第20話 夏休み初日からもう嫌すぎる

【赤ワイン : そっかぁオリオンくんはもう夏休みかぁ……いいなぁ】


【オリオン : 赤ワイン先生ももうそろそろですよね? 大学生の夏休みは9月まであって特別感あるじゃないですか】


【赤ワイン : そうだけどねぇ……高校時代の夏休みはもっともっと特別だよ】


 赤ワイン先生。SNSで有名なイラストレーターで、弱小WEB小説作家の俺に何故かすごく構ってくれる人。大学生らしいが言動が時々ジジイ過ぎて年齢詐欺を疑ってしまう。そもそも男か女か分からんけど。

 しかし赤ワイン先生が思っている夏休みと俺が体験しようとしている夏休みは全くの別物である。どちらかというと俺が今年体験しそうな夏休みは……愛憎渦巻いた究極の聖戦とでも言うべきだろうか。そんなことを考えつつ苦笑していると、赤ワイン先生から何か嘆きのようなメッセージが来た。


【赤ワイン : ボクは弟がもうボクに構ってくれなくなって困ったよ】


【オリオン : 一週間前くらいにも同じこと言ってませんでした?】


【赤ワイン : 本格的に弟がボク以外の男に首っ丈になっちゃってさ】


 赤ワイン先生の弟さんは男の人が好きらしい。俺からすればそんなの全然どうでもいいし、むしろそれは個性としていいことなのではとも思っている。アオに対してだってそうだ。

 というか赤ワイン先生の弟さんとアオは妙に似ている気がする。赤ワインさんからの情報によると『可愛い』、『中学生』、『男の子』、『懐っこい』らしいからアオに似ている感じがする。会ったこともないのに何言ってんだって話ではある。


【赤ワイン : ボクは大学にこれといった友人な一人くらいしかいないんだぞ? そいつは夏休みに首っ丈な男の子に会いにいくだろうから本格的にソロ活動だよ】


【オリオン : 今ここで哀悼の意を示します。赤ワイン先生お疲れ様】


【赤ワイン : おーい星男。勝手に殺すなー】


 星男ってなんだよとツッコミが漏れる。しかし赤ワイン先生、雰囲気的にモテそうなのに大学では一人なのか。一匹狼スタイルだろうか。


「そう思うと途端にかっこいいな……多分ただのぼっちだけど」


【赤ワイン : 今ぼっちとか思ったね?】


【オリオン : オモッテナイデス】


 心を読んでいるのかと思ってしまうくらいドンピシャなタイミングで飛んできたメッセージに思わずビビる。変換もおかしくなって全部全角カタカナになってしまった。妙なところで鋭いのはいつもの事だけど慣れない。


【赤ワイン : まぁいいけどさ。ボクとしてはさっさと恋人かセフレを釣り上げたいんだけどね】


【オリオン : 未成年相手に言うなそんなこと】


【赤ワイン : どうだい? 立候補してみないかい?】


【オリオン : 嫌です】


 赤ワイン先生はヤケクソになるとブレーキが壊れる。普段から若干ヤケ気味ではあるが、明らかに思考を放棄した時はこんな感じで未成年の俺相手でもしっかりオープンな下ネタを挟んでくる。この人一応人気イラストレーターなんだけどおかしいなと苦笑が混じる。

 そしてそんなDMに現を抜かしていると、現の方がヤバいことになってくるのだ。


「音那〜!」

「ん〜?」

「可愛い女の子が来たわよー?」

「……え?」


 母さんからの聞きたく無い単語が階段下から聞こえてきた。俺絡みで可愛い女の子とかもう一人しかいないだろと、階段を降りつつ頭を抱えながら玄関へ向かう。玄関のドアを開けブワッと熱風に包まれ目を半開きにしてみると、見慣れた黒髪ショートとこれまた見慣れた金髪がいた。


「やっほ音那!」

「よっ」

「花崎はまだしも……なぁんで成宮なるみやまでいる……」

「だって私音那の家知らないもん〜。でも奏斗かなとは知ってるって言うから連れてってもらった〜」

「まぁオレしか知らないし……妥当だね」


 妥当だけじゃねえよと睨みを効かせるが、成宮は笑顔で切り返す。


 この金髪アシメのイケメンは成宮奏斗なるみやかなと。唯一俺と中学が一緒のクラスメイト。腹が立つほどイケメンで、とある三年生の先輩が分かりやすいくらいに好き。花崎曰く完全に一目惚れらしいが、本人は断固として認めない。


 そんな成宮は余裕そうな笑みを浮かべながら手のひらをひらひらとさせてから踵を返した。どうやら本当に花崎に俺の家を教えるためだけに派遣されたらしい。


「まぁ薫は頑張りな。オレは帰るから」

「あ、奏斗ステイっ! 残念ながら奏斗もプール連れてくよ」


 そういって無理やり成宮の肩を掴んだ花崎。成宮は首をグギギギとこちらに向けて苦笑しながら目は全く笑っていない、むしろ絶望の色すら見える表情を向けてきた。


「え"?」

「待っててね〜センパイの予定合うか聞くからさ〜」

「俺の意見はフル無視なのね……準備してくるわ。成宮の水着も一緒に」

「ま、待って!? オレは別にいらないだろ! お前ら二人で行きゃいいじゃん!」

「いや二人きりじゃちょっとさ? ムード出過ぎちゃって音那が逃げちゃうから……あっもしもしセンパイ?」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」


 中学から知っている友人の渾身の叫び声を背中に浴びつつ、再び階段を上がる。成宮のことは尊い犠牲と思いつつ、俺の方はどうやって花崎を交わせばいいのか全く分からず重い足取りで階段を登る他なかった。

 部屋に戻ってからDMを覗いたが赤ワイン先生はイラストに戻っていて、アオからはまだ何もアクションが無く絶望するしかなかった。神は存在しない。

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