第25話 コード・ブレイカー

 「うぇ、マジかよ。マジでソロ討伐やんのかよ、モブの頭はぶっとんでんなぁ」


 ミーリャが頭を抱えて、ぶつくさと呟いている。

 まだちょとだけ混乱しているみたいだけれど、なんとか説得は出来た。

 

 でも、まだ準備は終わっていない。

 ギガント・キングピクテスを討伐するためには、絶対に必要なものがある。




 静まり返ったギルドの空気。

 いつも騒がしい冒険者達は口を閉ざして、視線を僕に集中させている。

 僕の目にうつるのは、顔に青筋を浮かべた赤髪長駆のイグニスさんと、困惑顔のユキノさん。


「……テ、テメエ、もう一度言ってみやがれ!」

「……僕に30万ゴールド貸してください!」

「ふっ、ふっ、ふふざぁけんなぁぁああああ!」


 激しい怒号がギルドの空気を揺らした。

 僕の胸倉を掴んだイグニスさんが、燃えるような深紅の瞳で、睨みつけてくる。


「トップを目指すだとか、あんだけ大口叩いておいて、金を貸せだと!? 人を馬鹿にするのもいい加減にしやがれ!」

「……すみません、でもお金が必要なんです」

「そっちの事情なんて知るか。テメエにはプライドはねえのか!? 自分の力で努力しろって教えてやったのに、結局他人まかせかよ……」


 力任せに胸ぐらを離されて、体がよろめいた。


「つまらねえ奴……」

「イグニス、頼まれているのは私だ。お前の感情は関係ない」

「けっ、またそれかよ、好きにしろよ。もう俺はこいつに興味もねえ」


 ユキノさんに顔を背けて、イグニスさんが不機嫌そうに立ち去ろうとする。


「待ってください……」

「ああ?」


 これはケジメだ。

 たぶん、優しいユキノさんなら頼めばお金を貸してくれる。

 でも、それじゃだめなんだ。

 ここでなあなあにして、やり過ごしたら、僕は人として大切なものを失くしてしまう、それこそ、イグニスさんが忌み嫌う口だけの中途半端野郎になる。


「正しいのは……イグニスさんです。僕が言っていたことと、いまやっていることが矛盾しているのは、自覚してます」


 自分の実力で、本気でトップを目指すと誓った言葉に嘘はない。

 あの宣言を軽んじるつもりだってないし、今でもそう思っている。

 

 僕にプライドがないかだって?

 そんなの、ある決まっている。

 こんな真似をするのは死ぬほど心苦しい。自分の頬を殴ってやりたいっ、悔しくてたまらないっ。


 でも、いまの僕は、意地を通せるほど強くない。

 それじゃ大切なものを守れないんだ。


 僕は膝を折り、頭を地面にこすり付けた。

 息を飲む音がユキノさんから洩れて、動揺するイグニスさんの声が耳に届く。


「お、おい、なんで土下座なんかしてんだ……」

「イグニスさん、すみませんでしたぁぁぁ!」

「ま、待て……」

「恥を承知でお願いします。僕にお金を貸りる許可をください!」

「な、何もそこまですることは……」

「罵倒される覚悟はあります、一生嘘つきだって罵られても構いませんっ、借りた金額の倍で返すと約束します! どうかっ、どうかっ、この通り!」


 ギルドの木床に穴が開くくらいに強く、頭をめりこませる。

 

「守りたい人達がいるんですっ、そのためにお金が必要なんです!」

「勝手にユキノから借りろよ!」

「僕はイグニスさんに不誠実なことをしたっ、自分で自分が許せないっ、でも馬鹿みたいに思うだろうけど、本気でトップを目指すという想いはいまでも変わりません!  信じてください!」

「……はぁ、何だよこれは」


 呆れたような溜息がこぼれた。

 しばらくの沈黙を降りて……


「ちっ、だから好きにしろって言ってんだろ……おい、ユキノ」

「なに?」

「……金策で、イベントモンスター狩りにキョウノグラに滞在してんだから、30万くらい余裕で持ってるだろ。俺は死んでも貸さねーからな」

「ふふ、ああもちろんあるとも」


 顔をあげると、イグニスさんが不貞腐れた表情で僕を一瞥した。

 何も言わず彼は、今日一番の、大きな溜息を吐いた。




 無事、ユキノさんからお金を借りた僕は、ミーリャと一緒に武具屋に訪れていた。

 

「つ、ついに買うんだな!?」

「は、はい!」


 カウンターの目立つ場所に置かれていたショート・ソードを手にとった。

 NPCのおじさんがいぶし銀な渋い顔で唸る。


「おめでとう、あんたにならこの武器を売ってもいいぜ?」

「お、お願いします!」

「30万ゴールドだ」

「これで!」

「まいどありぃ」


 店を出た僕らは雄たけびをあげた。


「「うぉぉー‼」」


 ショート・ソードをまじまじと眺める。

 濡れたように艶やかに輝く、白銀の剣身。

 触れれば岩でも斬れてしまいそうな鋭利な刃。

 装飾を排除した美しくも無骨な剣の柄には、緑色の皮が巻かれている。


 頭で念じて、武器の能力を確認する。

 

□武器名   コード・ブレイカー

〇レアリティ ユニーク

〇タイプ   ショート・ソード


〇ステータス

・基礎攻撃  120

・付加効果  空きスロット

・付加効果  空きスロット

・付加効果  空きスロット

・付加効果  空きスロット

・付加効果  空きスロット

〇特殊技能

・無謀なる挑戦

レベル差によるダメージ減衰を無視して、攻撃することが可能

〇備考

なし



 世界に同じ物は二つと存在しない、最高レアリティのユニーク武器。

 その特殊技能、レベル差によるダメージ減衰の無視は、まさにいま僕が心から切望していた性能そのものだ。


「やっばいなー、本当に買えちゃうなんてさ。レベル一桁でユニーク武器をゲットしたなんて前代未聞だぜ」

「この武器に見合う男になれるよう頑張ります!」


 剣を黒い鞘に仕舞い、革のハーネスで鞘ごと剣を背中に固定した。

 全ての準備は整った。

 




 猩猩盆地最奥、見上げる山脈の中にひと際巨大な山がある。 雪を被り白く染め上げられたその穂先は、青い空に届きそうなほどの高さだ。自然が作り上げた、岩が剥き出しの荒々しい登山道が山の麓から続いている。


 この山———霊峰玃王山かくおうざん中腹の高原に奴はいるはずだ。


「推奨レベル20のエリアか、くぅ緊張するな!」

「はい、ここを踏破してレベル28のボス、ギガント・キングピクテスに挑みます」


 現在、僕はレベル9だ。

 シノノメさん達を倒したが、PVPでは経験値は入らないのでレベルに変動はなし。

 ここから遭遇するモンスターは全て、レベル差10以上の強敵のみ。

 そして、ボスとのレベル差は19もある。

 道中の戦闘もあることを考えれば、多少のレベル差は埋まるだろうが、それでも大きな壁であることに変りはない。


「私のレベルは14だ。はっきりいってモブみたいにダメージを与えられないし、防御に専念するぞ」

「攻撃は僕が担当します。ミーリャは僕が対応しきれなかったモンスターを抑えてください」

「正直自信ないけど、まあやってみるぜ。あと、もしもの時に一発だけこれがつかえる」


 ミーリャが右手から赤い光が溢れる。

 

「私の経験値解放オーバー・エクスペリエンスは『スーパー・タウント』、一瞬で視界内に存在する全敵のヘイト値を最大値に引き付けることができる。私自身の耐久値もわずかだが上昇するぜ」

「タイミングはミーリャに任せます」


(……結局、僕は一度もまだ使えてないのは何でだろうか?)


 とはいえ、無い物ねだりをしても意味はない。

 ある手札で最善を尽くそう。


「それではいきますか……」

「おうっ……と、その前にこれだけやっておくか」


 彼女はクリスタル・タブレットを操作して……ぽいっと宙に投げた。タブレッドは放物線を描いて地面に落下……することはなく、ふわふわと宙に浮いた。


「一応、配信つけておいた。SNSで二人にDMもしておいたし、ボス戦までには気がつくさ」


 クリスタル・タブレットには同時接続数0と書かれていた。

 もし二人がこの映像を見ていたら、2とカウントされるらしい。

 しばらく眺めていても数字に変動はない。まだ、来てないか。

 数字を眺めながら、僕らは玃王山かくおうざんへと足を踏み入れた。




 切り立った崖が連なるつづら折りの登山道を、ゆっくりと進んでいく。

 踏み外せば滑落まっしぐらの危険な道だ。

 

 固い地面の感触を足の裏で感じながら歩いていくと、二足歩行の人サイズの猿が現れた。顔以外は鎧に覆われて、片刃の剣を装備している。


「ナイト・ピクテスだ、油断せずにいくぞ」

「はいっ!」


 まるで山を守護する騎士のように、ナイト・ピクテスが無言で剣を構える。

 初見のモンスター。当然、攻略情報はない。

 コイツをどの程度の力で倒せるかが、玃王山かくおうざん攻略における試金石となるだろう。

 

 瞳孔を開いて突撃してきたナイトの一撃を、ミーリャが盾で防ぐ。その隙に僕はコード・ブレイカーで敵を切り裂いた。


「グモォォォ!」


 強い手応えが拳に残る。

 漲る力を感じる、これがユニーク武器の威力か!


 ヘビー・スパークはまだつかわない。

 敵の行動パターンを少しでも覚えておきたい。

 ミーリャが敵を引き付けて、僕がダメージを与える。それを幾度も繰り返してインプットを増やしていく。


(いけるっ!)


 ナイトの防御力は固いが、鎧のない首部分を狙えばダメージは通りやすいようだ。最後の一撃を加えると、猿の騎士は倒れ伏して、魔石へとなった。


「かはぁー、全部盾で防いだのにめっちゃ食らったわ」


 ミーリャは腰のホルダーからライフポーションを手に取って、ぐっとあおいだ。


「こうやってみると、普段から格上と戦っているモブの異常さが、身に染みるな」

「一戦ごとに回復を済ませて、油断せずに行きましょう」

「だなっ!」


 ミーリャが、失った分のポーションをストレージからホルダーに補充する。


「あっいまの戦闘でレベルが10になりました」

「おっナイス~、なら次はもっと楽に勝てるな!」

「ええ、この調子でどんどん攻略していきましょう!」






 女はSNSを眺めていた。

 『ニュー・エリシオン』のヘビーユーザーである彼女は、暇さえあれば攻略サイトやSNSで情報を漁るのが日課だった。


「あれこのアカウント、この前見つけためちゃくちゃ可愛い子じゃん……」


 数日前、SNSでアバターとリアルの写真を一緒に乗せていた、黒髪の少女。その子がライブ配信をしていたのだ。


「あれ、配信していることに気がついてないのかな?」


 映像に映っているその少女と、仲間の少年はこちらに気がつく様子はない。

 『ニュー・エリシオン』のストリーマー機能には、紐づけられているSNSに配信を告知する機能がデフォで設定されている。間違えて配信機能をONにしてしまったのだろうか?


玃王山かくおうざんってことは初心者だよね。いいなぁ、一番楽しい時じゃん、ウチも記憶消して最初からやりてぇー!」


 二人がナイト・ピクテスを倒したタイミングで、彼女は配信を閉じようとした。

 

「盗み見するのも悪いしな、誤配信してるってチャットしとくか」


 そう思い、スマホを手に持つ指を動かそうとした瞬間だった。


『あっいまの戦闘でレベルが10になりました』


 ———は?


 少年が言った言葉に耳を疑う。

 ……レベル10で、玃王山かくおうざんの攻略?


「いやいや、あ、ありえないでしょ」


 レベルが正義のニュー・エリシオンにおいて、そんな、まさか。

 それに、ナイト・ピクテスにダメージを与えていたのは彼一人だし、絶対にありえない。


 しかし、さらなる衝撃が彼女を襲う。


「はぁぁ!? この子の装備している武器、武具屋の聖剣じゃね!?」


 絶対に誰も装備できない武器じゃないの!?

 すると、チャット欄が動いた。


〝なにこの放送事故?〝


 衝撃で手が震える彼女はどうにか二人目の視聴者に言葉を返す。


〝レベル10が玃王山かくおうざんに挑んでるらしい〝

〝んなわけあるか、はい、嘘乙〝

〝でもそう言ってたんだ。それに少年の武器見て見ろ!〝

〝せ、聖剣んんんん!?〝

〝な、ヤバイだろ?〝


 こうして、後にモブ・チャープマンの名が広く知れ渡るきっかけとなった伝説の一日が、静かに幕をあげるのだった。

 


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