あの日の光を君と、もう一度
比絽斗
第1話 出会いと隔たり の始まり
新しい制服の匂いと、慣れない教室の硬い椅子。結城大地にとって、高校生活の始まりは「いかに目立たずに過ごすか」という一点に尽きる。
中学時代。
陸上競技のトラックで、大地は「結城に勝てるやつはいない」と言われた。短距離、長距離、跳躍……どれもがハイレベルで、オールラウンダーという名にふさわしい身体能力を持っていた。
しかし、
その突出した能力は、周囲の視線を変えた。
「すごい」という称賛の中に、どこか「畏怖」が混じるようになった。
「結城は特別だから」
「俺たちとは違う」という言葉は、大地と友人たちの間に透明で、絶対的な「隔たり」を築き上げた。
大地はその視線に耐えられなかった。
自分が特別"であればあるほど、普通の幸せから遠ざかるような気がした。
だから、高校では能力を隠した。
運動部には入らない。体育では手を抜く。とにかく地味で、目立たない生徒。それが、大地が選んだ「普通」の生き方だった。
そんな大地の隣の席に座ったのが、日向葵だった。
「あの!日向葵です!よろしくね、結城くん!」
ハツラツとして、声まで元気いっぱい。太陽のような笑顔。大地が持とうと必死に隠している「光」を、葵は最初から身にまとっている。ハツラツ元気系陽キャポジション、という言葉がそのまま具現化したような少女だ。
「結城大地です。よろしく、日向さん」
大地は目立たないように、声のトーンを一つ落として答える。
葵は女子バレーボール部に所属していた。練習熱心で、毎日汗だくになって帰る姿を見ていると、大地はつい、気になってしまう。
ある放課後、
葵は重そうな段ボール箱を抱えて、廊下で立ち往生していた。バレー部の備品らしい。
「あーもう!これ、なんでこんなに重いの!?」
「日向さん」
大地は声をかけ、葵の持つ箱をひょいと受け取る。その瞬間、葵が「えっ」と目を見開いた。
「結城くん、無理しなくていいよ!すごく重いんだから!」
「大丈夫。これくらい、なんてことない」
大地は、普段隠している超人的な筋力をうっかり使ってしまった。片手で軽々と箱を持ち上げ、さっさと部室棟まで運んでいく。
葵は呆然として、その背中を追う。
「な、なんてことないって…。結城くんって、ひょっとして隠してる?」
「何を?」
「何か、隠してるスキル!」
「……なんでもないよ。それより、箱、ここに置けばいいんだろ?」
大地はすぐに冷静な目に戻り、そっけない態度を取った。葵は納得いかない顔をしたが、その後も大地は、葵やクラスの誰かが困っていると、放っておけなかった。
重い荷物を運ぶ時。風邪をひいたクラスメイトを保健室に連れて行く時。授業で理解できない箇所をこっそり教える時。大地は、自分の面倒見の良さを抑えられない。
その全てが、葵の目には
「人誑しのスキル」として映っていた。
「ねぇ、結城くんって、みんなに優しすぎない?」
ある日の帰り道、葵が訊ねた。
「そうか?困ってる人を助けるのは普通だろ」
「それが普通じゃないんだってば!みんな、結城くんに頼っちゃってるんだから!もう、人誑し!」
葵はそう言いながらも、頬を染めていることに、大地は気づかない。大地にとって、それは**「普通」の行動であり、誰かに「特別」**な感情を抱かせる意図など微塵もないからだ。
葵は、大地のその「自覚のなさ」に、次第に惹かれていく。そして、同時にモヤモヤも感じ始めていた。
交際へのエピソード
葵の友人たちは、そんな大地の「鈍感さ」にすぐに気づいた。バレー部の練習終わり、部室で汗を拭きながら、女子高生たちの恋バナ**に花が咲く。
登場人物は、ムードメーカーの莉子と、冷静でしっかり者の美咲。
「ねぇ、葵、最近結城くんとの進展どうなの?手とかつないだ?」
莉子が目を輝かせた。
「う、ううん、まだ…」
葵は俯く。
「えーっ!もう付き合って一ヶ月近く経つんでしょ?結城くんって、なんか悟り開いてる仙人みたいじゃない?」
美咲が冷静に突っ込む。
葵は顔を赤くして、正直な悩みを打ち明けた。
「優しすぎるんだよ、結城くんは。誰にでも平等に優しい。私が何かアピールしても、『そうか、頑張れ』って、全然動じないの」
「つまり、男の子の欲みたいなものが、見えない?」
莉子が顔を寄せる。
「そうなの!性的話題とか、そういうことに興味津々な時期でしょ、普通!でも、結城くん、そういうの全く興味なさそうで…私に魅力がないのかなって、悶々としちゃう…」
葵の悩みの根底には、
「彼は私を特別視してくれていないのではないか?」
という不安があった。彼の優しさは、自分への「特別」な愛情ではなく、
誰にでも発揮する「人誑しスキル」なのではないか、と。
そんなある日、葵は学校の外で大地の幼馴染と出会った。七瀬梓だった。
「あなたが、大地を特別視してくれてる日向葵さんね」
梓は、葵が大地に向ける視線に、すぐに気づいたようだ。
梓はカフェで、大地の過去を遠回しに語った。
「大地はね、昔、『俺だけが別の世界にいるみたいだ』って言ってたの。突出した才能が、周りとの間に絶対的な壁を作ってしまった。だから、彼は"特別な自分"が嫌いなの」
葵は息を呑んだ。大地の「鈍感さ」や「目立たない努力」は、全てそのトラウマから来ているのか。
「だから、大地にとって、あなたの”普通"の明るさ、"普通"の笑顔は眩しいの。彼は、"特別"を捨ててでも、"普通"の幸せを求めてる」
梓は静かにアドバイスした。
「今、大地に"特別な女"として迫っても、彼はまた壁を作るわ。今はね、"特別"ではなく、"普通"の君を見て、と伝えてあげて。彼を救えるのは、あなたのその『普通』の光だけよ」
葵は決意を固めた。
放課後、帰り道。葵は勇気を出して、大地に伝えた。
「結城くん。私は、結城くんの特別なところ"じゃなくて、"普通の結城くん"が好きだよ。人の世話を焼く優しいところ。恥ずかしそうに目を伏せる仕草。全部好き。だから、私に『特別』な壁を作らないでほしい」
大地は目を見開いた。自分の内側の葛藤を、こんなにも真っ直ぐに見抜かれたのは初めてだった。そして、自分の「特別ではない、普通」の部分を肯定してくれたのも、葵が初めてだった。
大地は戸惑いつつも、観念したように笑った。
「…日向さん。じゃあ、俺と、普通に付き合ってくれないか?」
「!うん!」
葵は歓喜のあまり、大地に抱きついてしまう。
大地は少し体が固まったが、その温かさが心地よく、そっと背中に手を回した。
こうして、鈍感系彼氏とハツラツ元気系彼女の交際が始まった。
しかし、この交際は、大地のトラウマが完全に消えたわけではなく、葵の「特別視されたい」という願望も満たされていない、危うい均衡の上に成り立っていた。
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