第6話「小さき少女の猛攻」

 一発目を躱したからか、白雪さんは俺と間合いを図るようにこちらの様子を窺っている。

 だから俺は、視線を再度翠玉えめらへと戻した。


「一応聞いておくんだけど……戦わないという選択肢は?」

「妹のことが大切ではないのだったら、好きにすればいいわ」


 つまり、決闘しなければ話を聞かない、ということか。


「よそ見とは、余裕ですね?」


 決闘相手である自分から視線を外したことが気に入らなかったようで、すかさず白雪さんは俺の意識を刈り取ろうと一瞬で懐に入り、容赦なく俺の顎目掛けてアッパーをしてきた。


 この子、先程の手刀でわかっていたけど、異常に速い……!

 いったいどんなバネをしてるんだ……!?


「――っ。これも躱しますか……」


 ギリギリのところで避けた俺に対し、白雪さんは舌打ちしたそうに睨んでくる。

 翠玉が言っていた、熊にも勝ったというのもまんざら嘘ではないのだろう。


「お、おい、見えたか……?」

「いや、速すぎて全然……」


「さすが、翠玉様のお付き人……! 人並外れてるわ……!」

「かわいいお顔なのに、もはや存在が凶器ね……!」


 男子は驚愕し、女子は歓喜する。

 翠玉に取り入りたい女子たちが喜んでいるのはわかるが、最後のは誉め言葉なのだろうか……?

 疑問ではあるが、そんなことに思考を巡らせる余裕はない。


「当然ね」


 ……観客たちの反応で勝ち誇ったように笑みを浮かべている翠玉には、少しイラッとくるが。


「スポーツでも、されているのですか?」

「生憎、部活やクラブに入ったことはないな」


 一撃で沈めようとしても躱される。

 そう判断した白雪さんは、身軽さを活かしてジャブを立て続けに打ち込んできた。


 殴ってきている最中に雑談してくるのは、ちょっとずるくないか……?


「す、すっげぇ……」

「あれ、本当に人間の動きじゃねぇよ……」

「てか、ただの私立校で、なんでバトルが行われてるんだ……?」


 文字通り、目にも留まらぬ速さでパンチを繰り広げる白雪さんに対し、観客は唖然としていた。

 無理もない、俺だってこの事態は想定できなかったのだから。


 とりあえず、いい加減あの女王様には誰かが天誅てんちゅうを下さないといけないと思う。

 いくらなんでも、好き放題しすぎだ。


「ふふ……あの子は幼い頃から、特別な訓練を受けて育っているもの。ただの学生が勝てる相手じゃないわ。むしろ、よく粘ってるほうね。まぁ、地べたに這いずることになるのも、時間の問題でしょうけど」


 ――と、実に楽しそうに解説してくれる女王様。

 ほんと、あいつが女の子じゃなかったら一発ぶん殴ってるのに。

 そう思うくらいには、俺も苛ついていた。


 そんな中――俺の視界の端で、風麗ふれいがゆっくりと俺を指さす。


「でも……効いてない……」

「――っ!?」


 俺の状況を正しく認識していた風麗が静かに呟くと、翠玉が驚いて目を見開いた。

 それにより、他の生徒たちも反応する。


「お、おお!? まじか、避けてるのか!?」

「いや、喰らってるだろ! なんであいつ平気なんだ!?」


 と、先程まで状況に圧倒されていた男子たちは声を上げ。


「ふ、ふん、ただ強がってるだけでしょ! 翠玉様の言う通り、すぐ倒れるに決まってるわ!」

「そうそう! あんなの、普通の人間が耐えられるわけないんだから!」


 と、女子たちは動揺を隠すように、偉そうな態度で俺のことを笑った。


「まぁ、見えてないならあの反応も無理はないな……」

「――っ。一般学生と聞いていたのに、あなた、いったい何者ですか……!?」


 先程まで俺を見下していた白雪さんは、今は屈辱を受けているように顔を歪め、ほんのり冷や汗をかいていた。

 当事者である彼女からしても、想定外の事態だったのだろう。


「いや、ただの学生だけど……」

「ふざけ、ないでください……!」


 俺の答えに苛立った白雪さんは、一瞬大きなタメを作る。

 そして、即座に踏み込んで俺のみぞおちをグーで抉りにきたが、俺は先程までと同様、手で軽くそれをいなした。


 皆は驚いているが、ずっと俺は彼女の手をいなしていただけなのだ。

 つまり喰らっていないので、倒れるはずがなかった。


「こんな芸当、ただの学生ができるはずないのです……! 反応すらできないはずなのに……!」

「本当にただの学生だよ。ただ……高校に入るまで、超絶スパルタ教育を受けていただけで」


 この子の攻撃は確かに速い。

 それはもう、俺が戦ってきた中ではトップクラスに速いだろう。


 でも、それだけだ。

 小柄なせいか一発の威力はそこまで強くないし、焦りのせいで次第と狙いも見えてくるようになり、今となってはもう彼女の動きが手に取るように読めてしまう。

 だから、いなすことは難しくなかった。


 そうして、彼女の攻撃をいなしていると――。


「なにをしているの、氷……! 遊ぶのもたいがいにしなさい!」


 白雪さんの主である翠玉えめらが、声を荒げた。

 一応、𠮟咤しった激励げきれいではあるのだろうけど……。


「――っ」


 翠玉に無様を晒すのはまずい。

 そう考えたのか、顔を中心に狙って来ていた白雪さんの動きが変わる。

 今度は、俺の腹を中心に狙い始めた。


 ――と思ったら。

 容赦なく、男の急所目掛けて足を振り上げてきた。


「ちょっ!? そこを狙うとか、人の心がないのか!?」


 あまりにも容赦がない一撃に、俺は右手を手刀にして彼女の右足を叩き落としながら文句を言う。


「うるさいです! これは決闘なのですから、弱点を攻めるのは当然なのです……!」

「決闘ってもっとルールとかでちゃんとしてないか!?」

「屁理屈を言うな、です……!」


 ツッコミを入れると、白雪さんは俺の下半身と腹部を中心にグーで狙ってきながら、あるじ同様声を荒くした。


 この子、クールと思ったけど意外と中身も子供っぽいな……!?


 そう思いながらも、さすがに男の急所をやられるのはまずいので、俺も必死に防ぐ。


 そんなふうに攻防を繰り広げている中、ある疑問が俺の脳裏を横切る。

 彼女の俊敏な動きであれば、熊を翻弄することはできるだろう。

 だが、こんなにも軽い攻撃で、熊を倒すことができるのか?


 ――無理だ。


 熊と強制的にやりあったことがある俺にはわかるが、彼女の攻撃で熊を沈めることなんてできない。

 それに、あれだけ防がれていたのに、なんで逆に攻撃範囲を狭めるようなことを――と、思考を巡らせた時だった。


 苛立ちながら攻撃してきていた彼女の口元が、一瞬緩んだのは。


 同時に、『ふっ、終わりね』という翠玉の勝ち誇った声も耳に入ってくる。


 直後……一瞬にして、白雪さんの姿が目の前から消えた。


 いや、正確には、一瞬にして俺の視界から外れたのだ。


「隙あり、です……!」


 下向きになっていた顔を上げると、白雪さんが宙に浮いており、体を傾けながら右足を鞭のようにしならせていた。

 そして――桃色のかわいらしい下着が丸見えになるのもおかまいなしに、全体重を乗せるように俺の首元に叩き込んできた。


 終わった――誰もが、そう思っただろう。


 しかし――

「なん、で……?」

 ――教室に響いたのは、俺の呻き声ではなく、空中回し蹴りを繰り広げた白雪さんの戸惑う声だった。


「うそ、でしょ……?」


 白雪さんの声に続くように聞こえてきたのは、勝ち誇っていた翠玉だ。

 彼女は大きく目を見開き、白雪さんと――彼女の右足を右手で掴む、俺を見つめていた。


「う、うぉおおおおお!? と、止めてるだと!?」

「あれに反応できるとか、あいつも人間じゃねぇよ!」


 まさかの展開に、廊下が再び盛り上がりを見せる。

 逆に、教室内は不自然なほど静寂に包まれていた。

 誰もが、言葉を失っているように見える。


「入る、直前……咄嗟に、右手で掴んでた……。おそらく、氷の動きが読まれたね……」


 教室内の空気を壊したのは、意外にも風麗の静かな声だった。

 固まるばかりで唖然とする姉とは違い、状況を冷静に把握していたようだ。

 何より、俺たちの攻防が彼女には見えていたらしい。


 双子だというのに、スペックは姉と妹で差があるのかもしれない。


「――って、さすがに掴んだままはまずいか」


 周りの反応を観察していたせいで白雪さんの足を掴みっぱなしになっていた俺は、パッと手を放した。


 すると――

「あっ……」

 先程までの超人的な動きが嘘だったかのように、白雪さんは受け身を取ろうとしないまま床へと真っ逆さまになってしまう。


「なっ!? まじかよ……!」


 思いがけず彼女に怪我させそうになった俺は、慌てて彼女の手を引っ張り、抱き上げた。


 そんな俺たちを見て、女子たちが口を揃えて呟く。


「「「「「あっ、お姫様だっこ……」」」」」


 ――と。


 いや、うん……。

 咄嗟に抱き上げたからそうなっただけなので、あまり気にしないでほしいんだが……。


 と、気まずい気持ちになりながら、俺は心の中で言い訳をする。


 それにしても、問題は白雪さんだ。

 思わず放心してしまうほど、切り札を俺に止められたのがショックだったようだが……。


「怪我はないと思うけど……大丈夫か?」


 もう勝負は終わりだ――そう思った俺は、心配になって彼女の顔を覗き込んでみる。

 さすがに、こんな小柄な女の子を怪我させていたら申し訳ない。


 そんな心配をしていると――

「は、はぃ……」

 ――なぜか顔を赤く染めながら、ソッポを向かれてしまうのだった。


 うん……嫌われたか?


=====================

【あとがき】


読んで頂き、ありがとうございます(*´▽`*)


話が面白い、氷がかわいいと思って頂けましたら、

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これからも是非、

楽しんで頂けますと幸いです!

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