第25話 コード・ブレイカー
「うぇ、マジかよ。マジでソロ討伐やんのかよ、モブの頭はぶっとんでんなぁ」
ミーリャが頭を抱えて、ぶつくさと呟いている。
まだちょとだけ混乱しているみたいだけれど、なんとか説得は出来た。
でも、まだ準備は終わっていない。
ギガント・キングピクテスを討伐するためには、絶対に必要なものがある。
◇
静まり返ったギルドの空気。
いつも騒がしい冒険者達は口を閉ざして、視線を僕に集中させている。
僕の目にうつるのは、顔に青筋を浮かべた赤髪長駆のイグニスさんと、困惑顔のユキノさん。
「……テ、テメエ、もう一度言ってみやがれ!」
「……僕に30万ゴールド貸してください!」
「ふっ、ふっ、ふふざぁけんなぁぁああああ!」
激しい怒号がギルドの空気を揺らした。
僕の胸倉を掴んだイグニスさんが、燃えるような深紅の瞳で、睨みつけてくる。
「トップを目指すだとか、あんだけ大口叩いておいて、金を貸せだと!? 人を馬鹿にするのもいい加減にしやがれ!」
「……すみません、でもお金が必要なんです」
「そっちの事情なんて知るか。テメエにはプライドはねえのか!? 自分の力で努力しろって教えてやったのに、結局他人まかせかよ……」
力任せに胸ぐらを離されて、体がよろめいた。
「つまらねえ奴……」
「イグニス、頼まれているのは私だ。お前の感情は関係ない」
「けっ、またそれかよ、好きにしろよ。もう俺はこいつに興味もねえ」
ユキノさんに顔を背けて、イグニスさんが不機嫌そうに立ち去ろうとする。
「待ってください……」
「ああ?」
これはケジメだ。
たぶん、優しいユキノさんなら頼めばお金を貸してくれる。
でも、それじゃだめなんだ。
ここでなあなあにして、やり過ごしたら、僕は人として大切なものを失くしてしまう、それこそ、イグニスさんが忌み嫌う口だけの中途半端野郎になる。
「正しいのは……イグニスさんです。僕が言っていたことと、いまやっていることが矛盾しているのは、自覚してます」
自分の実力で、本気でトップを目指すと誓った言葉に嘘はない。
あの宣言を軽んじるつもりだってないし、今でもそう思っている。
僕にプライドがないかだって?
そんなの、ある決まっている。
こんな真似をするのは死ぬほど心苦しい。自分の頬を殴ってやりたいっ、悔しくてたまらないっ。
でも、いまの僕は、意地を通せるほど強くない。
それじゃ大切なものを守れないんだ。
僕は膝を折り、頭を地面にこすり付けた。
息を飲む音がユキノさんから洩れて、動揺するイグニスさんの声が耳に届く。
「お、おい、なんで土下座なんかしてんだ……」
「イグニスさん、すみませんでしたぁぁぁ!」
「ま、待て……」
「恥を承知でお願いします。僕にお金を貸りる許可をください!」
「な、何もそこまですることは……」
「罵倒される覚悟はあります、一生嘘つきだって罵られても構いませんっ、借りた金額の倍で返すと約束します! どうかっ、どうかっ、この通り!」
ギルドの木床に穴が開くくらいに強く、頭をめりこませる。
「守りたい人達がいるんですっ、そのためにお金が必要なんです!」
「勝手にユキノから借りろよ!」
「僕はイグニスさんに不誠実なことをしたっ、自分で自分が許せないっ、でも馬鹿みたいに思うだろうけど、本気でトップを目指すという想いはいまでも変わりません! 信じてください!」
「……はぁ、何だよこれは」
呆れたような溜息がこぼれた。
しばらくの沈黙を降りて……
「ちっ、だから好きにしろって言ってんだろ……おい、ユキノ」
「なに?」
「……金策で、イベントモンスター狩りにキョウノグラに滞在してんだから、30万くらい余裕で持ってるだろ。俺は死んでも貸さねーからな」
「ふふ、ああもちろんあるとも」
顔をあげると、イグニスさんが不貞腐れた表情で僕を一瞥した。
何も言わず彼は、今日一番の、大きな溜息を吐いた。
◇
無事、ユキノさんからお金を借りた僕は、ミーリャと一緒に武具屋に訪れていた。
「つ、ついに買うんだな!?」
「は、はい!」
カウンターの目立つ場所に置かれていたショート・ソードを手にとった。
NPCのおじさんがいぶし銀な渋い顔で唸る。
「おめでとう、あんたにならこの武器を売ってもいいぜ?」
「お、お願いします!」
「30万ゴールドだ」
「これで!」
「まいどありぃ」
店を出た僕らは雄たけびをあげた。
「「うぉぉー‼」」
ショート・ソードをまじまじと眺める。
濡れたように艶やかに輝く、白銀の剣身。
触れれば岩でも斬れてしまいそうな鋭利な刃。
装飾を排除した美しくも無骨な剣の柄には、緑色の皮が巻かれている。
頭で念じて、武器の能力を確認する。
□武器名 コード・ブレイカー
〇レアリティ ユニーク
〇タイプ ショート・ソード
〇ステータス
・基礎攻撃 120
・付加効果 空きスロット
・付加効果 空きスロット
・付加効果 空きスロット
・付加効果 空きスロット
・付加効果 空きスロット
〇特殊技能
・無謀なる挑戦
レベル差によるダメージ減衰を無視して、攻撃することが可能
〇備考
なし
世界に同じ物は二つと存在しない、最高レアリティのユニーク武器。
その特殊技能、レベル差によるダメージ減衰の無視は、まさにいま僕が心から切望していた性能そのものだ。
「やっばいなー、本当に買えちゃうなんてさ。レベル一桁でユニーク武器をゲットしたなんて前代未聞だぜ」
「この武器に見合う男になれるよう頑張ります!」
剣を黒い鞘に仕舞い、革のハーネスで鞘ごと剣を背中に固定した。
全ての準備は整った。
◇
猩猩盆地最奥、見上げる山脈の中にひと際巨大な山がある。 雪を被り白く染め上げられたその穂先は、青い空に届きそうなほどの高さだ。自然が作り上げた、岩が剥き出しの荒々しい登山道が山の麓から続いている。
この山———霊峰
「推奨レベル20のエリアか、くぅ緊張するな!」
「はい、ここを踏破してレベル28のボス、ギガント・キングピクテスに挑みます」
現在、僕はレベル9だ。
シノノメさん達を倒したが、PVPでは経験値は入らないのでレベルに変動はなし。
ここから遭遇するモンスターは全て、レベル差10以上の強敵のみ。
そして、ボスとのレベル差は19もある。
道中の戦闘もあることを考えれば、多少のレベル差は埋まるだろうが、それでも大きな壁であることに変りはない。
「私のレベルは14だ。はっきりいってモブみたいにダメージを与えられないし、防御に専念するぞ」
「攻撃は僕が担当します。ミーリャは僕が対応しきれなかったモンスターを抑えてください」
「正直自信ないけど、まあやってみるぜ。あと、もしもの時に一発だけこれがつかえる」
ミーリャが右手から赤い光が溢れる。
「私の
「タイミングはミーリャに任せます」
(……結局、僕は一度もまだ使えてないのは何でだろうか?)
とはいえ、無い物ねだりをしても意味はない。
ある手札で最善を尽くそう。
「それではいきますか……」
「おうっ……と、その前にこれだけやっておくか」
彼女はクリスタル・タブレットを操作して……ぽいっと宙に投げた。タブレッドは放物線を描いて地面に落下……することはなく、ふわふわと宙に浮いた。
「一応、配信つけておいた。SNSで二人にDMもしておいたし、ボス戦までには気がつくさ」
クリスタル・タブレットには同時接続数0と書かれていた。
もし二人がこの映像を見ていたら、2とカウントされるらしい。
しばらく眺めていても数字に変動はない。まだ、来てないか。
数字を眺めながら、僕らは
◇
切り立った崖が連なるつづら折りの登山道を、ゆっくりと進んでいく。
踏み外せば滑落まっしぐらの危険な道だ。
固い地面の感触を足の裏で感じながら歩いていくと、二足歩行の人サイズの猿が現れた。顔以外は鎧に覆われて、片刃の剣を装備している。
「ナイト・ピクテスだ、油断せずにいくぞ」
「はいっ!」
まるで山を守護する騎士のように、ナイト・ピクテスが無言で剣を構える。
初見のモンスター。当然、攻略情報はない。
コイツをどの程度の力で倒せるかが、
瞳孔を開いて突撃してきたナイトの一撃を、ミーリャが盾で防ぐ。その隙に僕はコード・ブレイカーで敵を切り裂いた。
「グモォォォ!」
強い手応えが拳に残る。
漲る力を感じる、これがユニーク武器の威力か!
ヘビー・スパークはまだつかわない。
敵の行動パターンを少しでも覚えておきたい。
ミーリャが敵を引き付けて、僕がダメージを与える。それを幾度も繰り返してインプットを増やしていく。
(いけるっ!)
ナイトの防御力は固いが、鎧のない首部分を狙えばダメージは通りやすいようだ。最後の一撃を加えると、猿の騎士は倒れ伏して、魔石へとなった。
「かはぁー、全部盾で防いだのにめっちゃ食らったわ」
ミーリャは腰のホルダーからライフポーションを手に取って、ぐっと
「こうやってみると、普段から格上と戦っているモブの異常さが、身に染みるな」
「一戦ごとに回復を済ませて、油断せずに行きましょう」
「だなっ!」
ミーリャが、失った分のポーションをストレージからホルダーに補充する。
「あっいまの戦闘でレベルが10になりました」
「おっナイス~、なら次はもっと楽に勝てるな!」
「ええ、この調子でどんどん攻略していきましょう!」
◆
女はSNSを眺めていた。
『ニュー・エリシオン』のヘビーユーザーである彼女は、暇さえあれば攻略サイトやSNSで情報を漁るのが日課だった。
「あれこのアカウント、この前見つけためちゃくちゃ可愛い子じゃん……」
数日前、SNSでアバターとリアルの写真を一緒に乗せていた、黒髪の少女。その子がライブ配信をしていたのだ。
「あれ、配信していることに気がついてないのかな?」
映像に映っているその少女と、仲間の少年はこちらに気がつく様子はない。
『ニュー・エリシオン』のストリーマー機能には、紐づけられているSNSに配信を告知する機能がデフォで設定されている。間違えて配信機能をONにしてしまったのだろうか?
「
二人がナイト・ピクテスを倒したタイミングで、彼女は配信を閉じようとした。
「盗み見するのも悪いしな、誤配信してるってチャットしとくか」
そう思い、スマホを手に持つ指を動かそうとした瞬間だった。
『あっいまの戦闘でレベルが10になりました』
———は?
少年が言った言葉に耳を疑う。
……レベル10で、
「いやいや、あ、ありえないでしょ」
レベルが正義のニュー・エリシオンにおいて、そんな、まさか。
それに、ナイト・ピクテスにダメージを与えていたのは彼一人だし、絶対にありえない。
しかし、さらなる衝撃が彼女を襲う。
「はぁぁ!? この子の装備している武器、武具屋の聖剣じゃね!?」
絶対に誰も装備できない武器じゃないの!?
すると、チャット欄が動いた。
〝なにこの放送事故?〝
衝撃で手が震える彼女はどうにか二人目の視聴者に言葉を返す。
〝レベル10が
〝んなわけあるか、はい、嘘乙〝
〝でもそう言ってたんだ。それに少年の武器見て見ろ!〝
〝せ、聖剣んんんん!?〝
〝な、ヤバイだろ?〝
こうして、後にモブ・チャープマンの名が広く知れ渡るきっかけとなった伝説の一日が、静かに幕をあげるのだった。
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