第30話 あの鐘を……


 戦闘に魅入られていたイグニスの拳にぐっと力が籠る。


「な、なにが起きたんだ。まるで別人じゃねーか!」


 瀕死だった。

 たしかについさきほどまで、モブは瀕死だったはずだ。

 バーサーカーモードのキングに手も足も出ずに、復活の間へと送還されるはずだった。


「金エフェクトなんてありえねぇだろ!」

「しかも、クールタイムなしで連発している」


 そうつぶやいたユキノの目は大きく見開かれていた。

 モブが未発見の職業を所持しているのを彼女は知っている。だから、スキル同様にチュートリアル・ボスの魔法を使用することは驚きはあれど、想定の範囲内だった。


 しかし、あの動きの中でとなると、話は変わってくる。


「すごい……接近戦を挑みながら、エフェクトの色がブレていない」


 縦横無尽に疾走するモブは、白銀のショートソードを翻し果敢にキングへと応戦している。空中に銀閃が幾度となく引かれ、僅かな隙があれば魔法を撃ちこむ。

 

「トッププレイヤーでも金エフェクトをだせるのは、限られた天才のみだ。それだって遠距離で集中して撃つのが前提だ。あんな曲芸じみた回避をしながら出来る奴はいねぇ」


 キングの拳は悉く空をきった。

 モブは剣で防御をするのでも、受け流すでもなく、間一髪の間合いで躱している。


「モブの動きなんか早くなってねぇか!?」


 ミーリャの疑問に、イグニスは首を振った。


「いいや、モンスターを倒さなければレベルは上がらないからそれはない」

「じゃあなんで攻撃を避けられるようになってんだよ! さっきまでは無理だったのにさ!」

「俊敏さは変わってねぇ。反応速度が桁違いに上がってんだ」


 回避を試みる場合、攻撃モーションからどのような攻撃がくるかを予想する。モブがやっていることはそれと同じだが、ただ純粋に反応が速かった。


「敵が動きだす初動だけで次の攻撃を見切っていやがる」


 右ストレートを避けるのに、キングの右腕が振り上がったのを見届けてから回避準備に入っていたモブが、現在は右肘がわずかに浮く動作のみで回避行動を開始していた。


〝やべぇ、やべぇってなんだこの熱い戦い!〝

〝あんなに防戦一方だったのに覚醒してる!〝

〝……レベル12の動きじゃねって〝


 白熱する激闘に、クリスタル・タブレットに表示される数字が目まぐるしく変化していく。その数字を見たミーリャとカスミンの口から大声が飛び出す。


「ど、同接一万人!?」

「ふぇぇ!? いつのまにこんなに見に来ていたんだぁ!」


〝SNSでめっちゃ拡散されてるぞ!〝

〝ニュー・エリシオンユーザーなら見逃すとかありえないっしょ〝

〝伝説の幕開けだ!〝

〝つーか、あのモブってやつ、反射神経速すぎ〝


(速いってレベルなのかこれは?)


 イグニスが表情を険しくしたその時、キングが白い光を纏った。

 スキルの予兆———怒鳴り声バークアウトだ。

 大口から放たれた空気を揺らがせる高出力の衝撃波。

 全速力で前進したモブは、キングの股下をスライディングで潜り抜けてよけきった。


 はっと息を飲むイグニスとユキノ。


「見たか、いまの動き?」

「うん、あれは私でも無理」

「あいつ、キングが光ったとほぼ同時に回避準備に入ってなかったか?」

「私達にはそう見えたけれど、モブには違う景色が見えているんだろう」


 視界に映った映像を脳が処理し、体が反応するまでには必ずコンマ数秒のラグが生じる。生物としての限界だ。……なのに、モブっちにはそれがない。まるで、思考のプロセスを省略しているかのような人外じみた動きだった。


(ふざけやがって、こんなのありえないだろ!)


 イグニスの前にモブが現れたのはごく最近の出来事だ。生意気にも歯向かってきて、トッププレイヤーになるなどとほざいてきた。初プレイに浮かれて放言する、どこにでもいる雑魚だった。


 それが短期間で、ここまで腕を伸ばしただと?


(……俺は認めねぇ)


 無意識に踏みつぶしてしまいそうな雑草のような存在だったモブに、イグニスは燃え滾るような敵愾心と対抗心を向けている。その熱に、自分でさえ気がつかないままに……。


 一方で、ユキノは冷静に戦闘を観察していた。

 そして、気がつく。

 時間が経過するほどに、モブの反応速度が鈍ってきていることに。

 極限の集中力を維持し続けるのは限界がある。

 モブが倒れるのが先か、キングが倒れるのが先か。


「君の侍魂を見定めさせてもらうよ、未来のライバルとして……」


 


———ちり



 頭が燃えるように熱かった。


「はぁ、はぁ」


 限界を超えて酷使した体は鉛のように重たい。モンスターを殺すために排除した余計な情報―——疲労、痛覚、感情が、肉体への回帰を開始して頭のリソースを奪っていく。


「グゥァアア!」

「ッッ!」


 キングの白い尾先が遠心力で加速して弾丸のような速度で眼前を通り過ぎた。集中力が低下して、敵の攻撃を回避する余裕がなくなってきているんだ。

 

 尻尾が当たっていたら死んでいた。

 死への恐怖がつま先からゆっくりと這いずり上がるように侵食してくる。


「ハァァ!」


 攻撃後の隙を逃さずコード・ブレイカーですぐさま斬り返す。

 

(急げ、急げ! 早くコイツを倒すんだッ!)


 焦燥が胸を焦がす。

 元の状態に戻ってしまったら、今度こそ勝ち目がなくなるぞ。



———ちりちり



 キングはもはや死に体だった。

 神秘的だった苔混じりの純白な毛は赤くなり、ちらほらと皮膚が露出している。

 ギラギラと殺意で光る瞳に左手を向ける。


 「……ッ、敵を打ち滅ぼすための、一陣の風を吹かせ、ブラストォォォ!」


 螺旋渦巻く風の玉が、銀色のエフェクトを放出してキングをのけ反らせた。

 計算が追い付かず、一節詠唱が増えてしまった。

 刻刻と終わりが近づいているのを嫌でも実感させられる。


 「倒れろぉぉぉ!」


 踏ん張った足がズシャっと地面を削って砂を散らし、力を込めたつま先が地面を抉る。一瞬でも決着を早めるために、キングの足元に張り付いてコード・ブレイカーで接近戦を挑む。


 鋭利な白銀の刃がキングの体に傷を刻んだ。

 反撃の拳を、腰を折って回避すると頭上を風切り音が通り抜ける。

 体を起こすと同時に即座に剣を翻し、肉を切り裂く。

 

 一閃一退の攻防を繰り返し、敵の攻撃は僕の剣を掠め、髪を掠め、服を掠めと確実に命に近づいている。


 頭が熱い。胸が痛い。体の節々が悲鳴を上げている。

 怖い、死にたくない、生きたい!

 ああ、一瞬でも気を抜いたら挫けそうだ。

 それでも止まるな、攻撃の手を緩めるな!

 前へ、前へ進め!


「はぁぁぁぁぁぁ!」

「グオォォォォォ!」


 思い出せ!

 僕が背負っているものを!

 仲間を、自由を、誰にも奪わせるな!

 これはプライドと命を賭けた絶対に負けられない戦いなんだ!

 速く、もっと速く動け!

 なるんだろう、世界一の冒険者に!

 だったらこんなところで躓いてる場合じゃないだろ!



———ちりちりちりちりちりちり!  



「敵を打ち滅ぼすための、一陣の風を吹かせ、ブラストォォォ!」

「グガァァ!」


 紫色のエフェクトがキングからあがった。

 ついに、元の状態に戻ってしまった。

 でも、あとちょっとだ!

 倒せる、ここまで来たら自分を信じるしかない! 


 再度左手を構える……しかし、発動しない。


「ま、魔力切れ……ちくしょうぉぉぉぉぉ!」

「グォ!?」


 最後の気力を振り絞ってラッシュを仕掛ける。

 荒い呼吸を吐き出して、右へ左へ剣を振りかざす。

 キングの悲鳴と僕の気迫が木霊する。

 その時、キングが腰をあげた。


(尻尾の薙ぎ払いがくる!)


 これは今の僕じゃ絶対によけきれない!

 ならば……


「ヘビィー・スパァァァク!」

「~~~~!?」

「ここで決めるッ!」


 ここがコイツを倒す最後のチャンスだ。

 視界が回復する前に削りきるしかない。



「オラオラオラ!」

「グモォォォォ…」



 コンマ一秒でも無駄にはできない。

 いそげ、いそげ!




「ウオラオラオラ!」




 あと、3秒!

 まだか、まだなのか!




「ウラァァァァァァァァ!」



 あと、1秒!

 たのむっ倒れてくれ!




「ウラァァァァァァァァァァァァァァァァ!」





 ……0。





 

 バタン……と、キングが膝を地面につけた。

 深紅の瞳は朦朧と揺れて、倒れまいと必死に両手で上半身を支えて耐えている。

 

 

「……か、勝ったのか?」


 巨体の転倒に巻き込まれないように、慌ててバックステップで距離を取った。

 バクン、バクンと興奮が収まらぬまま、僕はキングを見上げた。

 もう力が残っているようには見えない。

 かろうじて虫の息を保っている状態だ

 

 ついに、勝った。

 あとはトドメの一撃を与えさえすれば……



 一歩近づいて、心臓が跳ねた。

 キングの全身が赤く輝いていた。


経験値解放オーバー・エクスペリエンス!?!?」



 この土壇場で……。

 くそっ急いで範囲外から逃れないと。

 

 全速力で壁際に駆け出して、視界いっぱいに広がる赤い道筋デッド・ラインを見て、踏みとどまる。

 


(違う、こっちじゃない!)


 逃げ切れたとしても、僕にはもう魔力は残ってない。

 リーチが長い相手に、剣で戦う距離まで接近できる保証もない。

 それに、奴には投石のスキルがある。

 生き残るための活路は……後ろだ!


「!」

「グモォォォォ!?」


 キングに飛びついた。

 経験値解放オーバー・エクスペリエンスは発動まで時間がかかる。

 だから、発動される前に倒しきるしか生きる道は残されていない!


「うおぉぉぉぉ!」


 何度も何度も剣を叩きつける。

 経験値解放オーバー・エクスペリエンスを食らえば木っ端みじんだ。

 いまから引いても、範囲外に逃れることはできない。

 ここで、倒さなきゃ僕の負けだ。

 

 予備動作を終えたキングが、両腕を振り上げた。

 爛々と赤く輝く拳が地面に打ち下ろされる。

 その刹那、僕はコード・ブレイカーを両手で握りしめて、全力の一撃を繰り出した。


「間に合えぇぇぇぇぇぇッ!」

 

 振り下ろされる拳を白銀の刃が撫でる。

 衝突した衝撃でぎりぎりと剣先が震えるを無視して、力任せに腕ごと叩き斬った。

 赤いエフェクトが間欠泉のように噴き出して、断末魔の絶叫が鼓膜を貫いた。


「グワァァァァァァァ……」


 キングの握りしめていた拳から、だらりと力がぬける。

 巨体が横転して、砂煙が巻き上がった。

 瞳から光が消えたキングは動かなくなった。


「はぁ、はぁ、はぁ……うぐぅ」


 腹の底から迸る感情を口にしようとして、言葉に詰まる。

 この想いをどうすれば表現できるのかすぐには思い浮かばない。

 熱い感情が発露して、四肢が震えてしまう。


 どっちが死んでもおかしくない内容だった。

 けれど、生き残ったのは僕だ。

 僕が勝ったんだ。 


 キングの肉体が薄く透過をはじめて、淡い光へとなっていく。

 魔石へとなる彼に、告げる。

 

「命のやりとりをありがとう、キング。君と戦えて僕はまた強くなれた」


 キングの肉体が完全に消え去った。

 そして、その瞬間


『カーン、カーン、カーン』


 世界の隅々まで響き渡るような、澄んだ鐘の音が美しく鳴った。

 道具屋の店内で、かつての僕に何度も勇気を与えてくれた鐘鳴。

 ユキノさんが記録を塗り替える度に、耳にしていたアナウンス。

 しかし、今日呼ばれる名前は彼女じゃない。

 全プレイヤーに届けられる言葉が、ゆっくりと紡がれる。 


『ワールド・レコードの更新のお知らせ。プレイヤー名モブ・チャープマンが新記録を樹立しました』


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