第21話 夏だ!海だ!混沌だ!

 海に向かうために今現在俺たち三人は電車内だが、成宮が完全に終わった顔をしている。まぁ俺の家を花崎に知らせるためだけに部屋から出たろうに、花崎の剛腕によって海に強制連行されているのだから。しかも現地で自分が大好きな先輩も合流するおまけ付きである。 


「音那ぁ……オレ今日ビジュ大丈夫? 盛れてるかな……」

「お前は普段から盛れまくりビジュ良し過ぎだから安心しろ」

「ううー……薫"……」

「えへへ、ごめんね」


 全く悪びれる気も無さそうな様子で一応ごめんと言う花崎を二人してジト目で見つめる。花崎の目的は第一は俺だろうが、第二は成宮と噂の先輩をくっつけることなのだろうか。そもそも俺、成宮とは去年別クラスだったから関係性も知らないんだよな。


「成宮って噂の先輩とどんな感じなん」

「奏斗はね〜、センパイのワンちゃんみたいな感じ〜」

「ワンちゃん……?」

「うん。部活でバレー部のアイドルやってるからね〜奏斗。その中でもそのセンパイにすっごい可愛がられてるってわーけ」

「あぁ……」


 確か成宮は男子女子バレー部のマネージャーだったか。その前知識を入れると途端に腑に落ちた。成宮の一本一本が透けて見えるくらい綺麗な金髪を、ワシャワシャとバレー部の先輩方に撫でられまくっている姿が容易に想像できてしまう。


「変に童顔なのもあるだろうな……」

「そうそう〜。ショタコン大歓喜」

「殺してやる……殺してやるぞ如月音那!」

「なんで俺やねん!」


 唐突に刃が俺に向かってきた。まぁ確かに俺と花崎がゴチャゴチャしてなければ今こんなことにはなっていないもんな。八つ当たり気味な文句は受け付けてやろうと広い心を持ってどっしり構えることにした。

 それはそうとこの状況からはちゃんと逃げたいのでスマホを見る。DMで何か来ていないかと確認したくなったから開いたら、アオから何か来ていた。


【アオ : 海なうです】


【オリオン : わぁ奇遇俺も今から海や】


【アオ : てことは実質海デートですよ!】


【オリオン : 実質なw】


 とんでもない実質理論に思わず頬が綻ぶ。こう言うなんでもないことでも実質理論で結びつけてキャッキャと喜ぶアオが見ていて本当に愛おしい。


「……」

「……」

「……な、なんすかお二方」

「いや〜恋人を見る顔面してんなーって」

「その顔腹立つからやめて」


 ここ最近で1番聞いた単語かもしれない『恋人を見る顔』を成宮から言われた挙句、花崎はもう純度100%の殺意がこもった意見をぶつけてきた。心底気に食わないような雰囲気で睨みながらそう言う姿に流石に少し後退りする。


「私がキープしてるってのにこんの……」

「まぁまぁ薫。こいつは意気地なしなだけだから」

「先輩さんに犬扱いされて尻尾振ってるやつに言われたくね〜」

「はぁ!? オレは尻尾振ってねえし! 先輩が楽しそうだから仕方なくだし!」

「いや奏斗も楽しそうにしてるよ? 嘘はダメだ」

「薫はどっちの味方なんだよ!?」


 花崎を助けたのに急に後ろからナイフを刺される成宮にほくそ笑みながら合掌する。そしてそんなコントを続けているうちに海からの最寄り駅に着いた。改札を抜けてバスに乗り、そこから十数分揺られて降りた先には青い海が広がっていた。


「うおー海だ」

「久々に見たわ海」

「水着期待しときな音那〜?」

「おう。期待しやん程度にしとくわ」


 更衣室前まで行き一旦花崎と分かれる。男子更衣室で二人で水着に着替えるが、成宮の隣はなんとも居心地が悪い。理由はもちろん成宮の顔が強いからである。


「はぁーあ……成宮さぁ、顔ナーフのパッチノートはいつ入れるの?」

「お前中学の頃からそれ言ってるけどオレができることないだろそれ」

「いや自分の顔をボコボコにするとかあるやろ」

「嫌だよ!」


 軽快なツッコミを軽く無視して、更衣室のロッカーに荷物をしまう。まだ着替えに時間がかかりそうな成宮を置いて一人で更衣室を出る。


「水着のお姉さんにムキムキのお兄さん方が沢山や。さて、パラソルでも立てるか」


 パラソルや浮き輪を借りるために海の家へ向かう。人の波を掻き分けかつ女の人の変なとこを触らないように注意しつつ進んでいく。歩いて歩いて海の家に着いた。幸い貸し出しのところに人は並んでおらず、すぐ借りれるなと安堵した。


「「あの〜、パラソルの貸し出しって……」」


 全く同じタイミングで同じ単語を口にした。隣を見てみると綺麗な白髪が風に靡いている中学生くらいの男の子がいた。数秒見つめあった後、男の子がハッとした表情を見せた。


「あっ……お先にどうぞ。僕は次で大丈夫です」

「いやいや君からどーぞ。俺は後ででええよ?」

「いやいやいや、僕よりお兄さんが優先です」

「なんで!?」

「なんとなくですっ」


 得意げに胸をフンッと逸らして『どうぞ』と言うジェスチャーをしてくる。なんとなく年上が年下に譲られるのはなんかアレじゃないかと思いながら、お言葉に甘えることにした。

 浮き輪とパラソルを借りてから男の子にありがとうと礼を言って海の家を離れた。


(にしても綺麗と言うか……可愛い子だったな……ワンチャン女……いや普通に男物の水着だったし無いな)


 あまりにも可愛い顔をしていたので女の子という線も考えたが、いくらラッシュガードを着ているからといって女の子が好んで男物の水着を着るわけがないと冷静になった。

 待ち合わせ場所に行くと花崎と成宮、そして噂の先輩さんが待っていた。のだが……


「奏斗くん可愛いなぁ。よーしよし」

「あ、秋峯あきみね先輩……人がたくさんいるところではやめて……」

「部活も人いっぱいいるでしょ奏斗〜」

「薫はだまれぇ!」

「……混沌だ……」


 早くも俺の知る成宮の顔が崩れ去っている状況に、思わずその単語が口から漏れた。この一日がきっと上手くいかない日になる事を確信した俺は、思わず天を仰いだ。

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