第27話「不憫な少女(?)」
「――それじゃあ、私は帰るわ。後のことはよろしくね」
「帰ってしまうんですか……?」
ホッとする翠玉と風麗に気が付かず、雛が寂しそうに真莉愛さんを見つめる。
そのため、余計なことを言うな、とでも言わんばかりの目を翠玉が雛に向けた。
賢い風麗は、翠玉のような行動を取らないが、気持ちとしてはきっと翠玉と同じだろう。
「私も一緒にご飯を食べたいところなのだけど、誰かさんのおかげで仕事を切り上げてきていてね。戻ってしないといけないのよ」
真莉愛さんは雛にニコッと笑みを向けた後、黒いオーラを纏いながら薄っすらと開いた瞳で翠玉を見つめる。
翠玉のせいで、という意味合いがあるのだろうけど、呼び止めた雛に対して翠玉が向けた表情もわかっていての、あの表情だと思う。
「また今度、ゆっくりしていってください」
俺はあえて翠玉と真莉愛さんの間に立ち、笑顔で社交辞令を交わす。
当然、俺の思惑なんて見抜いているであろう真莉愛さんはそのことには触れず、ポンッと俺の頭に手を載せてきた。
「
真莉愛さんは慈愛に満ちた笑顔でそう言い残し、白雪さんのお母さんたちを連れて去っていった。
最後の言葉は、今日一日濃い時間を過ごした俺に対する、
無茶ぶりをよくされるものの、あんな表情を向けられたことはあまりないので、少しくすぐったかった。
あと――白雪さんのお母さん、いたんだな……。
メイドさんたちが翠玉の荷物を運び入れる時はいなかったはずなのだけど、さてはサボっていたのか?
まぁ、あのメイドさんたちは白雪さんのお母さんからしたら部下のようなものだろうし、わざわざ自分で動く必要がなかっただけかもしれないが。
とりあえず、人を使うのはうまそうな人だな、とは思った。
真莉愛さんの系譜だしな。
「さて、これからどうするか、なんだけど……」
真莉愛さんが帰ったはいいものの、数時間前までバチバチとやりあっていた奴や、そんな奴に怯えているかわいい妹、そして既になぜか我が家のように馴染み始めているおとなしい二人がいるわけで、普段雛と二人きりの俺はどうするべきか困ってしまう。
こういう時は外出してご飯を食べたほうがいいのかもしれないが、翠玉は今の体の状態では外を歩くのも一苦労だろう。
未だに、顔は赤いままで、服が擦れるだけで苦しそうだし。
そう悩んでいると――
「みゃ~」
――真莉愛さんが帰ったことで、みゃーさんがリビングに出てきた。
今までどこかに隠れていたようだ。
「ね、猫……!?」
直後、ソファに座っていた翠玉が素っ頓狂な声を出し、近くにいた俺に飛びついて来た。
そのまま、すぐに俺の腕に抱き着いてきてしまう。
「おい……」
思わぬ行動に、俺は苦笑するしかない。
こいつ、熊だからポチに怯えていたんじゃなく、動物全般駄目なタイプか……?
「翠玉様は、動物がお嫌いですので」
「いや、これって嫌っているっていうか……」
どう見ても、怯えているだろ……?
と、説明をしてくれた白雪さんにツッコみたくなる。
こんな愛くるしい猫――というか、みゃーさんに怯えるだなんて、こいつほんとなんなんだ。
絶対学校での女王様みたいな振る舞い、格好でしかなかっただろ?
とすら思ってしまう。
なんせ――猫に怯える女王様だなんて、
弱い犬ほどよく吠えるとは、言いえて
――と、思っていた時だった。
風麗から、かつてないほどの威圧を感じたのは。
「ねこ、ちゃん……!」
「みゃああああああああああ!?」
殺気とも取れなくない威圧を受けたみゃーさんは、ビュンと一瞬にして逃げてしまう。
当然だ、俺でさえ一瞬気後れするほどの威圧なのだから。
目だって、血走っている。
姉が怯えさせられたので、怒ったのか……?
「おい、何を――!?」
「あぁ……逃げられた……」
俺が文句を言おうとすると、逃げ去ったみゃーさんの方角に視線を向けていた風麗が、シュンと落ち込んでしまう。
まさか……。
「風麗様は、小動物が大好きなのですが、動物に恐れられる真莉愛様と、動物嫌いの翠玉様に気をお遣いになり、小動物と触れ合うことがほとんどできませんでした。そのせいで、こじらせてしまい――今や、小動物を見かけるだけでご覧のありさまです」
またもや、説明をしてくれる白雪さん。
彼女の言う通り、風麗は小動物が大好きなのだろう。
そして、真莉愛さんは姿を現すだけで動物は逃げてしまうし、翠玉は小動物だろうと近付けるだけで怖がってしまうから、翠玉といつも一緒にいる風麗は小動物と触れ合えなかったようだ。
ポチのこともとてもかわいがっていたようだし、動物自体がそもそも好きなのだろう。
だけど、屋敷の地下で飼える猛獣たちとは違い、小動物はあの中に入れようにも、襲われたり喰われたりする恐れがある。
だからこそ、小動物に対して一種の飢えが風麗の中で生まれてしまったんじゃないだろうか?
そして、こじらせたが故に――小動物を見たら血走って威圧と勘違いするほどの覇気を発し、お付きの女子生徒たちを小動物のように見ていた――ということだろう。
つまり、俺が過去に風麗のことをやばいと思った女子生徒を可愛がる表情も、小動物好きをこじらせたが故らしい。
……うん。
ここまで憐れな子も、そうそういないかもしれない……。
「風麗、その意気込みというか……威圧のオーラ、抑えられないか……?」
「んっ……? そんなの出てる……?」
ふむ、やっぱり自覚なしか。
「みゃーさん連れてくるから、なるべく気持ちを落ち着かせて接してみてくれ」
「気持ちを……落ち着かせる、なんて……無理……」
「うん、それでもやってくれ」
かわいい猫を前にして興奮してしまうんだろうけど、先程の威圧を受けていたらみゃーさんが弱ってしまう。
何より、一緒に暮らすならみゃーさんに慣れてもらわないと、みゃーさんが家の中を歩けなくなるので、ここで落ち着いてもらうしかない。
「なるべく、無心になる感じだ」
「わかった……」
風麗は素直に俺の言うことを聞き、コクッと頷いた。
それを見た俺は、みゃーさんが逃げたほうに向かおうとするのだけど――
「んっ……!? ちょ、ちょっと、急に動かないでよ……!」
――俺にくっついたままだった翠玉が嬌声を漏らし、すぐさま照れ隠しのように文句を言ってきた。
「いや、離せよ……」
「あっ……か、勘違いしないでよね! 別に抱き着きたくて抱き着いたわけじゃないから……!」
指摘をすると、翠玉は顔を赤くしたまま、スッと俺の腕を離した。
しかし、悪態をつくように誤魔化してきたので、『お前はツンデレか』とツッコみを入れたくなる。
まぁ、ツッコむと絡まれてめんどくさいことになりそうなので、スルーしておいてやるのだが。
「――みゃーさん、大丈夫だから出ておいで」
俺は部屋の隅に隠れるようにして丸まっていたみゃーさんを見つけ、優しく抱き上げる。
猫なのに抱っこが好きなみゃーさんは、安心したように体から力を抜いた。
俺がそのまま風麗の前に連れて行くと――風麗は、またもや威圧を……ということはなく、頑張って無心に努めているようだった。
おかげで、みゃーさんも風麗に対する警戒を解いてくれる。
すぐさま警戒を解いてくれたのは、俺が彼女のもとに連れて行った、というのも大きかったのだろう。
一応これでも、みゃーさんには信頼されている気がするからな。
「ねこちゃん……」
みゃーさんが近くに来た風麗は嬉しそうに頬を緩め、年相応のかわいい笑みを浮かべた。
俺はその表情に見惚れそうになるも、温かい気持ちになりながらみゃーさんを彼女に近付ける。
「ほら、その状態なら撫でさせてくれるから」
「んっ……。君、白い毛だったんだね……。私と同じ……」
みゃーさんに触れることができた風麗は、嬉しそうに笑みを浮かべるが、彼女の言葉に俺は少し引っ掛かりを覚えたのだった。
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