第12話 本屋に滞り

「あやっ...一ノ瀬?」

「え?」


視線の先には、さっきシェアハウスから出てバイト先に向かった綾香がいた。よく見ると、バイトの制服を着ている。そして俺は数秒間考えた後、もしかして...と思い聞いてみる。


「ここでバイトしてるのか?」

「っ...うん」


俺は綾香は少し葛藤したように見えたが、もしやバイト先がバレて恥ずかしいということか...?


「っ...」


俺は綾香が顔を隠しているのを見て察する。さらに、指の隙間から見える綾香の頬は赤く染まっている。めちゃめちゃ照れてないか...?


「ちょっと...俺は読みたい漫画があるか見てくるから...」


気まずい空気から逃げ出すように、俺はレジを通り過ぎて、漫画がある場所に向かう。隅から隅まで探し始める。


「...何か読みたい漫画があるの?」

「うおっ...!?びっくりした...」


集中してしまっていたせいか、綾香が近くに来たことに気づかず、俺は驚いてしまう。そして、俺は驚いてしまったことを無かったように、咳払いをしてから綾香の質問に応える。


「まぁ...一応探してはいるけど...」

「どんなタイトルなの...?」


多分恋愛漫画だし、何か言われそうな気がする...。俺は別の場所を探そうと移動しようとするが、綾香がそれを許すわけなく、服を引っ張る。


「逃げる癖」

「...すいません」


俺はタイトルを言うことが恥ずかしく、溜めにためまくる。そして『言いなさい』という目力に負けて、言うことを決意する。


「ええっと...『ハーレム主人公は辛すぎる!!!』っていう...」

「えっ!?」


タイトルを言った俺は、少し気になってチラッと綾香の方を見る。その瞬間に綾香が目を輝かせながら、俺に顔を近づけてくる。今さっきの俺に目力をかけていたことがなかったかのように。


「それ私も読んでる!本当に面白いよね!ヒロイン達が可愛いんだよねー!」

「...へっ?いやちょっと待っ...」


急にその作品について話し始める綾香に、俺は困惑しながらも、手のひらを前に出して止めようとする。


「それでさー!その主人公が—―」

「ちょっとまだ読んでないからネタバレは...!」


楽しそうに話す綾香に、俺の手のひらは下がり始める。こんなに楽しそうなのに、止めるべきじゃない気がする。俺は少し笑みがこぼれながらも、話を聞くことにした。




「1188円です」

「痛いな...」


今さっきまで楽しく語っていた綾香はスンっとなり、俺は困惑しながらも財布を取り出してお金を出す。あの後、綾香は5分くらい作品愛を語っていた。その間に俺は、『レジは...?』とか『ここ本屋...』とか思っていたし、ネタバレもかなりされてしまっていたが、今はそんなことはどうでもいいと思う。

ちなみにあの後、ちゃんと案内してもらった。


「レジ袋はご利用ですか?」

「あ、うーん...ください」

「3円です」

「痛いな...」

「ずっと痛がってない...?」


レジ袋を開いて、手際よく漫画を2冊入れる綾香。俺は鞄にそのまま入れようと思っていたが、一応レジ袋に入れて、手で持った方が傷がつきにくいだろうと思ったため、レジ袋を頼んだ。


「ありがとう」

「また来てね」

「おう」


俺は漫画が入ったレジ袋を持って、本屋を出た。外は暗くなっており、俺は早歩きをしながら家に向かうことにした。

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