第32話 勧誘&決着

「わっはっは、蟹だっ! うまうま!」

「おおい! あたしの分まで食べるなよぉミーリャ!」


 ユキノさんのおごりで食の羅針盤グルメコンパスにやってきた。

 謝罪も兼ねているから遠慮しないでいいと彼女が言ってくれたので、僕も目を輝かせて蟹を食べているんだけれど……


(き、気になる)


 なにやら、さっきからやたらに視線を感じる。

 お店にいる全員がってわけじゃないけれど、何名かが様子を伺う様にこちらを覗いていた。

 すると、女性パーティーの中から一人、鎧を着た赤髪の人が席を立って歩いてきた。


「もしや、君がモブ・チャープマンか?」

「そうですけど……」

「そうか、本当に聖剣を持っているんだな」


 そういって、彼女は僕の背中にあるコード・ブレイカーを見やった。


「まずは、レコード更新おめでとう」

「は、はい、ありがとうございます」

「ニュー・エリシオンにインしてたから配信は見れていないが、SNSにアップされていた切り抜き映像でその雄姿の一端は見させてもらった。どうだい君、ウチのパーティーに入らないか?」

「え!?」


 蟹を吹き出しそうになった。

 パーティーメンバー……どうして初対面の僕を誘うおうとしているんだ?

 

「ウチは他ゲーでも実績がある将来有望なメンバーが揃っている。モブが入ればさらに上を……」

「モブっちは誰も渡さないぞぉー!」

「カスミンさん!?」


 ガルルと唸ってカスミンさんが僕の腕を掴んだ。

 

「モブっちに最初に声をかけたのはあたしなんだ! あ・た・し、のモブっちだ!」


 あの、カスミンさん、僕は誰の物でもないんですが……。

 そうつっこみを入れようとしたけれど、彼女の猛獣みたいな剣幕に気圧されて諦めた。


「ふむ……どうやらタイミングが悪かったようだな。そこの子たぬきちゃんがいない時にまた声をかけるとしよう」

「誰が子たぬきだぁぁ、泥棒猫のくせにぃぃ!」

「邪魔したな、また会おうモブ」

「無視すんなよおぉぉ」



 赤髪の彼女は、かっこよく手をひらひらとして元の席に戻っていった。

 一体なんだったのだ?


「わっはっは、すっかりモブのプレイングスキルに魅了されてたな!」


 豪快に笑うミーリャに、うんうんとユキノさんが頷いた。


「無理もない。キングとの戦闘はルーキーの動きではなかった。キョウノグラにいる冒険者からすれば、将来有望なモブは喉から手がでるほど欲しいだろう」

「ぐぬぬ、させんっ、させんぞっ! あたしがモブっちを守るんだ! ね、モブっちっ、声を掛けられたからって、他の女の子にほいほいついて行っちゃダメだからな!?」

「は、恥ずかしいからやめてくださいカスミンさんっ、そんな迷子の子供みたいなことしませんよっ!」


 というか、もうワールド・レコードを更新したことが出回り始めているのか。配信ってやつをしていたら、SNSで情報が広がっているらしい。



 店を出て、キョウノグラの大路を歩く。

 都に流れる川には桜の花弁が浮いて、華やかなキョウノグラの街並みを彩っている。


 そして、どこを歩いていても、僕は視線を感じた。


「おい、あのガキがモブってやつじゃねーか?」

「ルーキーでレコード・ホルダーになったって噂の!?」

「やべぇ、早く勧誘しねえと」

「ず、ずるいぞ!」


 男三人組が競い合うように、必死の形相で僕に向かってダッシュしてくる……え、ええ!?


「お、俺の仲間にならないか!? 今なら100万ゴールドだすぞ!」

「テメエそんな金持ってねえだろ! こっちはパーティーに女が二人もいるぜ、どうだ!?」

「お前んとこのは全員ネカマじゃねーかよ! こっちは本物の女がいるぞ! 熟女だけど!」


 またパーティー勧誘!?

 本当にどうなっているんだ。


 お、女の人はともかく、100万ゴールドは……ほしい。ユキノさんに借金を倍で返すと約束したから、僕には60万ゴールドの借金がある。カスミンさん達がいない昼間限定のパーティーなら……いやいや、惑わされるな僕! さっき知らない人について行っちゃダメって注意されたばかりなのに……。


「すみません、僕には大切な仲間が既にいるので」

「も、モブっち!」

「モブ!」


 カスミンさんが、ミーリャが弾けるような笑みで抱き着いてくる。

 

「誘ってくれたのは嬉しかったです」

「……くっ、しゃーねーか」

「まあ本物の女がいるんじゃ諦めるしかねえ」

「……女は熟してこそなのに」


 肩を落とした彼らが、残念そうに頭を掻く。

 いつの間にか、僕らのやりとりを沢山の人達が遠目に眺めて、大きな人垣ができていた。


 耳をすませば、ちらほらと僕の名前が聞こえてくる。

 キョウノグラですれ違ったことのある人や、中にはあいさつ程度の会話を交わしたことのある人がいる。でも、その大半は顔も知らない赤の他人だ。


 そんな人達が僕を認知している。

 呼吸が苦しくなるくらい、胸が熱くなった。

 誰にも見向きされなかったNPCがプレイヤーさんに特別扱いされている。

 この世界に生きた証を残す、その目標に向かって僕は着実に一歩を踏み出しているんだ。そう思うと、目頭が熱くなって泣いちゃいそうだった。


 大衆を見渡していると、他とは毛色の違う視線を僕に注いでいる二人組を発見した。


「シノノメさん……エンビーさん……」


 彼らは目を見開いて、額に冷や汗を浮かべながら僕を見つめていた。

 SNSでの乗っ取り事件があった日から、幾度探しても見つからなかった二人がそこにいた。

 

 ゆっくりと彼らの方へ歩くと、カスミンさんとミーリャも気がついたらしい。


「ああっお前らは!」

「もう逃がさねーぜ、あん時はよくもやってくれたな!」


 カスミンさんには彼らが騒動に関わっているであろうことも含めて、これまで成り行きを説明しておいた。


「お前らがSNSを乗っ取りしたせいで、あたしは皆に迷惑をかけたんだぞ!」

「やっていいことと悪いことがあるだろーが!」


 シノノメさん達の顔には、無理矢理繕ったような余裕のない笑みが張り付いていた。


「し、知るかよ、証拠でもあんのか?」

「俺らはやってねーぜ?」


 いまさら、証拠だと? 

 

「あの状況、あのタイミングで、僕らパーティーを狙い撃ちしておいて、他に誰がやるっていうんですか!」


 偶然と片づけるには線が繋がりすぎている。複数の偶然が重なればそれは偶然じゃなく、必ず誰かの意図が介入された必然だ。そして、意図の裏には必ず動機がある。

 僕らを狙うのは彼ら以外にいないのだ。


「謝って責任を取って下さい! PVPをした時の謝罪をするって約束だってまだ果たされていない!」


 すると、僕らを取り囲む人垣からひそひそと声があがる。


「PVPに負けた腹いせにSNSを乗っ取りしたのか?」

「あ、俺前にモブって奴とアイツらがギルドで言い争いしてるの見たぞ」

「じゃ、ゲームで勝てないからリアルで仕返ししたのか、ダサすぎ」

「あの二人、たしか『反逆者イズ・デッド』のメンバーだって前に自慢してたの聞いたぜ」

「やっぱろくなクランじゃないなあそこ」


 飛び交う野次を払いのけるようにシノノメさんが叫ぶ。


「うるせぇ、だからやってねえって言ってんだろ!」

「そもそも身バレしたくれーで、ガタガタ大袈裟なんだよ!」

「……身バレしたくらいだと?」

 

 怒りで奥歯を噛み締めた僕は、自分でも驚くような大声をだしていた。

 

「ふざけるなっ、お前達のせいでカオスは……カオスは苦しい想いをいまもしているんだ!」

「はっ、あの陰キャ野郎のことか? 身バレしなくても、人生の落伍者だろあいつは。SNSで見たぜ? クラスメイトにイジメられていたらしいな」

「ざまーねーぜ。いいか、普通に生きてればイジメなんてされねーの。たとえ理不尽な理由でもな、イジメられる原因が本人にあるってもんさ。身バレして終わる人生なんか最初から終わってんだよ」

「それはお前達加害者側の言い分だろ!」


 誰しも目を背けたくなる過去のひとつくらいあるんじゃないのか。

 僕だって道具屋時代には嫌な思い出が詰まっている。

 それでも、前を向こうとしたから今がある。


 カオスだってきっとそうだ。

 辛い現実があって、そこから抜け出すためにニュー・エリシオンにやってきたんじゃないのか?

 出会った時の彼は、とても緊張していた。

 友達がいないと、ミーリャが言っていた。

 イジメられていた過去があったのなら、人と関わりを持つことは怖かったはずだ。


 なのに、彼は勇気をだして僕と友達になろうとしてくれた。

 カオスが必死に生き藻掻いている証拠だ。

 それを、こいつらが踏みにじったのだ。


「よくも妹の前でズケズケとお兄ちゃんの悪口を言ってくれるじゃねーか、お前らリアルで会ったらぶん殴るからな」


 ミーリャが左の手のひらに右の拳を叩きつける。


「で、そんなこと言いにわざわざ来たのかよ?」


 すると、シノノメさん達が突然声を張り上げた。


「俺らはモブの不正を暴きにきたんだよ!」

「そうだ、俺達はゲームにインしないでコイツの配信を見ていたんだ! ワールド・レコードを更新して調子に乗っているけど、騙されんなよ! こいつはチーターだ!」


 周囲の人達が顔を険しくする。


「チーター?」

「本当なのかそれ?」

「さあ、ゲームにインしてた奴は配信みてないだろうしな」


 シノノメさん達がさらに続ける。


「ああ、間違いねえ。職業だって未発見の怪しいものだし、背中の武器はあの聖剣だぞ!? システムにハッキングしないとそんなの不可能だ!」

「ボス戦でも、まるで相手がどう動くか分かっているようだった。あれは人間がだせる反応速度じゃねえ、何かしらのチートをしているに決まっている!」


 野次馬の反応に、二人は僕を見てほくそ笑んだ。

 ずっと逃げ回っていた彼らが、何故今頃姿を見せたのかと思えば、僕の勝利にケチをつけにきたという訳だ。上を目指す努力もせずに、他人を蹴落とすことばかりに心血を注ぐ彼の腐った性根に、ほとほと呆れてしまう。

 

「どうせ、俺らに勝った時もズルをしていたんだろ?」

「偉そうに語っておいて、結局は自分の力を見せびらかしたいだけの、チーターじゃねーか!」

「社会を知らねーガキが考えそうなことだぜ!」

「お前もカオスって奴と一緒で、現実逃避したいだけのゴミだ!」


 形勢逆転とばかりに、ニヤリとするシノノメさんとエンビーさんの表情。

 僕が言い返そうとした時、背後から声がした。


「社会を知らないのも、現実逃避しているのも君達だろう」


 静かで、それでいて力強い男の声だった。

 声の方へ振り向く。

 男性にしては少し長めの黒髪。線の細い体が、元々身長が高い彼をより際立たせている。そして、数名の冒険者が彼のあとに続いて歩いてくる。


「……リーダー」


 ユキノさんがぽつりと言葉を漏らした。

 空気がざわついた。


「おい、あれ『クシナダ』じゃねーか!」

「しかもリーダーって、あの理の支配者トゥルース・ルーラのカガミか!?」

「すっげぇ、噂には聞いてたけど、本当にキョウノグラに滞在してたんだな」


 優しい顔付きをした彼は、照れ隠しするように前髪を撫でた。


「参ったな、二つ名ってやつには慣れないもんだね」


 この人がユキノさんが所属するクランのリーダーなのか。クシナダは今まで何度か見かけたが、彼に会うのはこれが初めてだ。


 シノノメさん達がカガミさんを睨む。


「な、なんだテメエ」

「いきなり入ってきやがって」

「君達があまりに見苦しく滑稽だったから、割り込ませてもらったよ」

「ああ!?」


 凄まれてもどこ吹く風といった態度を崩さないカガミさんが肩を竦める。


「チーター、チーターと騒ぎ立てるのは勝手だが、大人ならまず現実的に可能なのかを考慮すべきだろ?」

「な、何言ってんだ?」

「ニュー・エリシオンのチート対策は鉄壁だ。誰一人として成功させた者はいない。神経直結型カプセル型フルダイブ端末アーク・システムギアを採用しているのもチートの難易度を上げている要因のひとつだ。ログインは全て生体認証、電子信号を直接脳回路へと接続するシステム上、安全対策は徹底している。わずかな異常が見つかった時点で即ログアウトだ」


 シノノメさんが目を吊り上げる。


「だからってハッキングが絶対に不可能って訳じゃないだろ!」

「もちろん。しかしチートの参入障壁の高さは果てしない。費用を考えると、わざわざゲーム攻略のためにする行為じゃないんだ」


 カガミさんは横目に僕を見てくすっと頬を緩めた。


「君らもモブ君の配信を見てログインしてきたのだろ? なら、あの戦いに不正がなかったことくらい理解できるはずだ。敵の動き事前に知っていたのならあそこまで苦戦しない。もし神経直結型カプセル型フルダイブ端末アーク・システムギアを改造して、反射速度を加速するようなチートをしていたとしたら、最悪脳が焼ける。あまりにもリスキーだ」

 

 野次馬達が「それもそうか」と次々に頷く。


「これだけ革新的技術が搭載されて話題になった神経直結型カプセル型フルダイブ端末アーク・システムギアの性能すら知らず、チーターと声高々に喧伝するから、社会を知らないとなじったんだ。そして、愚者は見下していた人が己よりも優れていると知った時、現実を受け入れず難癖をつけて目を逸らすものさ。まさに、君達のようにね」


 シノノメさん達が押し黙った。顔は悔しそうに歪み、赤身を帯びていた。

 あまりに惨めな姿に、くすくすとそこら中から笑いが聞こえてくる。


「……ッ」

「……っく、くそ」


 背の高い女性が長い緑髪を手で払い前へ出て来る。


「カガミ、そんなゴミと話をしに来たんじゃないだろ?」

「おおそうだったね」


 カガミさんが僕へすっと腕を伸ばす。


「やあ、はじめましてモブ君」

「は、はじめまして」

「私は『クシナダ』のリーダーを務めるカガミだ。今日は君を我々のクランに勧誘にきた」

「「「ええ!?」」」

 

 僕と一緒に、ミーリャとカスミンさんも目を丸くする。

 ざわざわと周囲も騒がしくなった。


「クシナダって、トッププレイヤーしか勧誘しないんじゃないのか!?」

「ルーキーが入れるなんて聞いたことがねーぞ!」

「カガミがモブってやつの腕をそれだけ認めたってことだろ」


 差し伸ばされた手を凝視し、僕は言葉に詰まった。


「あ、あの……」

「仲間になってくれたら、君を最速で最前線に連れていこう。我々にはノウハウもある。聞けば、君はユキノと仲が良いらしいじゃないか。一緒に冒険ができるぞ」

「ゆ、ユキノさんと……」


 彼女は僕にとって特別な人だ。

 一緒に冒険が出来るなんて夢のようだし、嬉しくないわけがない。


 でも……


「いいえ、僕は自分の冒険をするつもりなので、お断りさせていただきます」


 僕にとってユキノさんは憧れではあるけれど、超えるべきライバルだ。

 だから、一緒に冒険は出来ない。それに今は大切な仲間がいるしね。


「モブっち、信じてたぞ」

「そうこなくっちゃな!」


 カスミンさん達がうるうると瞳を濡らす。


「参ったなぁ、あっさり断られてしまったよ」


 困り顔のカガミさんに、ユキノさんが首を振る。


「どうせイグニスに知られたら猛反対される。モブは誘うだけ無駄だ」

「はぁ、仕方ないか。あの気兼坊きかんぼうを宥めるのは大変だしな」


 カガミさんがイグニスに勧誘したこと。それを僕が断ったことで、野次馬達が耳を塞ぎたくなるほどの賑やかさで騒ぐ。


 そんな中、蚊帳の外に置いていかれたシノノメさんとエンビーさんが、顔面を真っ赤にして震えていた。


「な、なんだよこれ、どうしてモブの野郎ばっかり、こんな……」

「ふざけんなっ、ゲームが上手いだけのくせに、どうして俺らだけが」


 ぶつぶつと呟く彼らは地団太を踏んで、感情を露わにした。


「こんなところで終われるか! 絶対にテメエに後悔させてやる!」

「リアルだろうがニュー・エリシオンここだろうと関係ねえ! 俺らはお前を……」



 カッと空が輝いた。

 神聖な光の筋が幾条にもなって広がり、キョウノグラを照らす。

 空を漂う白い雲が一掃されて、青空に紫の光を迸る六芒星が出現した。


 喧噪は一瞬で静寂へ。

 皆が一様に口を閉ざし空を仰ぐ。


 その時、六芒星から巨大なハンマーが召喚された。

 ハンマーはゆっくりと加速して、こちらに堕ちてくる。


 誰かが言った。


「BANハンマーだ」


 シノノメさんとエンビーさんが短い悲鳴を上げて走り出す。

 しかし、ハンマーは追尾するように彼らを追いかけた。


 背筋が、手足が、心臓さえも凍ったような恐ろしい冷たさを感じた。


(……なんだあれは)


 ハンマーから目が離せない。

 全身が粟立つ。

 あれは……あれは僕の命を容易に刈り取るものだ。

 根源的な恐怖を内包した、死そのものだ。

 存在ごと跡形もなく抹消する力。


 ハンマーが逃げる二人に振り落とされた。 



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