第24話 僕ができること
「モブの勝利を祝して、かんぱーい!」
「「おお!!」」
なみなみとリンゴジュースがつがれた木製ジョッキを傾けて、ジョッキをぶつけあう。ごくごくと喉を鳴らして飲み干すと、爽快な甘みが口いっぱいに広がった。
「ぷはぁー、リンゴジュースってこんなに美味しいですね!?」
「今日は私らのおごりだぜ!」
「ああ、遠慮するなモブ! お金残ってないんだろ?」
PVPを終えて、キョウノグラに戻ってきた僕らは
「でもよ、結局あれから何も起きないな。またしつこく仕返しにでもくんのかと思ってたけどさ」
山のように盛りつけられている蟹足に手を伸ばしながら、ミーリャがそうつぶやいた。
シノノメさん達は既に復活して、キョウノグラに戻ってきている筈だ。
あの口ぶりからして、すぐにでもやりかえしてくるもんだと想定していたが、まだ顔すら合わせていない。
「気にしても仕方ないさ、ただの負け惜しみだったんだろう」
カオスはそう言うけれど、本当にそうだろうか?
ずっと粘着されていたせいか、僕はすこし不安だった。あの能面のような憎しみのこもった彼らの視線は、ある種の覚悟を感じさせた。
元々手段を択ばないような奴等だ。これが取り越し苦労ならばいいのだけれど。
◇
その後、お祝いムードでお店をでた僕らはギルドへと足を運んだ。
ミーリャがストレージに溜まったアイテムを、時々僕がポケットにおすそ分けをねじ込んでいるNPCの少女に換金してもらう。
「あれ、君ってもしかして、
「おお?」
見知らぬ男が声をかけてきた。
ライトブラウンのポニーテールを揺らして、ミーリャが首をかしげる。
「誰だお前、リアルの知り合いか?」
「いや、中学で見かけたことあるだけで、喋ったことはないよ。空手部に凄い強い人がいるって噂だったから、一方的に知っているだけだ」
「へぇ、そうなんだ」
「うん、俺はもう卒業したけど、君の二個先輩だったんだ」
「……うん? てか、なんで私だって気がついたんだ、アバターと見た目全然違うのによ」
「え? だって、SNSに自分で公開してたじゃないか」
「いや、私はそんなことしてないぜ?」
「でも、昨夜の投稿にほら……」
男はクリスタル・タブレットを取り出して、ミーリャに見せる。
そこにはミーリャの写真と、もう一枚。黒髪ポニーテールの勝気そうな可愛い少女が写っていた。
「はぁ!? な、なんだこの投稿! 私こんなの乗せてないぜ」
「えっ、でもいつでも話かけてねって書いてあったぞ」
「どうなってんだこりゃ」
ミーリャは慌てて自分のクリスタル・タブレットを操作し……唸る。
「うげっ、ログインできねえ。乗っ取られてる!」
彼女は何度もいじくりまわすが、しばらくしてガックリと肩を落とした。
「だめだ、パスワードも変ってる。しかも、勝手に色んな個人情報も載せられてるしよ、うぇめんどくさ~」
「あの、それってマズイことなんですか」
僕が問いかけると、ミーリャは驚いたように瞬きした。
「そりゃ……マズイんじゃないか? リアルの大切な情報とかバラまかれているわけだし……場合によっちゃ安全に生活できないぞ」
「そんなに!?」
「ふっ、とくに超絶可愛い私みたいな子は、こんな風にナンパとかされちゃうようになるんだぜ!」
まるで落ち込んでない態度でミーリャがパチンと指を鳴らすと、男の人は顔を真っ赤にした。
「ナ、ナンパのつもりじゃないよ! ただギルドでたまに見かける子が知ってる子だったから気になっただけでぇ、あ、俺約束あるから行くわ!」
ダッシュで去っていた彼を見届けたミーリャが腕を組んで、うんうんと唸る。
「わっはっは、モテる女は辛いぜ!」
「そんな呑気な感じで大丈夫なんですか?」
「よくよく考えたら、別に隠すことでもないしなっ! あとでどうにかなるっしょ」
「それなら、よかったです」
ほっと胸をなでおろす。
ふと、このやりとりの最中に、一言も発さないカオスが気になって、彼を眺めた。すると、彼は震える手でクリスタル・タブレットを持っていた。
「そ、そんな……どうして……」
「……カオス?」
「っ、な、なんだ?」
明らかに、普通じゃない様子だった。
目は泳いでいるし、唇は痙攣しており卒倒しそうなほど顔色が悪い。
「……もしかして、お兄ちゃんもやられたのか?」
「……あ、い、いや……違うっ」
顔を伏せたカオスを、ミーリャが無言で眺める。重たい空気が漂った。
「困ったことがあったなら相談してください、水臭いですよ!」
心配になり声をかけてもカオスは顔を伏せたままだった。
何があったのか気になり、僕もクリスタル・タブレットを取り出すと、カオスにがしっと腕をつかまれた。
「……見、見ないでくれ……たのむ」
細い命綱に縋りつくような、切実な声だった。
「……カオス」
じっとりと額に汗を滲ませた彼を見つめていると、遠くからクスクスと笑い声がした。
「
「ぷぷ、隣にいる妹と全然似てなくね? くそ陰キャやんけ」
「おいっ聞こえてんぞ」
「「げっ!?」」
ギロリとミーリャが睨みつけると、彼らは気まずそうにギルドから出て行く。
「お兄ちゃ……」
「ごめん、俺今日は帰るから」
「まって、カオス!」
「ごめん!」
一体、どうなっているんだ?
◇
ギルドで呆然と立ち尽くす僕は、何が起きているのか理解ができていなかった。
カオスを追いかけたいと思ったけれど、ミーリャに「いまはそっとしておいてくれよ」と頼まれたので、仕方なく、頷いた。
「まさか、あいつらが言ってた仕返しって、これかよ。くだらねえことするなぁ」
はっとした。
そうだ、シノノメさん達が言っていた仕返し。
偶然が重なれば、そこに何かしらと意図があるとみるべきだ。
つまりこれは……
その時、ギルドの入り口から『クシナダ』の面々が入ってきた。
ユキノさんと目が合い、彼女は僕の方へと歩いてきた。
「……モブ、カスミから伝言が……」
「もしかして、カスミンさんもSNSを乗っ取られたんですか!?」
「……なんだ、知っていたのか。昨夜にその件が露呈してな、色々と問題がおきて、カスミはいま部屋からでれなくなった」
「カスミンさんが!? ユ、ユキノさんお願いです! 一度カスミンさんとお話できないですか!?」
彼女は力なく、首を横に振った。
「不可能だろう」
「そんな、どうして……」
「それで、カスミからの伝言だ……えーっと、あれ、なんだっけ……『あたしのことは忘れてほしい』……だったかも?」
「……わ、忘れてほしいだってぇ!?」
「……たぶん。まあ、モブは悪くないから、あまり気に病まない方がいいよ。じゃあ、クランの皆を待たせているから、私はこれで行くよ」」
「……っ」
カオス達だけじゃなくて、カスミンさんまで……それに忘れてってどういうことだよ。もう僕とは一緒に冒険できないってことなのか。
(ふざけんなよっ、こんな仕返しが許されるわけがないだろ!)
頭がカッとなった。
全身の地が巡り、怒りがむせ上がってくる。
「ミーリャ、一緒にシノノメさん達を見つけ出してやめさせましょう!」
「お、おう!」
しかし、キョウノグラのどこを探しても、彼らは見つからなかった。
夕暮れが、太鼓橋の上で意気消沈する僕に影を落とす。
「元気だせよモブ。人の噂もなんちゃらまでって言うだろ? 時間が解決してくれるさ」
「……だと、いいんですが」
だけど、それからカオスとカスミンさんがニュー・エリシオンにやってくる日はなかった。そして、一週間後、ミーリャさんから伝えられた言葉に僕は目の前が真っ暗になった。
「お兄ちゃん、ニュー・エリシオンを引退するってさ」
◇
この数日、何を食べても味がしなかった。
それでもレベル上げだけは続けた。
もし、停滞してしまったら、精神的にもう動けなくなるんじゃないかって不安があったから、そうした方がいいと思ったのだ。
きっとカオスとカスミンさんは戻ってくる。だから、信じて待とうと考えていた。
それなのに……
「お兄ちゃん、ニュー・エリシオンを引退するってさ」
ミーリャから告げられた言葉に、気を失いそうになった。
この数日で、僕は彼女から事件の詳細を知らされた。
特定の誰かに怨恨を持つ依頼人が復讐を求めると、それを生業とする業者が引き受ける。彼らは、標的のSNSアカウントを乗っ取り、そこからさらに深部のデータへと侵入する。そして、詳細な個人情報を漁り出し、本人がバレたくない情報を晒し上げる。
証拠はないが、『
いまはもう乗っ取られたアカウントは元に戻ったらしい。
とはいえ、一度公開された事実というのは消えない。
カオスには見ないでほしいと言われたけれど、心配になった僕は一度だけ彼のアカウントを覗いてしまった。
気分が悪くなるから詳細は省くが、乗っ取られて投稿されたものを閲覧して大体察した。彼は学校という場所で、イジメに近いことを受けていたようだ。それで、新たな場所を求めて、このニュー・エリシオンの世界にやってきのだと思う。
「わっはっは、私はまだまだ来るからさ、そんなに落ち込むなよモブ! これからは二人で冒険しようぜ!」
「……」
わざとらしいくらいに、明るく溌剌とした彼女の声。
それが余計に、僕の心の奥底で燻っている後悔を浮き彫りにさせる。
悔しかった。
部屋から出られなくなったカスミンさんのそばにいてあげられないことや、カオスの居場所を守れなかったことが、悔しかった。
もう一緒に冒険することはできないのだろうか?
二人は僕の大切な友達だ。離れ離れになってしまうだなんて考えたくもない。
ずっと独りぼっちだった僕に、友達と過ごす楽しさを教えてくれたのは二人じゃないか。どうして今更、僕に孤独の苦しさを思い出させるようなことをするんだよ……。
……いや、違う。
そうじゃないだろ。何を泣き言を言っているんだ僕は。
今まで何度あの二人に救われたと思っているんだ。
だったら、今度は僕が皆を救う番じゃないのか。
救う、そう救う方法だ。
後ろ向きな考えに囚われるんじゃなくて、二人がどうすれば戻ってこられるかを考えよう。
二人がこの世界に来られなくなったのは、シノノメさん達の嫌がらせで傷を負い怖くなったからだ。
だったら、その恐怖を取り除いてあげればいい。
でもどうやって?
……くそっ、わからない。
いや、諦めるな。もっと必死に考えろ!
僕の時はどうだった?
僕が一番恐怖を感じていた時間、それは道具屋の店員として過ごしていた時だ。意思はあるのに、一切合切の自由を剥奪されていたあの時間は、死よりも恐ろしいものだった。
あの地獄のような苦痛を乗り越えられたのは、ユキノさんがいたからだ。
自身が保持する
なら、今度は僕があの二人の心の支えになればいい。
勇気を与えれる、頼れる人なんだぞって、証明しよう。
出来るか出来ないかじゃなくて、やるんだ。
僕が弱いから、二人を不安にさせてしまったんだ。
英雄は仲間を見捨てたりしない。僕が理想とする冒険者はどんな試練も乗り越える!
「……ミーリャ、二人を連れ戻すために手伝ってほしいことがある」
「……え?」
「これから一緒にボス討伐に行きませんか?」
「は、はぁ!? ボスってギガント・キングピクテスのだろ!? 奨討伐レベル28の化け物だぜ!? 絶対に無理だって!」
「知っています。でも、無謀だからこそ、もし倒せたら二人に勇気を与えることができると思うんです」
そう伝えると、彼女は大きく目を見開いた。ゆっくりと一度瞬きをして……笑った。
「は、はは、い、いいぜ。やってやろうじゃんか! モブのそういうところ嫌いじゃないぜ」
「ありがとうございます! けど、ひとつ問題があって、どうすれば
「それなら問題ないぞ。クリスタル・タブレットには、ストリーマー用の配信機能があるから、ライブで映像を見せられる」
「ほう、よかった」
ガツンと拳を重ね合わせたミーリャが苦笑する。
「けど、大きく出たな! 正直、二人がかりで挑んでも、まったく勝てるビジョンが思い浮かばねえよ」
「二人? いえ、ミーリャは道中のサポートをお願いします。ボスは僕がソロで倒すので」
「…………は? え、えっと、ソロ?」
「うん」
冷や汗を滝のように流す彼女は口をぱくぱくとさせて、よろめいた。
「い、いやいや、何言ってんだよ!? あのヤギュウ・ユキノの『ジャインアント・キリングレコード』ですらレベル15差だったのに、いまのモブじゃっ」
「だからこそです。もし二人で挑んだら、記録更新にならないですから」
「……お、お前まさか!?」
「はい、僕は今日、
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