【小咄】一両狸

山本倫木

一両狸

 えー、どうぞ一席、お付き合いを願っておきますが。


 我々噺家というものは、その日その時いらしているお客様に合わせてネタを変えるという習性がございます。客席にお子さんが多ければ単純明快な滑稽話、ご婦人が多い日は艶っぽい恋の話ってな具合ですナ。本日はお客様に合わせまして、エー、狸の話をするといたしましょう。




猟師「あー、くそ。どうも今日はだめだ。一日中、山ン中を歩き回ったってぇのに獲物がいやしない。もう日も暮れるし、今日は帰って寝るしかねぇな」


女「もうし、そこのお方」


猟「おっと、誰だ。いつからそこにいやがった」


女「驚かせて申し訳ございません。私はふもとの里の者でございます。あの、朝から使いでこの山に参っていたのですが、道に迷ってしまいました。どうか、ふもとまで案内いただけないでしょうか」


猟「ふうん、そうかい。……なあベッピンさんよ、その格好でここまで来たのかい?」


女「ええ、さようでございます」


猟「うーん、なるほどね。まあ、いいぜ、里まで送ってやらぁ」


女「ありがとう存じます」


猟「ここいらは足元が悪いからな、転ぶといけねぇから手ぇ引いてやるよ」


女「それはそれはご親切に」


 と、この男、女が差し出す手を取ったかと思いますと、その手をぐっと握りしめます。


猟「さあ、捕まえたぞ。この狸め」


女「痛い。いったい何を」


猟「お前、化け狸だろう。この俺様の目をごまかそうったって、そうはいかねぇぞ」


狸「おー、イテテ。へへ、バレちゃいましたか」


猟「正体を現しやがったな。おぅ、狸公。化けるンなら、もっとうまくやるんだな。こんな山ン中を歩いてたってぇのに、足元が全然汚れてねぇじゃねえか。自慢じゃねぇが俺様は、おぎゃあと生まれてからこっち、一遍も狸なんぞに化かされたこたぁないんだ」


狸「うへえ、許してください。今日はイタズラしようってんじゃないんです。稽古の一つだったんで」


猟「稽古ってなんの」


狸「人を化かす稽古です。アタシの師匠は化かせない相手はいないっていう化け名人なんですが、今日は師匠に仮免許を許されて、初めて人間相手に稽古しようと思ったんで」


猟「仮免許なんてのがあるのかい。まぁ、相手が悪かったな。あきらめな」


狸「そんな、見逃してくださいよ」


猟「今日は獲物が居なくって気が立ってンだ。お前みてぇな子狸でも、ないよりマシだな」


狸「ひええ、どうかご勘弁を」





坊主「もし、そこのお人」


猟「おっと、今度は誰だい。なんでぇ、見慣れねぇ坊さんだな」


坊「いかにも、ワシはそこのボロ寺の坊主じゃ。今は長者殿の家で経をあげた帰りでな、こんな山中で人の声がすると思って来てみたんじゃが、お主、その狸をどうするお積りかな」


猟「そうだな、今日の獲物だからな、狸汁にでもしちまうか」


狸「ひええ、そんなご無体な」


坊「なるほどの。しかし、見ればほんの頑是ない子狸ではないか。生けとし生きる者、みな、御仏の前では同じ命。殺生はおよしなされ、功徳になりまするぞ」


猟「何言ってやがる。これがあっしの商売なンだ。功徳なんぞ積んだら、あっしは干上がっちまう」


坊「むう、業の深いご商売じゃな。では、拙僧がその子狸の命を買い受けよう。それでどうじゃな」


猟「お買い上げかい。そンなら、まあ、いいな」


狸「うへえ、お坊様、ありがとうございます」


猟「坊さん、百文でどうだい?」


狸「あ、ちょっと待って」


猟「なんだ?」


狸「いくらアタシみたいな子狸だからって、百文ってのは安すぎる。みほとけの前では人間とおンなじ命なんでしょう」


猟「言うねえ、子狸。じゃあ、いくらならいいんだ」


狸「そうだねえ。ほらあるじゃない、丸っこいキラキラしたのが」


猟「おいおい、小判かい。生意気な狸だね。一両ならいいのか」


狸「うん、それならいいや」


猟「そうかい。てなわけだ。坊さん、一両出しな」




坊「(驚きつつも威厳を取り繕って)……子狸よ。一両という金子は、軽いものではないぞよ」


猟「出さねぇのかい?」


狸「お坊さん、生けとし生きる者、みほとけの前では同じ命……」


坊「いやしかし、一両とはそれはあまりに……」


猟「ふうん、ああ、そう。嫌ならいいンだ。そンならこいつは狸汁だな」


狸「ひいい」


坊「あ、いや、待つが良い。出さぬとは申しておらん」


猟「おいおいホントに出すの? ああそう。いや、いいんだ。確かに受け取ったよ。へへ、ほれ坊さん、一両の狸だ。好きにしな」


坊「やれやれ、全く。さ、子狸よ。もう、捕まるでないぞ。せっかく助かった命、大切にするのじゃぞ」


狸「へへへ、お坊様。どうもありがとう」


 こうして子狸は山へと逃げていき、猟師の男は坊さんと別れて家へと向かいます。




猟「へっへっへ。今日は随分儲かったな。まさか子狸一匹で一両たぁな。しかし、あの狸も図太い奴だね。自分から値を吊り上げやがった。それにあの坊さんも、ずいぶんと人が良かったね。いつか、もっぺん狸を捕まえて、あの坊さんに売りつけてやろうか。俺様は狸なんぞに化かされねぇしな。いやあ、それにしても久しぶりに小判なんてぇものを拝んだね。一両小判。今もこうして懐に……」


 ニマニマしながら、この男、懐から小判を取り出しますというと、


猟「(しげしげと眺めまわし)…………葉っぱア!?」





【おあとがよろしいようで】

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