その初恋は不可抗力~敏腕弁護士な親友兄の溺愛包囲網から逃げられません~

宇月朋花《2026年秋頃閉店予定》

第1話

地元でお嬢様学校といえば、まず出て来るのが聖琳女子。


古い歴史を誇る中高一貫校の女子高で、純粋培養の大和撫子製造機なんて言われることもある有名校。


今思い出しても鮮やかで眩しすぎる女の園の中で、彼女は一際強い光を放つ女の子だった。


女子高あるあるで、高身長のすらっとした女子に人気が集まるのは当然なのだが、彼女は最初からその存在が圧倒的すぎたのだ。


つい数週間前までランドセルを背負っていたとは思えないほどの落ち着きで、新入生の代表挨拶をさらりとこなした彼女の表情はどこまでも冷静。


見方を変えれば、新生活への期待が一切感じられない冷めた眼差しでもあったのだが、子供の頃の萩原巴(はぎわら ともえ)には、まったく理解できなかった。


なんとなく近寄りがたい大人っぽい同級生だなあ…それが、西園寺芹佳(さいおんじ せりか)最初の印象。


交流のある近隣の男子校の生徒たちがわざわざ駅までの道を遠回りしてまで、芹佳の顔を見に校門前にやって来ることもしばしばで。


そんな彼女に年の離れた兄がいることが分かってから、さらに同級生たちの興味は強くなった。


芹佳の兄も、妹に負けず劣らずの端麗な容姿をしており、美少女過ぎる妹に激甘な彼がしょっちゅう学校に迎えに来るたび、生徒たちの間からは黄色い悲鳴が上がっていたものだ。


図書室での出会いをきっかけに一気に距離が縮まってからは


『お兄さんの車、第二駐車場に停まってたよ~今日もお友達と一緒みたい』


興味津々なクラスメイトの声が聞こえてくるたび、毎回高鳴る心臓を抑えるのが大変だった。


相手は8歳も年上の社会人で、初めて出来た親友の実の兄。


保護者面談の日は、生徒のみならず先生たちさえソワソワと落ち着かなくさせるほどのイケメンである。


当然のことながら、当時の彼は妹の友達になんて一ミリも興味がなく。


母親の代わりに妹の世話を焼くついでに、その友達の面倒も見る、それくらいの感覚。


バレバレの片思いだっただろうに、一度も巴をからかうことも、弄ぶこともせず、どこまでも紳士的な良き兄もどきで居続けてくれた。


幼い初恋はいつしか風化して、思い出になったけれど、芹佳を通じての交流が途切れることはなく、大学進学の時も、内定が決まった時も、芹佳と一緒に祝ってくれた。


あんな出来事があった後も、ずっと巴のことを、妹の芹佳同様に気に掛けて親身になってくれた彼は、いまや巴にとって唯一信頼のおける男性である。


初恋は叶わなかったけれど、この先もずっと家族みたいな付き合いが続いて行けばいいば、そう思っていたのに。





・・・・・・・・・・・・・・・・




さっきまで口移しで飲まされたシャンパンの甘さにクラクラしながら、柔らかい幸せに浸っていたはずなのに。


「ぁ…っン、んんっ~~!」


ダブルサイズのベッドのスプリングを軋ませて、男が優しく最奥を穿ってきた。


抱えられた腰の奥でもう何度目かの熱が弾ける。


濁流のように押し寄せて来る快感は、さっきよりもずっと大きい。


吐く息を荒くしながら頬を包み込んだ彼が劣情を露わにしながらこちらを見下ろしてくる。


「……慣れて来た…?巴ちゃん」


酷薄に微笑む彼が、当たり前のように指を絡ませて来た。


また腰を揺らされる。


ドロドロに蕩けたそこから聞こえて来るのはひっきりなしの水音。


重なった手のひらの隙間で汗がにじむ。


擦り付けて来る昂りがさっきよりも漲っているのはどうしてなのか。


視界の隅に見えた開封済みのアルミのパッケージは2つ。


長い付き合いのなかで、勝手にこういうことには淡泊なんだろうな、と思っていた自分が恨めしい。


彼とセットで現れることの多かった幼馴染の碓井吏玖(うすい りく)のほうがずっと肉食のイメージだったのに。


こんなの…淡泊どころかむしろ……


余すところなく味わわれた体は3年ぶりの行為にずっと翻弄されたまま。


いや、あの頃よりずっと……感じてしまっている。


最悪の形で初めての交際が終わった後、もう一生恋愛なんてしないと心に決めた巴の心をあっさり溶かしてしまった彼の唇と指先は、まるでずっと前から巴の体を知っていたかのように、さっきからずっと快感にしか触れない。


堪えようとしても零れて来る声に最初は驚いて、けれどすぐにそれどころではなくなってしまった。


これまで自分がして来たソレが何だったのかと思えるほどに、何もかもが違い過ぎた。


これが経験値故なのか、それとも別のところから来る何かのせいなのか、分からない。


なんせ判断材料が少なすぎるのだ。


巴が体を許したのは、あの最低最悪の不倫男と、目の前の彼だけ。


指先が肌をそうっと撫でるだけでむずがゆい愉悦が走ることなんて、今日この瞬間まで知らなかった。


流されるまま身を任せた巴が、目を伏せてまつげを震わせれば。


「可愛いね」


ぎゅうっと指先を握り込まれて零れて来た囁きに、眩暈がした。


親友の兄は、きっとずっと親友の兄のままだと思っていたのに。


いま巴を組み敷いて、内側の秘めた場所まで暴いて埋め尽くしているのは、見間違えようもない、西園寺尚翔(さいおんじ ひさと)その人なのだ。

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