第3話 鬼

むかしむかし、ある村に一人の男がいた。

目は吊り上がり、頬はこけ、牙のような歯が覗いていた。

見た目だけなら――まるで“鬼”そのものだった。外見のコンプレックスのためか彼は無口だった。その無口がさらに人は彼を怖がった。


しかし彼の心根は誰よりも真っ直ぐだった。

働き者で、弱き者には手を差し伸べ、病人には米を分け与えた。

それでも村人たちは言った。


「気味が悪い」

「鬼の子だ」

「子どもをさらうに違いない」


子供のころからいじめられていた。石を投げる者も、家に火を放とうとする者すらいた。



子供の頃、いじめられて帰った時一度だけ、彼は母の膝に顔を埋め泣きついた。


「なんで……なんで僕を、こんな顔に産んだの!」


滅多に泣かない母は、うつむき、声を殺して肩を震わせていた。

その震えが、幼い彼の胸に深く刻まれた。


――その時から顔の事は自分の中にとどめた。

いっその事村を出よう。家族にも被害が出ていた。

彼が村を出る日、母は何も言わず、ただ遠くから見送った。

その背は、あの日と同じように震えていた。



やがて彼は、人里離れた小さな島へ辿り着いた。

そこには誰もいなかったが、海は穏やかで、木の実は豊かだった。


彼は自分の手で小屋を建てた。

やがて、同じ境遇ゆえか、外見を気にしない優しい妻と出会い、子も生まれた。


浜には笑い声が満ち、潮騒に紛れるように子どもの足音が響いた。


――その島で、彼はようやく“鬼ではない自分”になれたのだ。



ある日、水平線の向こうから一艘の船が現れた。


派手な衣装の青年が立ち、腰には太刀。

背中には旗。

足元には獰猛な犬。

その後ろには、猿と雉が縄で縛られ、引きずられている。


青年は上陸するなり叫んだ。


「この島に悪しき鬼が棲むと聞いたぞ!

 村から宝を奪う外道め、覚悟しろ!」


男は驚き、浜に走り寄った。


「違う……私はただ――」


だが、彼の言葉など、青年には届かなかった。


太刀が閃き、犬が吠え、猿が襲い、雉の矢が飛んだ。

妻は叫び、子どもは海へ逃げようとしたが、背に矢を受け、白い波に沈んだ。


夕暮れ、波打ち際には血の匂いが満ち、海は貝殻のように赤く染まった。


青年は洞窟から家財を奪い取ると、高らかに笑った。


「鬼退治、大成功だ!」


そして誇らしげに船を出した。


後の世で、この青年は――

「桃太郎」と呼ばれ、英雄として語り継がれた。


悪しき鬼を退治し、財宝を持ち帰った勇敢な若者として。


だが、あの島では、今も潮風がさらうという。


母の震える肩を思い出すような、

幼い子どもの泣き声が――

波に溶けて消えていくという。

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