第29話 黄金

 ミーリャは、モブとギンガント・キングピクテスの激闘に釘付けになっていた。強大な肉体を誇るボスに、小さな体で猛々しく立ち向かっていく姿は、物語の英雄のようだった。


「……凄すぎるぜ、モブ」


〝なんだよこの戦い……〝

〝あいつ、よく初見で攻撃避けれるな〝


 チャット欄の流れる速度は、すでにミーリャが追えないものになっていた。

 最初は否定的な意見が占めていたコメントは今や、モブの卓越したプレイングスキルに魅入られている。


「ハァァァァ!」

「グルォォォ!」


 気炎を吐いて振り上げられるコード・ブレイカーの白銀の刃が、白い剣線を引いて火花を散らす。


 ミーリャにとってモブが格上に初見で挑むのはいつもの光景だ。しかし、今日のモブは、いっそ芸術の域に達するほど、苛烈で美しかった。


「敵を打ち滅ぼすための、一陣の風を吹かせッ! ブラストォォォ!」


〝はあ!?〝

〝また紫エフェクト!?〝

〝あの動きをしながらって、人間の演算能力超えてんだろ!〝

〝トリガー・ハッピー野郎の魔法とスキルを、何でプレイヤーが使えてんだ!〝


 わずかな失敗も許されない強敵相手にこれほど神業を実行できるものが、星の数ほどいるプレイヤーの中で一体何人いるというのか。


(どうだ、うちのモブはスゲーだろ!)


 モブは出会った時から強くていい奴だった。

 友達がおらず、ちょっと変わり者のお兄ちゃんのことを受け入れて、友達といってくれた。そんな優しい彼が、いまもお兄ちゃんのために無謀な戦いに身を投じている。


〝本当に12レベルなのか?〝

〝ムニュエル:私は一番最初から配信を見てたけど、彼らが配信で見られるのに気がついていない時に、ぼそっとレベルが10に上がったと言ってたのを聞いたよ〝

〝じゃ、マジなのかこれ〝

〝どちらにせよ、プレイングスキルが群を抜いているのは間違いない。


 しかし、そんなモブもいまや立っているのやっとという様子だ。戦い方も前半戦に比べて明らかに精彩を欠いていた。


〝バーサーカーモードだ。キングはHPが半分になると、ステータスが上昇して、攻撃パターンが全て変わる〝


 ボスに設定されているメジャーな特殊ギミックのひとつ、フェーズの切り替えと呼ばれるものだ。第二形態へと移行したキングの攻撃は、挑戦者の命へと届き始めていた。


〝やっぱりソロは無理があるって。投石スキルだって一人が近距離戦を挑めば発動しないから、タンクが引き付けて他メンバーが遠距離攻撃で倒すのがキングのセオリーなのに……〝


 踊るように攻撃をすり抜けていたモブに、キングの拳が着弾する。攻撃を受け流そうとして、パワーで押し負けて跳ね返される。


「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ……ッ!?」


 荒い息遣いがこちらまで聞こえるほどに、肩を上下させていた。地面を転がされて、全身泥だらけ。防戦一方になるまいと必死に剣を翻し、負けじと赤いエフェクトを散らす。


〝ああ、もうダメだぁ〝

〝諦めんじゃねえモブ!〝

〝根性見せてみろ!〝


 それは、到底ゲームを楽しむ者の姿ではなかった。

 これじゃまるで、命を賭けた真剣勝負じゃないか。

 一瞬も敵から目を逸らさずに睨み続けるモブの瞳を、ミーリャは知っている。空手の試合で、時々相手がああいう目をしていた。絶対に負けられないものを背負った人の、目であった。


「……もういいんじゃねぇかモブ、頑張ったよ」


 あまりに痛々しい必死さに、胸が苦しくなってしまう。

 ゲーム世界で痛みがないとはいえ、極度の緊張状態は精神を摩耗させる。 

 辛くない筈がないのだ。


 キングの放った蹴りが、モブの矮小な肉体を突き飛ばした。

 ノックバック効果を含んだ一撃に、モブは地面に俯きで倒れる。


 もう、十分だ。

 やれることはやった。

 お兄ちゃんやカスミンのために、モブがボスを倒そうと言ってくれただけで、ミーリャは嬉しかった。たとえお兄ちゃんやカスミンが戻ってこなかったとしても、ここまでやった結果なら仕方がないと思う。


 ……なのに、なのにどうしてお前は。


「……なんでまた立ち上がるんだよ!」

「アイツが本気でやっているからだろ」

「!?」

 

 いつのまにか赤髪長躯の男がいた。


「イグニス!?」


〝クシナダのイグニスだ!?〝

〝トッププレイヤーの一人じゃねか!〝


「なんでお前がここにいるんだ?」

「あの女が配信がどうとかって騒いでたからだ」

「あの女?」


 モブの戦闘を、イグニスがじっと見つめる。


「チつ、どうなってやがんだ。あいつこの前まで初心者じゃなかったのかよ。おい、ポニテ答えろ」

「ポニテ言うな! これがモブの普段の戦い方なんだよ!」

「……マジで言ってんのか、いくらなんでも異常すぎるだろ」


 驚愕の眼差しを送りイグニスが絶句していると、また新しい声があがった。


「おぉぉい~ミーリャ~!」

「カスミン!?」


 駆け足でミーリャに近寄ってきた、背の低い青髪の少女。その後ろには、ユキノが付き添っていた。


「ど、どうしてカスミンまでここに!?」

「だ、だってぇ、なんか配信みたらとんでもないことになってるしさ! ユキノにお願いして連れて来てもらったんだぁ! どうしてモブは一人でボスと戦っているんだ!?」

「部屋から出れなくなったカスミンとお兄ちゃんに勇気を届けるためだってモブが……」

「はえぇ!? あ、あたしのためだってぇ!?」


 ユキノは無表情のまま、ミーリャにお辞儀すると、そのままイグニスの隣に立った。


「どうなってる?」

「あのガキが生意気にも奮闘してやがるぜ。ジョブから装備まで、何もかも無茶苦茶だぞ? でも、来るのが遅かったな。もう終わりだ」


 言葉を区切り、イグニスは地面に倒れて動かなくなったモブと、血だらけになりながらも闘志衰えぬキングを眺めた。


「あいつは死ぬ」







 

 生きることを怖いと思い始めたのはいつからだろう。

 たぶん、道具屋の店員NPCとして働いていた頃に、はっきりとした自我が芽生えたのを自覚して、しばらくが経ってからだと思う。


 意識があるのに、言葉も体も自由に出来ない。

 こんな人生に意味があるのか自問自答して、自分という存在意義の薄さに絶望した。救いのない人生を生きることは、死ぬことよりも辛いのだと知った。


 それが、悔しかった。

 僕は心のある人間だ。

 店員Aじゃなくて僕だけの人生を歩みたかった。

 僕がこの世界にたしかにいたんだぞって、生きた証を残したかった。



「……うっ、体が痛い」


 ざらついた地面に顔が擦れる。

 キングに吹き飛ばされて、僕は地に伏していた。

 全身が熱を帯びたみたいに、きりきりと痛む。


 なんとか上体を起こし、キングピクテスを見上げる。

 巨大な拳が視界を埋め尽くした。


「うわぁぁぁ」


 ボールのように吹き飛ばされ、無様に地面を転がる。


「くそっ、くそっ」


 激情のまま拳を地面に叩きつける。

 僕じゃこいつに勝てない。

 必死にもがいて、どうにか勝ち筋を探そうとしても届かない。


「まだ、だ、諦めるか!」


 右手の握力はコード・ブレイカーを持つだけで精一杯だ。

 疲労困憊の体を鞭打ち、前へ進む。


「グラァァァアア!」

「~~~~ッッ!」


 剣と拳が激突して、相打ち。

 脳が揺れて、意識が白く爆ぜた。


「ハァ、ハァ、もうHPが……」


 燃えるように体が痛い。

 あと一撃を食らえば死ぬ。 

 ポーションは使い切った。


 そして、キングは……


「ウッホォオーーー!」


 鼓膜を破りそうな咆哮が響いた。

 キングの肉体には激闘を物語るおびただしい傷。

 激高して赤く染まった瞳に灯る戦意。

 底なしの殺意に、僕の心は黒く塗りつぶされた。


怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。



———逃げるか?


 ふと、頭に浮かんだ選択肢に心が揺れる。


 ずっと一人で生きていくのが怖かった。

 自由もなく道具屋に閉じ込められた日々は地獄だ。

 いつかそこから抜け出せますようにと、何日も祈り続けた。

 やっと、やっと手に入れた自由だ。

 こんなところで手放していいわけがない。

 また別の方法を考えればいいじゃないか。


———逃げよう。


「……っ」

「ゴォ?」


 みっともなく僕はキングに背を向けた。

 脇目を振らずに出口に一歩踏み出して……



 足が止まった。

 


 プライドが足の裏から根を張ったように、僕はその場から動けなくなった。


「………………」


 逃げる?

 本当に?

 そんなことをして僕は明日から胸を張って生きていけるのか?

 今日死んでもいい覚悟をもって、後悔なく一日を全力で生きるって誓いはどうした?


 ……僕は何のために冒険をはじめた?



「モブっち~!」

「……か、カスミンさん?」


 エリア外に立ち尽くす青髪の少女が、泣きそうな顔で僕を見つめていた。


「……どうしてここに」

「苦しかったら逃げていいんだ!」

「で、でもそれじゃ皆が」

「あたしなんかのために無理をしないでくれ!」

「……ッ」


 不安そうな彼女の表情に、言葉に、カッと頭が熱くなった。

 大切な人になんて顔をさせているんだ僕は……。


 いつも人生に絶望していた。いっそ死んだほうがマシだって、生きることが怖いって。


 でも、いまは生きていることこそがなによりの幸せだと感じている。

 死ぬのが怖いと感じている。

 そう思えるようになったのは、冒険を通してカスミンさんや、ユキノさんと出会い、生きる喜びを教えてもらったからだ。


 皆と出会って僕の人生は180度変わった。

 だったら今度は僕が、彼女達のために頑張る番じゃないのか?

 ここで逃げ出して頼りない奴だと思われたら、僕は一生皆を安心させてあげられない。


 そうだ、目的をはき違えるな!

 また皆と一緒に冒険をするために、僕はこの場にやってきたんだろっ!


「はぁ、はぁ、逃げてたまるかよ」

 

 高い壁にぶつかって、頭を垂れていても解決策は見つからない。

 上を見上げて、この状況をどう乗り超えるを考えるんだ。

 考えろ、考えろ……。

 どんな絶望的な状況でも、自分なら絶対にやれる方法があるって信じろ。


 なにか、僕に残された手段は……そうだ、ひとつだけある。

 

「ふぅー」


 息を吐いて、覚悟を決める。


———勝てないのなら、僕が限界を超えればいい


 これが僕の、最後の勝ち筋だ。

 底なしの闇に、自ら意識を溺れさせる。

 大切なものを守るために、大切な自由ものを手放す。


「こっからが本当の命のやりとりだぞ、猿の王」


 左手を構える。

 全身を蝕んでいた痛みがすーっと消えていく。

 薄らぐ恐怖心に反比例して高まる極限の集中力。

 感情は死んだように抜け落ちる。

 思考には敵を討伐するタスクのみ。

 心を捨て、モンスターを殺す機械となった僕は、抑揚のない声で、唱えた。  

 

「敵を打ち滅ぼすための、一陣の風を吹かせ、ブラスト」

「グゥゥォオオ!?」


 キングの顔面を打ち抜いた魔法からのエフェクトが噴き出した。


———まだだ、この程度じゃ足りない


「一陣の風を吹かせ、ブラスト」


 さらに一節を短縮。

 威力160パーセントを示すのエフェクトが咲き誇った。

 


 ここからが第二ラウンドだ。




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