第35話
建物の炎は完全に消えた。
通報者の俺は、警察から事情を聞かれた。
俺はたまたま通りかかったら煙が見えたので火事だと思って通報したと手短に説明した。
事情聴取はそれだけで終わった。
厄介だったのは、建物は、半焼といった具合で、崩落の危険性があるため、住人は自分の部屋へ戻ることが出来なくなってしまったことだ。
公衆電話を使い、蒼井ちゃんは母の職場に電話をかけて事情を説明した。
蒼井ちゃんの母親は、蒼井ちゃんの命が助かったことに安堵し、蒼井ちゃんに怪我がないかなんども確かめた。
「私は大丈夫だからお母さん。家が燃えちゃったけど…」
「家なんてどうでもいいわよ!!あなたが無事だったならそれが1番よ!」
「うん。先輩が助けてくれたの」
「先輩…?」
「そう。前に話したでしょう?コンビニ強盗から助けてくれた先輩。今日、たまたま友達に会いにここにきてて、気を失った私を建物から運び出してくれたの」
「まあ…!!先輩はそこにいるの!?」
「うん。隣にいるよ」
「すぐに代わってちょうだい!!」
蒼井ちゃんが電話を渡してきた。
俺は蒼井ちゃんの母親から、感謝の言葉をもらった。
今度直接会ってお礼がしたいと言われた。
俺が気にしないでいいといったが、母親は食い下がってきた。
「ぜひ会ってください!!娘の命を二度も救ってもらったのですから…!」
「そ、それなら…」
結局押しに押されて、俺は後日、蒼井ちゃんのお母さんに会うことになってしまった。
「ご、ごめんなさい、先輩。迷惑ですよね?」
「いいや、別にいいよ」
「私のお母さん、悪い人じゃないんです。いつも私のことを心配してくれるいいひとで…」
「だろうな。蒼井ちゃんのことを愛してるのがすげー伝わったよ」
七瀬の両親のように、娘を蔑ろにする親もいれば、蒼井ちゃんの母親のように、少し貧乏かもしれないが、精一杯娘を愛する親もいる。
火元が隣の部屋だったために、蒼井ちゃんの部屋はおそらくほぼ全焼だろうが、それでも蒼井ちゃんに先ほどのような悲壮感はもうなかった。
おそらく蒼井ちゃんとその家族なら、この困難も乗り越えていくことだろう。
「うん。大丈夫。えっと、今日はね…うん…泊まらせてもらうことになったから…うん。私のことは大丈夫…うん…真也にも連絡して…うん…真也は友達多いから…うん…うん…」
やがて蒼井ちゃんは電話を終えた。
電話ボックスから出たあと、蒼井ちゃんが縋るような目で俺のことを見てくる。
「あ、あの…先輩…とても図々しいお願いなのですが…」
「おう、いいぞ」
電話の会話内容でなんとなく察していた俺は、即座に了承した。
「ほ、本当ですか!?」
「ああ。こう言う時は助け合わなきゃな……一応俺の部屋、散らかってて汚いし、一人暮らしだけど…それでも構わないなら…」
「あ、ありがとうございます……一晩だけお世話になります」
「よし。それならついてきてくれ。こっちだから」
「はい!」
俺は家を失ってよるべのない蒼井ちゃんを一晩だけ止めることにした。
女の子を家にあげるのは初めての経験だった。
「適当にくつろいでくれ」
「わぁ…これが先輩の部屋…」
俺の部屋を見渡した蒼井ちゃんがそんな無邪気な感想を漏らす。
あんなことがあった後なのに、蒼井ちゃんは興味津々といった表情で、俺の室内を見渡している。
「あ、あんまり見ないでくれ…恥ずかし
い…」
「うふふ。私の弟と同じぐらい、整頓された部屋ですね」
「…それって綺麗ってことか?」
「いいえ。すごく汚いです」
「…そうですか」
俺はとりあえず汚れものを床に脱ぎ捨てておく癖はこれから改めようとそう誓った。
「先輩。お部屋の片付け手伝わせてください」
「え、いやっ…いいって!」
「私、何かお礼がしたいです。弟の散らかした部屋を片付けてますから、手際いいですよ?」
「いや、本当に大丈夫だから…」
「安心してください。床に落ちているティッシュには触りませんから」
「…っ!?」
「弟の真也も、ティッシュに触るとすごく怒るんですよ。ふふふ」
「か、勘弁してよ蒼井ちゃん」
「冗談です先輩」
蒼井ちゃんがイタズラっぽく笑う。
なんだか蒼井ちゃんのいつもとは違う一面を見た気がした。
「さ、先にお風呂使っていいぞ。か、顔が煤だらけじゃないか…」
「わかりました。ありがたく使わせてもらいますね?」
俺は蒼井ちゃんにお風呂を勧めた。
蒼井ちゃんが浴室の方へ歩いていく。
「先輩?」
「なんだ…?」
「のぞいちゃダメですよ?」
「の、覗かないから…!」
「うふふ。信用してます」
蒼井ちゃんは機嫌良さそうに笑いながら浴室に入っていった。
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