はぐれ弓兵ネルの絶対的に自由な人生

枕崎 純之助

序章 自由な女

 故郷で暮らしていた頃の夢を見た。

 外に女を作って出ていったロクデナシの父親。

 酒を飲んでは自分をなぐる人でなしの母親。

 家族というものにはいい思い出が無かった。


 だがそんな自分にも友がいた。

 数は少ないが気楽に好き勝手言い合える者たちだった。

 そんな中でも金色の髪を持つ年下の友の顔は今も鮮明に覚えている。

 彼女は言った。

 離れてもずっと友達だと。


 家族を捨て、所属していた軍を抜け、自由を求めて国を飛び出してから半年以上になるが、今でも彼女のことは夢に見る。

 夢の中の彼女はいつも堂々としており、太陽のような笑顔で自分を見守っているのだった。

 

 ☆☆☆☆☆☆


 早朝の薄暗い部屋で目を覚ましたその赤毛の女は、褐色かっしょくの肌をあらわにした体を起こした。

 安宿のベッドのとなりにはゆうべ情を交わした男が裸で眠っている。

 昨夜酒場で意気投合した男だが、名前はよく覚えていない。

 女はベッドから離れると下着を身に着け、服と革鎧かわよろいを着込んでいく。

 衣擦きぬずれの音に気付いた男が目を覚まして女に声を掛けた。


「もう朝か……どうだ? この後、朝飯でも」


 そう言う男に女は背を向けたまま言った。


「悪いな。アタシはもうやることやってスッキリしてんだ。飯なら1人で食ってくれ」


 まるで男のような粗野そやな物言いのその女は部屋の木窓を開ける。

 差し込む朝日が彼女の鮮やかな赤毛を照らし出した。

 短めの赤毛が風にそよぐ。

 年の頃はまだ18の若い女だった。


 女は壁際かべぎわに立てかけておいた自分の私物を手にする。

 それは……弓と矢筒やづつだった。

 女は弓兵だ。

 身支度みじたくを終えて部屋を出て行こうとする女に、男は少々落胆した調子で声を掛ける。


「アッサリしたもんだな。ダニアの女ってのは。名前くらい聞かせてくれよ」


 そう言う男に嘆息たんそくして女は振り返ると言った。


「アタシはネル。まあ、またどこかで会ったら声でもかけてくれ。ゆうべはなかなか良かったぜ。あばよ」


 そう言うとネルと名乗った女はとびらを開けて悠然ゆうぜんと宿を後にする。

 彼女は自由だった。

 どこの国にも所属せず、誰からもしばられず、流浪の民として生涯しょうがい続くであろう自由を心から楽しむ女だった。

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