第11話

未来の何処かで


窓の外に、秋の光がゆっくり揺れている。

80年という年月は、私の髪を銀に染め、手を少し震わせたけれど、

胸の奥のときめきは、まだ変わらず残っている。


テーブルの上には、二人の息子の姿がある。

推しの末息子——すっかり編集者らしくなった青年。

そしてその隣には、まだあどけなさの残る初孫くん。


二人は揃って、私の机の前に腰を下ろす。

原稿を開き、ページをめくるたびに、

「先生、ここ、もっとこうしたら?」

「ここ、やっぱりこの表現の方が面白いです」


……もう、手放してくれない。

愛すべき、愛すべき人たちだ。


私は微笑みながら、杖をそっと脇に置く。

目の前で育った命が、私の言葉を抱きしめてくれている。

推しの血は、私の文章の中でまた少しずつ熟していく。

それを受け継ぐ末息子も、孫息子も、全てがこの瞬間に重なっている。


「作家冥利につきる」と、私は心の中で呟く。

人生の最終章が、こんなにも柔らかく、幸せに満ちているなんて。


80年の時間があっても、

心の中の少女のときめきはまだ息づいている。

舞台を見つめ、硝子ペンを握り、

ぬか床の香りを感じ、推しを思い続けた日々が、

今、目の前の二人と私をつなぐ。


初孫くんの笑い声に、末息子の真剣な眼差しに、

私の胸の奥は、じんわりと温かい。

文章を生み出す喜びも、創作を共に楽しむ時間も、

すべてが静かに、しかし確実に発酵している。


私はそっと手を伸ばし、二人の頭をなでる。

「もう、先生は手放さないわよ」

微笑みながら、そう心の中で誓う。


未来のどこかで、

私はまだ作家として、

この小さな世界の中心に立っている。

そして、推しと家族と、言葉と共に、

ゆっくり、じっくり、人生を発酵させ続けるのだ。

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