騎士を捨てたオレと騎士に憧れる魔法技師少女の未完成な世界
一夏茜
第1話
世界を変えられる奴ってどんな奴と思う? 天才。奇才。神童。言い方はなんでもいい。そいつは一体どんな才能を持った者だろう。
それはきっとこのオレだって漠然と思ってた。
だって、オレの頭の中には、世界を変える技術が詰まっている。いや、技術というか、これは記憶だな。遠い世界の誰かの記憶。まるで本物の絵画のように、現実そのものを映し出す映像。鉄の箱が走り、羽のついた鉄の塊が空を飛ぶ。その世界には当たり前にある摩訶不思議な道具の数々。
最初は夢かと思っていたが、それは成長するにつれて明確になった。多分、それがオレ自身を特別だって思わせた原因なのかも。
これはそんなオレが”本物の天才”と出会う話だ。
◇
世界はひっそりと眠りにつく深夜。窓の外には青白い月が冷たく光って、それに照らされた雲がゆっくりと流れていく。
オレは蝋燭の灯る部屋で鞄に荷物を詰め込んでいた。粗末な上着、乾いたパンのかけら、水筒代わりの革袋。床には衣服が乱雑に散らばっている。そのほとんどは持っていけない、明らかに高価な貴族の服だからだ。マントを羽織る。剣も腰に差した。
壁にかけられた鏡には、燃えるような赤髪と翡翠の瞳をした青年が写っている。オレは薄暗がりの中、自分の姿を一瞥するとため息を吐いた。
「──愛のために生きるのが本当の騎士道なのよ」
「──騎士とは心からの忠誠を誓って剣の道を生きるものだ」
「──お前は才能をもっと伸ばすべきだ! お前の才能はお前だけのものじゃない」
オレは頭の中の声を振り払って舌打ちした。そして二階の窓に足をかけると側の木に飛び乗り、スルスルと降りる。冷たい夜風が頬を刺した。
騎士道なんて……くだらねえんだよ。オレはそんな古臭えものには従わねえ。そうだ、時代は冒険者だ! オレは冒険者になって成功してやる。クソ兄貴たちともこれでおさらばだ。
オレは幼い頃から、妙な夢を見ていた。この世界とはまるで違う異世界のさまざまな道具や乗り物の記憶。科学が発展していて、日常に争いも戦争もない穏やかな世界。この”記憶”も家を出て冒険者になれば活かす道があるかもしれない。
それに、18歳になれば正式に騎士団に入団することになる。オレにとってこれが一番の問題だった。無理やり騎士見習いとして扱かれていたが、このまま言いなりになるなんてごめんだ。逃げるならこのタイミングしかない。オレは少し背後を振り返った。生まれ育った屋敷が闇の中悠々と聳えていた。唇を結ぶとオレは前を向く。
この夜、オレは貴族としてのアッシュ・ブラットレインを捨てた。そして、名もなき冒険者になる。
◇
「すごい! もうAランク! Sランクも夢じゃないですよ!」
受付の女が目を輝かせて手を握る。オレは「どうも」とだけ言ってカードを受け取った。ふと、受付テーブルに置かれた通信装置が目に入る。魔力の波動を一定範囲に飛ばして、受信側がそれをキャッチする。記憶の中でいう周波数と同じような概念……まあ、無線機のようなものだ。
冒険者ギルドにはこんな希少な魔法道具も置いているのか。
魔法とは「
魔法は特権階級のもの。それが常識、この世の理だ。
だが、魔法道具は、魔法が使えないものでも魔力が少しでもあれば使うことができる。
魔法が使えないものにとって救いとも言えるものだ。
「あいつが……」
「あの赤髪の……」
そうしている間にもざわざわとギルド内の視線が突き刺さる。いくつかの言葉には少しの嫌悪が混じっていたが、オレは顔を上げると気にした様子もなくギルド内を闊歩していた。
「期待の新人ルーキーか……」
オレは無感動にカードを見下ろす。真新しいそのカードは冒険者としてのランクとギルドの刻印が刻まれている。ダルカンド王国の西に位置する冒険者都市、リュンガルド。ダンジョンの入り口が街の中心にあるこの都市に構えたギルドだ。通称”冒険者の灯”。オレは数ヶ月でここまで来た。
「……つまんねー」
思わず呟く。あれほど憧れていた冒険者も、なってみるとあっけない。心躍るスリルも冒険もない、ただの現実だ。
「おい聞いたか? あの話」
ふらっとギルドを出ようとしたそんな時だった。ヒソヒソと言葉が切れ端に聞こえてきた。
「ああ、このギルドに所属してる奴だったよな、昨日ドラゴンを倒したってのは」
オレは目を見開く。
「信じられねえ、Sランクの魔物だぞ」
「俺も聞いたよ、それも一人で倒したっていうじゃねえか」
それが本当なら──間違いなくSランクの冒険者だ。オレは興奮して唾を飲み込むと拳を握りしめた。
すげえ!! 一度でいいから会ってみたい。それで、オレもそんなふうになれたら……。
「なあ、アッシュだっけ……?」
オレが顔を上げる。気の弱そうな男が申し訳なさそうに声をかけてきた。その後ろにはオレを見つめる荒くれ者たち。
めんどくせー。
「何? パーティーに入ってくれって頼みなら答えはノーだけど」
「いや、正式に入ってくれとは言わないけどさ。少しだけでも手助けを……」
「君ほど頼りになる奴はいないってビルが──」
男たちは粘り強く頼んできた。一回だけ頼みを聞いてやったらすぐこれだ。
「ふーん。このオレから施しを受けようってか? お前らのレベルで?」
オレは、心の底から湧き上がる苛立ちを隠そうともせずに、せせら笑った。男たちは鼻白んだ顔をする。
「何を勘違いしてんのか知らねーけどな、オレがあいつの頼みを聞いたのは気まぐれなんだよ。あれっきりだと分かってたから受けた」
オレはイライラと言葉を続ける。
「みる限り低レベルお遊戯会の、雑魚に構ってやる時間はねえの、お分かり? 乞食くん」
「なっ」
「そこまで言わなくても……! それにギルド内で助け合いするのはここのルールですよ。少しくらい奉仕の心はないのですか? Aランクの責任は?」
ヒーラーっぽい格好をした女が進み出てきて、オレに向かって言い放つ。
「はあ? なんで強者のオレが、そのくだらねえルールを守らなくちゃならねえんだよ。大体お前らの場合、助け合いじゃなくて寄生だろ。対価を払えよ、対価を」
「ギルドに所属している以上この組織の命を聞く義務が──」
「もう黙ってろよ雑魚」
「ざ、雑魚!? この私が!?」
剣の腕を見込まれるのは別に嬉しくもなんともない。だってオレが強いのは当たり前だろ?
『お前には剣しかない』
鬱陶しいクソ兄貴の声が脳裏に甦り、オレは舌を打つ。
「じゃ、そういうことだから」
オレはギルドを立ち去った。
◇
コツコツと足音が一人分響いていた。オレは剣に手をかけながらもダンジョン内を歩く。中は薄暗いが壁に置かれた松明が行く道を照らしている。湿った石の壁が広がり、冷たい空気がひんやりと肌を刺す。天井は低く、ところどころに苔が生え、淡い緑色の光を放っていた。場所によっては足元にはぬかるみが広がっている。
ここはダンジョン深層の初め。しかし妙に今日はいつもより人が多い。深層に潜れるやつなんて数は限られているというのに。オレは首を傾げながらも奥へ奥へ階段を降りて潜っていく。ダンジョンの奥深くに進むにつれ、空気はさらに重くなる。
階段を出たその時だった。女の悲鳴が聞こえてくる。見れば一人の女がクレセントワームに襲われていた。クレセントワームとは、巨大なミミズのような魔物で、三日月形のツノとびっしり並んだ牙を持っている。大きさはそう確か……車って言ったけ。あれと同じくらいの大きさだ。
正直めんどくせえが……見過ごすのも目覚めが悪い。……仕方ねえな。
オレは地面を力強く蹴り付けると、駆ける。踏み締めるわずかな振動に気づいたワームが、すぐに尻尾をうねらせ叩きつける。オレは足を緩めずに身を屈めてその攻撃を避けた。頭上をワームの棘の付いた尻尾が掠める。当たったら即お陀仏だ。
オレは瓦礫が舞う攻撃の合間を縫って瞬時に踏み込む。身を翻しながら宙を蹴る。
ワームの体に乗り上げて、駆けながら剣を表面に突き立てるがガキンッという硬質な音を立てて弾かれた。そうだった、こいつは地中を潜るためかどんな金属よりも硬い。
どうするか。
しかし、ワームは蠢き地面を潜りながらトグロを巻き始めた。その中心にはあの女が。
「チッ人質戦法かよ」
オレは女を助けるため行動を起こそうとした時だった。
「こ、こ、ここ、これ!!!」
女はポケットから出した何かを思いっきり見当違いな場所へ投げる。それは壁に当たってバチバチ爆音を立てていた。ワームがその音に誘導されるように首をもたげる。
その一瞬さえあれば十分だった。
オレは地面を踏み締めて跳躍し走り出す。壁に駆け上がると靴をつけて、もう一度力一杯蹴り付けた。一直線にワームの口へ迫る。こちらを向く。
オレは剣を投擲した。その強靭な顎でオレを噛み砕こうと口を開けるその瞬間。もう刃は迫っている。喉に刺さったのを視界で捉えたオレは勢いを殺さず体を捻って旋回する。靴の裏を思いっきり柄に叩きつけた。刃がワームに対して斜めに、湿った音を立ててさらに深く突き刺さる。ワームが断絶魔の声をあげるのを尻目にオレは柄を掴むと手早く斬り捨てた。
女は腰を抜かして座りこんでいる。ポカンと口を開けて呆然とオレを見ていた。
「お前さ、あれ何?」
オレはワームの体を蹴り飛ばして女への道を作ると、尋ねる。女は小汚いフード付きマントを羽織っていて、重っ苦しく長い前髪。髪は紫がかった黒髪の癖毛で背中まで垂れていた。そして、オレを見るなりビクビクし始める。はあ? 失礼なやつだな。
「え、えと……こ、これのことですか?」
女がポケットから出したのは小型の金属球だ。その指先は火傷やインクの染みがついている。
「そ、そうですね、名前はまだ決めてなかったんですけど、魔力攪乱弾、いや魔力誘導弾、と言いますか。投げつけると衝撃で作動し、不規則な弾ける音と振動を発生させる魔法道具、です。原理は、内部に封じた魔力が解放され、小刻みに破裂しながら一定時間音を鳴らし続けるもので、もともとは魔法陣を使わずに魔力を────」
「あーわかったわかった。要するにお前が作ったんだな、アレ」
クレセントワームの外殻を剥がしながら、オレは感心したように呟いた。冒険者は、ダンジョンで倒したモンスターの素材をギルドや商人に売ることで報酬を得る。この外殻は金属並みの硬度を誇るが加工しやすいので、武器や防具、魔道具の材料として利用されるのだ。特にこいつが持ってる「三日月のツノ」はレア素材で、高値がつくこともある。
「全部は持ってけねえな。そろそろ荷物持ちでも雇うか」
オレがそう言葉をこぼす間にも女は何かを決意したようだった。
「あ、あの! 私がダンジョンを出るまで、護衛して欲しいんです!!」
「嫌だね」
即答だ。当たり前だろ。なぜオレが見知らぬダサ女のためにそこまでしてやらなくちゃならないんだよ。
「お、おお願いします!」
「だぁかぁらあ、嫌だって」
オレはツノを切り取る作業をやめるとうんざりしながら振り向いた。オレが百歩譲って無料奉仕してやるとして、その相手がこんな女なんて絶対ありえねー。だっせえ服、だっせえ前髪。オドオドしただっせえ態度。
特にそのキョドついた態度は明らかにプライドのなさを表していてイラつく。
だが……その目。女の前髪の隙間から覗く瞳は、左右で色が違うグレーとバイオレット。それが強い意思を宿してオレを見ていた。オレは首に手をやるとため息を吐いた。
「オレさ、一方的に搾取されんの嫌いなんだよね。護衛したらお前は何してくれるわけ?」
「わ、私にできること……あ、そうだ」
女は鞄からごちゃごちゃと様々な物を取り出す。レンズが付いたゴーグル。用途のわからない楕円の金属板、よくわからない機械。オレは様々な道具より、何よりもその鞄の異質さに目を見開いた。明らかに物量が釣り合ってない。広い空間をエンチャントする魔法の鞄なんて平民が持てる物じゃないぞ。こいつが身に纏っているのはぼろぼろの服装だが、……持っているものはどれも高価な魔法道具だ。
「私が、作った子たちです。あの、言われれば要望に沿ったものを作ります。あ、こういう鞄でもいいです。ものがあれば私がエンチャントします」
「お前が全部作ったのか? お前、魔法技師なのか?」
「大したことないです、けど……」
何が大したことない、だ。
天に選ばれた才能のあるものしか使えない、ある種の特権。
それが魔法の共通認識。それを道具に付与し、本来魔法を使えない奴にも魔法が使えるようにする。
それが魔法技師。
魔法技師自体ができたばかりの職業でこの世界には圧倒的に少ない。つまりこいつはとんでもない金になるレアな人材だってことだ。自分の力を認めない奴なんか嫌いだ。妙に卑屈なやつも。だが──。
「しょーがねえな、入り口までだぞ!」
「ほ、ほんとですか!」
だが、才能のある奴は好きだ。
「アッシュ。それがオレの名前な、お前は?」
「ネリス、です」
「敬語はいいよ、めんどくせーし」
ネリスの鞄にワームの外殻とツノを入れてもらったオレは、外を目指してダンジョンを上がり始めた。
ダンジョン特有の湿った空気が鼻を突く。階段はどこも滑りやすく、踏み外すとすぐにでも転げ落ちてしまいそうだ。
なんとなく会話を挟みながら歩く、登る。合間に襲ってくる魔物を叩き斬る。ネリスは16歳らしい。オレの一個下だ。オレと話ながらも常にオドオドしてて、オレは正直イラついた。だが、ネリスも好きなことになると随分おしゃべりになるらしい。
「そ、その剣……!」
「なに?」
「柄に刻まれてるの騎士団の紋章、だよね!!」
「ああ……兄貴が四人いるんだけど、一人を除いてみんな騎士なんだよ。それで、これはお下がり」
「それって……まさか……! ダルカンド王国近衛騎士団の紋章、だよね !! す、すごいよ、この騎士団は入ることも難しいのに!!」
ダルカンド王国近衛騎士団とは、国王直属のエリート騎士団だ。国王を守るために選ばれた近衛騎士の精鋭中の精鋭が集まっている。確かに有名だがそこまで興奮することか?
「騎士って本当に素敵だよ。国の盾となり、人々を守るために剣を振るう……それだけじゃない。高潔な誇りを持って、決して信念を曲げることなく、正義を貫くの。どんな誘惑にも屈さず、弱き者を守る。それって──おとぎ話の王子様みたいじゃない? ふ、ふふ、」
ネリスは顔を上気させて、手の指を合わせて口を覆う。キミの悪い笑みを浮かべていた。オレは口を引き攣らせる。
「……へえ? お前騎士に憧れてんだ?」
それも、騎士という物語のロマンティックな偶像に恋しちゃってるタイプ。
「う、えと……うん」
オレが隣にいることを今頃気づいたらしい。顔色が青くなったり赤くなったり。
オレが一番嫌いなタイプだ。恋だの愛だの夢見がちな女って。だいたい騎士道物語なんかみんなクソだし。
「そういや、なんでお前ダンジョンに来たんだよ。まるっきり戦えないだろお前。それもこんな深層に」
オレはジロリと目線を下ろして言葉を投げかける。考えなしにしてはあまりにバカすぎる。死にに来た割には、こいつの目は、なんつーか何か意思を感じさせる。やり遂げなければならないことがあるかのような。
「わ、私の大切な人が、重傷を負ったの」
ネリスが少し俯いて拳を握りしめる。それは小刻みに震えていた。
「その時に彼の義手と義足が壊れてしまって。な、直すには絶対にこのダンジョンの深層にある鉱物の素材が必要で」
前髪から覗く苦しそうな顔。自己嫌悪に歪んだ表情だ。
「役に立ちたかったの……」
「ふーん、でそれは取れたわけ?」
「う、うん!」
夕暮れの光が差し込む石積みの階段を一つ一つ上がっていく。そうしてダンジョンの入り口を抜け、外の世界に出た。空は深いオレンジ色に染まり、風は頬をかすめるたびに少しだけ冷たさを感じる。少し肌寒くなってきた季節だ。新鮮な空気を吸うと、オレはため息を吐いた。
そろそろ日が落ちる頃だ。この街の夜道は暗い。電気があれば、一瞬で明るくなるのに。
「そうだ、ギルドに寄ったら宿探さなきゃいけないんだった。めんどくさ」
ギルドに入る前に住んでいた宿が、その時の金額的な問題もあって一時的な契約だった。今日から宿を出て新しく探さねければならない。
「や、宿を探してるの?」
「まあな、言ったろ家出中なんだよ。まあ金はあるけどさ」
「今日は無理だと思うけど……」
「ハ?」
騎士を捨てたオレと騎士に憧れる魔法技師少女の未完成な世界 一夏茜 @13471010
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