死に損ないの私たち。

連星霊

上【準備は万端】

「──よし。準備おっけぃ!後は死ぬだけっ!!」


 よく片付いた部屋の中、高鳴る鼓動を抑えられずに、『秋季しゅうき朱花しゅか』は叫んだ。


 クレジットカードも、定期購入になっているサブスクや各サイトのプレミアム会員なども全部解約した。

 いらないものや、あまり人に見られたくない物は全部捨て去り、自分が消え去った後の片付けが最低限で済むように配慮もした。


 マイナス感情はオーバーフロー。

 制御のできないハイテンション。


 死んでやる。死んでやる。そう、アドレナリンがドバドバ吹き出て、もはや絶頂とも言えるくらいの快感が今、朱花の細い体の中で暴れていた。


 ドキドキが止まらない。例えるならば、子供の頃、祭りの屋台で万引きを働かんとしているような、イケナイことに手を出そうとしているような感覚に近いかもしれない。

 いや、高校生の頃、自分の方が正しいと信じ、立場を盾に理不尽を押し付けようとしてくるクソ教師に、真っ向から自分の考えをぶつけ、絶対に論破してやると息巻いていたあの瞬間の、圧や恐怖に屈しず、湧き上がってくる反抗心に背中…いや、心を押されるあの感覚。


「死んでやる……死んで解放されてやるぞ私は!!このッ…地獄からよぉぉぉおッ!!」


 暗闇の中、車に乗ると、喉が切れるくらいの大声で叫びながら、山の方へと走り出す。


 朱花にとって、これから起こるのは人生最大のイベントとなること間違いなしだった。


 24年生きてきた朱花にとって、過去1番、今のこの瞬間は煌めいていた。


 ずっと空っぽだった胸が、今にも張り裂けんばかりに震えている。


 今の今まで生気を失っていた赤色の瞳は光を宿し、伸びっぱなしの髪も楽しさに揺れていた。


 やることは決まっている。車のエンジンを掛けたままマフラーを塞ぎ、車内に留まるのみ。

 多分これが一番痛くない。冬、大雪の高速道路で立ち往生しマフラーが雪に埋まったまま暖房を付け続けて車内で中毒を起こして死亡者が出るくらいだ。異変を感じたら窓を開けたりすればいいものの、それをしないとはつまり、窓を開けなきゃ、みたいに思う辛い瞬間が無いということだと解釈した。

 それで消え去ることができる。こんな地獄とはおさらばだ。


 楽だ。

 この先もこんな地獄を生きるより、ずっと楽。


 苦しまなくていいなら苦しみたくない。


 生きていても苦しいだけ。


 苦しい思いをしなければ生きられないなら生きていたいとは思わない。


 死にたいわけじゃない。


 生きているのが苦しくて、辛くて、哀しくて、虚しくて、ダルくてしんどくて面倒臭くて嫌なだけ。


 生きるという苦痛から開放されるには死ぬしか選択肢が無いだけ。


 生きなくても、死ななくてもいい選択肢があるなら是非とも教えて欲しいところだ。


 車を走らせ、目的の場所へ向かう。

 目的地は、山の中のキャンプ場跡地。今では誰も使っていないと思われる、穴場中の穴場。クマにだけ注意したい。


 夜の細い林道。もはやラリーのコースなのではと思ってしまほどの荒れた道を走る。


 すると、この狭い道の先に赤い光が見えてきた。


「……」


 車のテールランプだった。


 さすがに誰かに見られながら命を絶つのは憚られるなと思いながら、ゆっくり走るその車の後ろに着いた。


 車二台が横に並ぶスペースなどなく、朱花はその車の後を追うことしか出来なかった。




◇◇◇




 結局、キャンプ場跡地まで一緒に走ることになってしまった。


「……どーしょ」


 2台とも白線の消えた駐車スペースに、およそ2台分のスペースを空けて止まった。


 怪しまれて途中で自殺を止められても迷惑でしかない。適当なタイミングで助け出されて後遺症が残るパターンが一番嫌だ。


「……少し様子見るかぁ……」


 朱花は少しあの車の様子を見ることにした。しかし、時間が経っても動きはなかった。


「……」


 さすがにこのままなにもせずに時間を過ごすのも嫌なので、何となく車から降りてみることにした。


 暖房の効いた車内から外へ。

 外の空気はひんやりと冷たいが、凍えるほどでもなかった。


 外は静かで、ドコドコ鳴るエンジンの音しか聞こえない。


 練炭に使おうとしているエンジンに申し訳なく思ったところで、隣の車の運転席のドアも開いて、中から同じ年頃の女性が降りてきた。


 僅かな光の中で見えたのは青色。

 寒い中で薄いワンピース。そして青い色の長い髪。


 青髪の彼女は聞いてきた。


「……あの、こんな所で……なにを?」


「こっちのセリフなんですけど?」




……To be continued

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