第3話 晴れ屋上に滞り

「――――っていう事があってここに...」

「たっつそんなことされてたんだ...」


俯き気味に一通り話した俺は明らかに深刻そうな表情をする綾香に強がりながらも顔を上げて応える。自分だけの事なのに他人を巻き込むことだけはしたくない。


「今は大丈夫。気にしてないから。そういえば...」


重い空気を抜け出そうと俺は弁当箱を開けて箸で卵焼きを掴み、そのまま口へと運び始めながら話題を変える。やっぱりお母さんが作った卵焼きは甘くて美味しい。


「俺はお前らのこと名前で呼ばないほうが良いかなと思って」

「なんで?」

「なんか名前で呼ぶと後々めんどくさくなりそうだからさ」

「自意識過剰じゃない」

「うるさいぞ桃瀬」

「———良いって...!」

「なんて?」


詩織の小声が聞こえなかった俺は、再び聞き返す。


「詩織で良いって...!!」

「え?」

「ツンデレだー」

「うるさいわよ結希!」


結希は詩織をからかう。そしてよく分からないが、俺から顔を逸らす。よく見ると詩織は顔と耳が物凄く赤くなっている。照れ隠しってことか...?


「ていうわけだからよろしく。福留ふくどめ水月みずき一ノ瀬いちのせ桃瀬ももせ

「よく覚えてるね。たっくん?」


心寧が俺に感動するように言ってきたが、そもそも制服に縫いつけられてるんですが...。そう思いながら心寧の制服に縫ってある水月を見る。その視線に気づいたのか心寧は頭を一瞬下げ、自分の名字を確認して、すぐにまた顔を上げて笑う。


「あ、ここに書いてあった」

「こいつ、天然か...?」

「別に名前で呼んでもいいんだよ?たっつ」

「うるさいぞ、一ノ瀬」

「ケチだなぁ...」


数年の時を超えて性格が分かんなくなってしまったんだが...ってそれは当然か。詩織がツンデレで、心寧が天然か?そんなことを考えながら無意識に箸を進めるとあっという間に弁当箱の中身が無くなってしまった。まだ時間があるし、少しだけこいつらと話すことにするか。と思いながら喉を潤すために水筒の水を口に流す。


「今年から共学なのになんで男子トイレないんだ?職員用男子トイレしかないんだけど」

「あー...それね経費削減よ」

「経費削減!?」


俺は『じゃあなんで共学になったんだよ』って思いながら綾香の発言に体が石になったように硬直する。


「夏休みが中から工事が始まるらしいわ」

「今年中に完成したら多分俺しか使わないけど」

「性転換すればー?」

「ふざけんな」


詩織の奴ほぼ爆弾発言だろ!でも俺が同じ発言をしたら、多分こいつらに言われて...その周りにも言われて...腎性が終わるな...。友達ってずるいよなぁ...。


「たつー大丈夫なの?」

「ん...?あ、大丈夫」


俺は時々先のことまでも考えてしまうから、あんまり踏み出せない。踏み出したとしても、その後が怖い。そういえば次は体育だったはず...着替えに行くか...。


「たっくんどこ行くの?」

「次体育だから着替えにいこうと思って...」


俺は立ち上がって屋上を出ようとした瞬間に結希が意味深なことを言う。


「着替えるならトイレとかにしなさいよー」

「なにいって...」


そして俺は察する。ここは元々女子高だったからもしや女子更衣室がないのか?だとしたら共学になった理由が本当にわからない。


「わかった」


屋上のドアを開けて俺は急いで階段を駆け下りて教室に向かう。無我夢中で教室に走って着いた俺は躊躇しながらも、目を閉じドアを開ける。


「っ!」

「住田くんどうしたの?」

「もう着替え終わったよ?」

「残念でしたー!」


目を開けると幸い女子は全員体操服になっていた。安心したのも束の間、チャイムが鳴る。俺は絶望する。


「あっ」


俺は急いで体育着を取りに行き、コケながらもトイレに駆け込んだ。




「水分補給はしっかりしなさいよー」

「「「はーい」」」

「何とか間に合った...」


間に合った俺は安堵のため息を出す。まだ運動してないのに汗が体操服に染みついている。臭ってないよな...?不安しかない。


「今日の授業はソフトボールします」

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