2.チャイコフスキー/交響曲第5番
チャイコフスキーの5番というのは、数あるクラシック曲の中でも非常に聴きやすい部類の名曲の一つであると思う。
分かりやすい。安定感がある。それでいてしっかり盛り上がる。面白い。王道というやつである。
私はチャイコフスキーが好きだ。スラブ行進曲とか1812年とかロメオとジュリエットとかくるみ割り人形とかも好きだが、特に交響曲では5番が好きだ。
6番が好きだった時期もあるがあれは若干変わり種である。今は定番中の定番である5番をより好ましく思っている。
今日は演奏会に出向くに当たって、何故自分がチャイ5について分かりやすいという感想を抱くのかという点を、意識してみることにした。
結論として、以下の三つの要素が大きいと私は思った。
①音階
②音量
③動機
①音階について。
チャイコフスキーはとにかく音階を多用する作曲家だ。
要はドレミファソラシドとかドシラソファミレドといったような、隣り合う音を順繰りに上がったり下がったりする音形である。
これをチャイコはメロディーにも伴奏にも頻繁に使う。
例えばくるみ割り人形の中のパ・ド・ドゥという曲のメロディーなんかは、笑ってしまうほどに顕著である。
チャイ5でも、むしろ音階がない瞬間がないくらい音階を使う。場合によっては弦五部のコントラバスからバイオリンにかけてバトンを繋ぐようにして音階を上げていく。
聴く側としては、基本的に音が上に登っていく時に盛り上がり、下に下がっていく時に落ち着けば良い。簡単だ。
そもそも人間のテンションというのはそういう風にできている。音が上がるにつれボルテージが上がり、頂点に達すると最高にブチ上がるのは、我々の遺伝子に刻まれた性質なのだ。
トークの上手い人が、抑揚をつけて分かりやすく話してくれているのとも似ている。ああ、ここで一呼吸置きたいよね、ここで相槌を打ちたくなるね、ここは反応せざるを得ないわね。なるほど面白い。
②音量について。
チャイコフスキーはとにかく音量の指示がうるさい作曲家だ。
楽譜を見れば分かるが、どの曲にも
ところが
よって、譜面には
結果として音量のグラデーションがより細やかに、かつ豊かに表現されることになる。
曲においては、上がり下がりする音形に沿って、音量も緻密に上がり下がりしてくれる。フレーズの山と谷の曲線が尚更なぞりやすく、気持ちの動かし方が明確に分かる。というか自然とそのように誘導される。そのためバイブスが上がるという現象が起きる。
曲がそのような作りをしているし、奏者もそのように演出する。音楽とはつまるところ、その瞬間に人の感情をどう揺さぶるかということに特化した時間芸術だ。
落語家の噺において、ヤマとかオチとか笑い所とかを、観客が勘違いすることが決してないのとも似ている。ここがピーク、ここがオチ、ここが笑い所。安心して楽しめるのも道理である。
③動機について。
クラシック音楽における動機とは、曲全体を象徴するようなテーマ的なフレーズだと思っておけば良い。曲中では形を変えながら繰り返し出てくるし、重要なポイントなら必ず出てくる。
有名なのはベートーヴェン5番「運命」の「ンダダダダーン」である。
チャイ5においては、冒頭の暗く重々しく不穏な動機が、楽章を跨いで表情を変えながら出現し、最終的に華々しく堂々たる形で盛大に奏でられる。
小説を読んでいて最初に提示されたシリアスな疑問が、ずっとちらついていたミステリアスな伏線が、最後にとても綺麗かつ鮮やかに回収されてハッピーエンドを迎えるのとも似ている。
こんなのは誰だって大好きだし興奮するに決まっている。
優れた構成、優れた文体、優れた演出、優れた読後感。直木賞は確実だ。否、チャイコならノーベル文学賞と比較しても遜色ない。
そして三つと言ったが、もう一つ付け足しておきたいのはティンパニの仕事ぶりであった。
ここは盛り上げどころです! という場面で絶対に出てくる。このドコドコと腹に響く打楽器が出てくると、もうそこは絶対に盛り上がっている。
凄まじい効果である。
そんな訳でチャイ5は、曲の解釈に悩むとか、この部分の受け取り方に困るとか、そういった謎の時間が一切訪れなかった。
こちらは、ただ流れ来る音に従っていれば、ごくごく当たり前に曲を満喫できる。ただただノリに任せれていれば良いのだ。分かりやすい。素晴らしい。
こういう、うまく感情が動くように作られたものを、エンターテインメントと呼ぶのだろう。
何かもうずっと楽しかった。
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