第4話 魔人
短編小説:『願いの代償』
砂漠の真ん中。
風が乾いた音を立て、月が沈みかけていた。
男は古びたランプを磨いた。
――シュウウウ……
紫の煙とともに、巨大な影が立ち上がる。
ランプの魔人だ。
その声は雷鳴のように響いた。
「我を呼びし者よ。望みを言え。」
男は震える手を握りしめた。
「お、俺は……お金持ちになりたい! もう貧乏は嫌なんだ!」
魔人はわずかに微笑んだ。
「良かろう。」
そして――煙とともに、消えた。
残された男は、辺りを見回した。
金貨も宝石もない。
「……え? なにも……」
次の瞬間、体が勝手に動き出した。
「ま、待て! 足が――!」
手はシャベルを掴み、砂を掘る。
夜が明け、日が沈み、また昇る。
体は眠らない。
掘り、積み、建て、耕し、商い、計算し、また働く。
一日、十日、百日。
働けば働くほど、金は増える。
倉庫が立ち、街ができ、人が彼を「富豪」と呼んだ。
だが――
彼は、一銭たりとも使えなかった。
パンを買おうとすれば、手が勝手に硬直し、生きるのに最低限の食料しか購入出来ない。
贅沢をしようとすれば、喉が締まり、呼吸が止まりそうになる。
寄付しようとすれば、指が砕けるような痛みに襲われた。
彼は叫んだ。
「魔人! 俺はこれを望んだんじゃない!」
砂の向こうから、かすかな声が返る。
――「お前は“お金持ちになりたい”と言った。
“幸せになりたい”とは言わなかった。」
涙がこぼれた。
だが、それを拭う手でさえ、帳簿を開き、数字を書き続けていた。
働き続け、増え続ける富。
使うことを許されない、永遠の所有。
やがて人々は彼をこう呼んだ。
**「最も豊かで、最も哀れな男」**と。
自分で望みを叶える方が他人に与えられるより自由だという物語です
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