第4話 告白禁止Live

ハルミナ市の中央公園には、その日も“撮る気まんまん”の子たちがいた。


花飾りを耳の横につけた子。

制服の上からだけマントを羽織って「冒険者風」って言ってる子。

チラシを握りしめてきた子。


そのチラシには、こう印刷されている。


⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


『最強さんに告白する前に!

安全チェックはこちらで♡

管理:ハルミナ診療魔導ユニット』


⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

 



(ユノのせいか……)


ナギトは空を仰いだ。

あの黒髪配信者は、昨日のカンナ騒ぎをまるごと“わかりやすい資料”にして、魔導ネットにばらまいた。

おかげで今日は“診てもらってから告白しよ~♡”って子が何倍にもなっている。


「ナギトさん」


白いドアが開いて、リゼが顔を出した。

髪はいつも通りまとめてあるけど、今日は胸元に小さな緑のブローチ。年相応にちょっとおしゃれしてる。


「本日、午前だけで7名です。思っていたより多いです」


「多いな。禁止してるのになんで増えるんだ」


「“禁止されてる”と言うと、かわいい子は試したくなるそうです」


「お前が一番かわいいからだろ」


「えっ」


一瞬リゼが固まった。

耳がちょい赤くなる。

それを見てた後ろの精霊ナースたちが「きゃっ」と小さく笑う。


「い、いまのは冗談ですか?」


「事実だ。……だから余計に増えてる」


「……わたしのせい、ということですね」


「半分はな」


「……気をつけます」


そう言って、リゼは少しだけドアを閉めた。

中では、今診終えたばかりの女の子が「でもどうしても~~~」って足踏みしてる。


「今日はだめです。気持ちが高ぶりすぎているので、言葉にした瞬間にあなたが後悔しますよ」


「はーい……」


公園に出てきたその子は、肩までの黒髪に、リボンを二重で結んでる。かわいい。

ナギトを見ると、ぱっと頬が赤くなったけど――リゼの言葉が効いてるのか、すぐに友だちのところに戻った。


(……やっぱ効いてるな)


と、そこへ。


「お待たせしましたあああああハルミナの恋人たちいいい!!!」


バチン、と魔導幕が広がる音。

芝生にバシャッとホログラムのロゴが出る。


《ルミナチューブLIVE! ~告白禁止って本当?現場から~》


ナギトはこめかみを押さえた。


「ユノ……お前、ライブはやめろって言ったばかりだろ」


「だってさ、録画だと“そこまで危なくなかったんだな~”で終わるじゃん? ライブだとさ、“今から告白する子がいるかも”って視聴者が緊張するじゃん? それを見せることで街の子たちも“あ、ちゃんと診てから言お”ってなるじゃん? 安全じゃん?」


「お前の“安全”はだいたい逆だ」


ユノはくるりと回って、リゼの診療所を背にして立つ。

中継っぽいポーズ。肩の魔導カメラが光る。


「というわけで! きょうはこちらの――」


「撮影はいいですが」


リゼがスッと外に出た。

さっきよりちょっときちんとした表情。制服めいた白ワンピで、背筋を伸ばしてる。


「患者さんのお顔と、セリフの一部は伏せてください。恋情の濃い言葉は、記録しないでください」


「いやそれが見たいんだってば視聴者は!」


「ナギトさんが困ります」


「ナギト君が困るところが一番伸びるの!!」


「ユノさん」


リゼが数センチだけ近づく。

目はほんとに優しいのに、声の温度が0.5度下がった。


「あなたが“伸びる”とおっしゃるたびに、ライバルが増えます」


「ライバルって言った!!」


ユノがすぐ拾う。

ナギトは「おい」と言いかけてやめた。どうせどっちにしても増える。


ユノは笑顔のまま、でもちょっとだけ本気で聞いてきた。


「でもさ、リゼちゃん。君だってさ、“好きって言う前に私が見る”って、かなりガチじゃん。なんでそこまでやるの? そんなにナギト君モテる?」


「モテます」


即答。

ユノが「うわあ」とか言ってるあいだに、リゼは続ける。


「ナギトさんは、誰かに褒められたり、恩を売ったり、助けたりすると、すぐに“あの人いいな”と想われてしまいます。ですから、そういう方を先にわたしが見ておけば、わたしが対応できます」


「対応って?」


「……安全な形に調整します」


「調整って言っちゃったよこの子!」


ユノはケラケラ笑った。

でも視聴者向けには最高のワードが撮れた顔をしてる。


ナギトはそこで口を挟んだ。


「ユノ。お前が広めると、どっかの物好きが“じゃあ検診なしで告白に行ったらどうなる?”ってやるぞ」


「やるね」


「即答すんな」


「だってさあ、ハルミナの子たちってちょっと冒険したがるじゃん? “診療所通らずに告白できたら伝説”とかになったらおもしろいじゃん?」


「おもしろくない。俺が死ぬ」


ユノは一瞬だけ――ほんの、一瞬だけ真面目な顔になった。


「……ほんとに?」


「ほんとにだ」


「ほんとに“言われただけ”で?」


「ほんとに」


落ち着いて回答することであくまでも過剰表現である事を暗に示しているつもりだ。


その一瞬で、ユノの目がちょっとだけ探るようになる。

でも深くは聞かない。これは視聴者に見せないほうが伸びると分かってるからだ。


「じゃあさ、今日のライブ、最後に“診てもらってからにしてね♡”って出すね。これなら安全でしょ?」


「それは……まあ、マシだな」


「はい決まり~!」


ユノがくるっとカメラに向き直る。

その瞬間、公園の奥から“そこそこ強い”魔力波が来た。


「え、なに?」


「魔獣です」


リゼがちらっと見ただけで言う。

市外から、茶色い影が2体、柵を越えて入ってきた。町の防衛に引っかからなかったのか、まだ幼体っぽい。


ナギトは一歩前に出る。


「ここで戦う。リゼ、子どもと女の子を中に」


「はい、こちらへどうぞー」


リゼがぱぱっと手を振ると、さっきの女の子たちが「あ、かわいい方だ」「中入ろ」ってなって吸い込まれていく。

診療所の中ってだけで安心するらしい。


ユノはと言えば――


「最高の展開来た!! “告白禁止の現場に魔獣乱入!”で見出し作る!」


「見出し作るな」


ナギトは手を振り下ろした。

風が、狭い公園の中を一度だけ逆流する。

茶色い魔獣が、地面にごろりと転がる。終わり。


「……はやっ」


「こっちのほうがまだ楽だな。言葉と違って、魔獣は殴れば黙る」


「名言出た! “言葉と違って魔獣は殴れば黙る”!」


ユノはさっそくタイトル欄に書き込んでいた。

ナギトは遠い目をした。


(……これ、また広まるやつだな)


診療所のドアが開く。

中からリゼが顔を出す。頬がまた少し赤い。女の子たちに「かっこよかったです」って言われたんだろう。


「ナギトさん。お疲れさまでした。……やはり、告白より、魔獣のほうが簡単なんですね」


「ああ。だからお前はそっちだけやっててくれればいいぞ」


「はい、告白の処理は任せてください」


さらっと言った。

ナギトは「だよな」とだけ思った。

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