告白文”を街から集めてるだけなんです~! ほんとに使われたら絶対刺さるやつ!!」
「だからそれを野外に置くなって言ってんだよ」
ちょうどそのとき、診療所のドアが開いた。
白ワンピのリゼが出てくる。少しだけ頬が赤い。中の女の子に「好きです~」って言われたのかもしれない。
「ナギトさん。……これは?」
「なんか“荊”のやつらが致死ポエムをまき散らしてる」
「まぁ。とても危険ですね。お預かりします」
リゼはにこっとして、むしったボードをすべて受け取る。
ほんとうに“ごみ回収です”くらいの所作なのに、表情はやさしい。
ピンクたちは「え~」「そんな~」と口を尖らせた。
「これは誰かが“実際に言う”かもしれないものです。ですから、診療で濃度を下げてから、また安全な場所に戻しましょうね」
「濃度を下げるって言った!」
「魔力も感情も、濃いままだと危ないですから」
リゼが持って行こうとしたとき――
ミント色の子が、こそこそと付け足した。
「でもほんとは……“あの男の人に効くやつ”が欲しいって、上の人が……」
「上?」
ナギトが目を細める。
ラベンダーの子が慌てて口をふさいだ。が、遅い。
「ち、違っ、違います! 私たちただの“セリフ係”で! どうして集めてるかは知らなくて!」
(だろうな)
末端はだいたいそうだ。
でも「効くやつが欲しい」と上が言っている――それはつまり、どこかでナギトの“弱点っぽい話”が漏れ始めてるってことだ。
(ユノか……いや、あいつはそこまでは言ってないはずだ。動画を見た連中が勝手に推理したか)
リゼがふっと笑った。
ほんの、やさしい声で。
「“効くやつ”なら、わたしのところに持ってきてください。あらかじめ薄めますので」
「う、薄めるんですか……?」
「はい。だいじょうぶ、意味はちゃんと残ります」
にっこり。
女の子3人は「は、はい……」と素直にうなずいた。かわいい。
完全に“お姉さん”じゃないのに、お姉さん力で押し切ってる。
そこへ、草むらからばさばさっと音がした。
「ナギトーーー!! 次のやつ討伐行くならあたしも行くーー!!」
カンナだ。今日もポニテが元気。
でも今日はローブの色がいつもより明るいピンクで、なんか「公園デー」っぽい。
「あれ、可愛い子たちいる。なにこれ、オーディション?」
「荊だ。危険ポエムを配ってる」
「危険ポエム!? なにそれ見たい!!」
カンナが1枚取り上げて読む。
「『あなたの首を抱いて眠りたい』……あ、これ言っちゃダメなやつだ」
「そうだ。お前がそれ言ったら俺が死ぬ」
「ふぇ!? あたしの首抱いて眠りたいなのに!?」
「主語を変えるな」
ユノも遅れてやってきた。
カメラを回しながら、荊のボードを全部なめるように撮る。
「やっば、この街いま“告白文学ブーム”入ってるじゃん。いいねえ、“言いたいけど言っちゃダメな文”って一番伸びるんだよね~」
「だから伸ばすな」
「じゃあ“ダメな文”として出すね。“この街では以下のセリフは禁止されています”って形にすれば逆に安全でしょ?」
「逆にみんな練習するだろそれ」
リゼが静かに言った。
「ユノさん。あなたが“これはダメです”と発信すると、その通りに言ってみたくなった人が、診療所にいらっしゃることになります。わたしの仕事が増えます」
「リゼの出番増えるじゃん。いいじゃん」
「よくありません。ナギトさんが危険です」
この「ナギトさんが危険です」のときだけ、リゼの声がほんのちょっと低くなる。
ナギトはそれを聞いて、(やっぱこいつ“告白が危ない”までは気づいてないな)と判断する。
いまのリゼは“単にモテると危ない”と思ってるだけだ。
ピンクの子が、おそるおそる手を挙げた。
「あの……じゃあ、これもダメですか?」
そう言って差し出してきた短冊には、こうあった。
「あなたとなら死んでもいい、って思ってました」
(100%アウトだ!!!)
ナギトは反射で奪い取る。
「それはダメだ。いまから全部没収。お前らの上が誰かは、まあすぐ分かるだろ」
「えっ、でもそれすごくエモくないですか……っ」
「エモいからダメだ!」
カンナが「たしかにエモい~~~」って目を輝かせる。
ナギトは即座に指を向けた。
「お前は特にダメだ。お前がそれ詠唱に載せたら俺が死ぬ」
「うっ……」
「リゼ。こいつらまとめて診てやれ。感情濃度を下げろ」
「はい。ではみなさん、こちらへ。紅茶とお菓子もあります」
「え、お菓子……行く……」
単純にかわいい。
荊の末端3人は、うきうきしながら診療所の中に消えていく。
あれで敵組織(暫定)なんだからほんとに平和な街だ。
ユノが横で、満足そうに言った。
「いい画、撮れた。『告白を検閲する白ワンピと、禁止ワードを量産する恋バカ3人組』ってだけで一週間は回せるわ」
「一週間回すな」
「てかさ、ナギト君。これってさ――」
ユノがちらっと、ナギトの顔を覗き込む。
いつもの軽口じゃなく、ちょっとだけ探る目で。
「“ほんとに言われたら死ぬ”っての、マジのやつでしょ?」
「…………」
「だよね。じゃないとここまで真剣に取らないよね。
――でもさ」
ユノはそこで一旦カメラを下げた。
ほんの一瞬、配信者じゃなく友だちみたいな声になる。
「そういうの、いつか1回は聞きたいでしょ。生きてるうちに」
ナギトは、ほんのちょっとだけ目をそらした。
「……まあな」
「でしょ。だからいまは溜めとくね」
そう言ってまたカメラを上げたときには、もういつもの明るいユノに戻っていた。
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