第21話 陰キャ、その先に待ち受けるのは絶望か希望か ーあれ? 俺の青春ラブコメ変じゃね?ー

 不知火先輩が部屋を出ていった後、俺と瀬良先輩はしばらく無言で立ち尽くしていた。

 

 気まずい。気まずすぎる――てか、俺この後どうなるんだよ……死ぬのか? 俺は。


「……とりあえず、先輩、着替えてください」


「そ、そうね……」


 瀬良先輩は顔を真っ赤にしたまま、棚からいつもの制服を取り出した。


「高一くん、外に――」


「はい、出ます! 出ますとも!」


 俺は慌ててパソコン室を飛び出した。 

 廊下に出ると、少し離れた場所に不知火先輩の姿が見えた。

 壁にもたれかかって、何か考え込んでいるようだ。


「あの、不知火先輩……」


 俺が声をかけると、不知火先輩はこちらを向いた。


「高一くん……さっきのって、どういうこと?」


「えっと、その……」


 どう説明すればいいんだ? 瀬良先輩と俺の約束のこと? 官能小説のシチュエーションのこと? いや、それを説明したら余計にヤバいことになる。


「由良が……バニーガール着てたよね」


「は、はい……」


「なんで?」


「それは……俺が小説のアイデアで先輩をあっと言わせたら、先輩が書いてる官能小説と同じシチュエーションをしてくれるっていう約束があって……」


「官能小説……」


 不知火先輩が少し考え込む表情をする。


「それで、由良が書いてる官能小説にバニーガールが出てくるってこと?」


「そ、そうみたいです……」


「へぇ……」


 不知火先輩は少しだけ笑った。


「由良、そういうの書いてたんだ。知らなかった」


「え、知らなかったんですか?」


「うん。由良、私には作品あんまり見せてくれないから」


 不知火先輩は少し寂しそうに笑った。 

 その表情に、俺は少しだけ胸が痛くなる。


「でも……高一くんには見せてるんだね」


「え、あ、それは……」


「いいの。由良が心を開いてくれる人がいるって、嬉しいから」


 不知火先輩はそう言って、優しく微笑んだ。


「ただ……」


「ただ?」


「あんまり無茶なことはさせないでね。由良、意外と流されやすいから」


「は、はい……」


 その時、パソコン室のドアが開いた。 

 制服に着替えた瀬良先輩が、恥ずかしそうに顔を出す。


「優花……」


「由良」


 二人は顔を見合わせた。


「ごめん、変なところ見せちゃって」


「ううん、いいの。でも――」


 不知火先輩は瀬良先輩に歩み寄り、耳元で何かを囁いた。 

 瀬良先輩の顔が真っ赤になる。


「ゆ、優花!?」


「ふふ、冗談だよ」


 不知火先輩はそう言って、俺の方を向いた。


「じゃあ、私は部活に戻るね。高一くん、由良のこと、よろしく」


「え、あ、はい……」


 不知火先輩はそう言い残して、体育館の方へと歩いていった。


 ※ ※ ※


 不知火先輩が去った後、俺と瀬良先輩はパソコン室に戻った。

 

 気まずい空気が流れる。


「……高一くん」


「はい?」


「さっきは……ごめんね」


 瀬良先輩が小さく謝った。


「いえ、俺が調子に乗って写真撮ったりしたせいで……」


「ううん、私が暴走しちゃったから」


 瀬良先輩は少し恥ずかしそうに笑った。


「でも……高一くんの小説、本当に面白かったわ」


「ありがとうございます」


「特に、主人公の内面描写がいい。孤独だけど、それを受け入れようとしている感じが伝わってくる」


 瀬良先輩は真剣な顔で言った。


「高一くん、もしかして……自分のこと書いてる?」


「え……」


 図星だった。 

 俺は少しだけ、自分の気持ちを主人公に重ねていた。


「いいと思うわ。自分の経験や感情を物語に昇華させる――それが小説の醍醐味だもの」


「先輩……」


「だから、このまま書き続けて。完成したら、私が一番最初に読むから」


 瀬良先輩は優しく微笑んだ。 

 その笑顔が、あまりにも綺麗で。

 俺は思わず顔を赤くしてしまった。


「は、はい……頑張ります」


「うん。期待してる」


 瀬良先輩はそう言って、再びパソコンに向かった。 

 俺も自分の席に座り、アイデアノートを開く。

 静かな部室に、キーボードを叩く音だけが響く。なんだか、心地いい。


「ねえ、高一くん」


「はい?」


「今度、二人でまた美術館行かない?」


 瀬良先輩がパソコンから目を離さずに言った。


「え、あ、はい! 行きます!」


「じゃあ、決まり」


 瀬良先輩は満足そうに微笑んだ。


 ――俺の青春ラブコメは、まだまだ続きそうだ。


 ※ ※ ※


 その日の夜。 

 俺は自室で、スマホを眺めていた。

 さっき撮った、瀬良先輩のバニーガール姿の写真。

 ……消すべきか、残すべきか――いや残しておきたい、こんな格好の先輩の写真なんて消せるわけがない。


「いや、これは証拠として残しておくべきだろ」


 そう自分に言い聞かせて、写真をアルバムに保存する。 

 その時、スマホに通知が来た。


『LINE - 瀬良由良』


 瀬良先輩からだ。 

 俺は慌ててメッセージを開いた。


『さっきの写真、消してね?』


 ……ですよね〜、消すフリして消さないどこうかな。


『分かりました』


 そう返信しようとして、ふと思いついた。


『でも、小説の参考資料として必要なんですが……』


 しばらくして、返信が来た。


『……一枚だけなら、いいよ』


 俺はガッツポーズをした。

 しゃおらぁ! この勝負俺の勝ちだァ!


『ありがとうございます!』


『代わりに、小説ちゃんと完成させてね』


『はい、必ず!』


 メッセージのやり取りを終えて、俺はベッドに寝転がった。 

 天井を見上げながら、今日のことを思い返す。 

 バニーガール姿の瀬良先輩。あの距離感。触れそうだった唇。


「……ダメだ、また変な妄想してる」


 俺は頭を振って、雑念を払った。

 そして、机に向かい、小説の続きを書き始めた。


 主人公が内気な少女と出会い、少しずつ心を開いていく物語。

 それは――俺自身の物語でもあった。ペンが止まらない。言葉が溢れてくる。

 気づけば、深夜3時を過ぎていた。


「……そろそろ寝ないとな」


 俺はノートを閉じて、ベッドに倒れ込んだ。目を閉じると、瀬良先輩の笑顔が浮かんでくる。


「……明日も、頑張るか」


 そう呟いて、俺は眠りについた。 

 これからどんな展開が待っているのか分からないけど――きっと、悪くない。 

 そんな予感がしていた。

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