第35話 ギルラントとの商談
円形劇場 執務室。
表向きにはそう書かれているが、実際はギルラントの事務所らしい。
俺はリリとヴィオルと共に、ギルラントの部下に案内されてその部屋へ通された。
ソファーには、ギルラントと、その隣には彼によく似た美女が座っていた。
マリセリナ・ロード。
身分を問わず多くの男たちを魅了しているというだけあって、確かにかなりの美人だ。
しかしさっき戦った奴とうり二つ。
男女の双子は確か二卵性双生児の筈だけど、二人の顔は一卵性双生児並に顔がそっくりだ。
まぁ、マルセリナの方が髪が長く、メイクもしているので見分けはつくが。
「うふふ」
彼女は艶めいた笑みを俺に向けてくる……う、こういういかにもお色気なキャラは苦手だ。
俺はさりげなく彼女から目を逸らした。
ギルラントは向かいの席に座るよう促し、ヴィオルに声をかける。
「気楽に座ってくれたらいいよ。坊主、何か飲みたいものあるか?」
「僕の名前はボーズじゃないよ」
「あはは、そっか。名前は?」
「ヴィオルだよ」
「そっか、ヴィオルか。飲み物はジュースでいいか?」
「うん、ありがとう」
素直に受け答えするヴィオル……子供はとっさに偽名を名乗れないと踏んで、名前を聞いてきたな。
程なくして、俺たちにはコーヒーが、ヴィオルにはジュースが運ばれてきた。
マリセリナはクスクスと笑いながら問いかける。
「ねぇ、あなた。いつまでその姿でいるつもり?」
「……何のことでしょう?」
「ここで惚けても無駄よ? ヴィオルって、珍しくていい名前ね」
その気になれば、ヴィオルの名前から身元を調べることができる――そう遠回しに言っているな、これは。
まぁ、ここまで来たら、俺も偽名を通すつもりはなかった。
俺は変身魔術を解除することにした。
周囲に薄紫色の煙が立ちのぼり、俺の姿は元の姿へと戻る。
リリとヴィオルも、俺と一緒に変身魔術を解いた。
驚いたように目を見開くギルラントに、俺は胸に手を当てて一礼し、名を名乗った。
「改めてご挨拶申し上げます。私はレドーク・エルヴェノムと申します」
俺の本当の名を聞いて、ギルラントは目を瞠った。
「レドーク・エルヴェノム……もしかして、エルヴェノム家の?」
「はい。現伯爵の弟にあたります」
「……あ、似たような年の人間にそんなふうに話されるの、嫌いなんだ。フツーに話してくれたらいいよ」
マルセリナも、うんうんと頷いて言った。
「ここでは、私たちが友達だと思ってお話しして」
友達、か……無情のレドークと呼ばれていた頃は、そんなものとは無縁だった。
前世でも、友達がいたのは学生時代くらいで、今やそれも遠い昔だ。
ちょっとくすぐったい気持ちになりつつも、お言葉に甘えて砕けた口調であらためて自己紹介をする。
「俺は一応、伯爵の弟で、今は領民ゼロの土地の領主をやってる」
やや自虐混じりの自己紹介。
前世の記憶がなかったら、プライドが邪魔して、こんな言い方すらできなかっただろうな。
そんな俺を見て、ギルラントは可笑しそうに笑う。
「なかなか悲惨な状況みたいだけど、あんたからは全く悲愴感が感じられないな」
「むしろ自由を謳歌してるよ。余計な仕事も押しつけられないし、残業もないし」
「ん? 騎士団って、残業も何もないだろう?」
首を傾げるギルラント。
あ、やべ。ついつい前世の仕事場のことを思い出して言ってしまった。
まぁ、騎士団にいた時は労働時間が不規則だったし、不測の事態が起きればいつでも出動できるようにしていたからな。
そもそも残業という概念がなかった。
一方、マルセリナは俺の姿をしげしげと見詰めていた。
「へぇ……想像以上にいい男ね、レドーク・エルヴェノム。聞いたことがある名前だと思ったら、無情のレドークって言われてた人じゃない?」
「……」
「通りであの目……ぞくぞくすると思ったわ。本当に騎士団も何を考えてるのかしらね。あなたを辞めさせるなんて、騎士団の価値を下げるつもりなのかしら」
「俺の代わりはいくらでもいる、って団長は言ってたよ」
「あはははははは、騎士団も終わったわね。無情のレドークに代わる人間なんか、そうそう見つからないのに」
可笑しそうに笑うマルセリナ。
そういえば、王国騎士団って、確か小説にも出ていたような?
えーと、どこかの部隊が森の調査に行って、全滅してたような……ま、まぁ、前の職場のことは今は考えますまい。
「俺が話したいのは昔話じゃない。こいつをオークションに出してほしいんだ」
俺は鞄から両手でベロアケースを取り出し、そっとテーブルの上に置いた。
この前採取した魔石の中でも、いちばん大きなものを持ってきたのだ。
蓋を開けた瞬間、魔石はシャンデリアの光に照らされ、まばゆい輝きを放った。
ギルラントとマルセリナは、大きく目を瞠る。
「す……すごい。こんな大きな魔石、見たことがないわよ」
「俺も今までいろんな魔石を見てきたけど、こんなに純度が高くて、ここまでデカいのは初めてだ」
今までになく大きな魔石だとは思っていたが、オークションハウスのオーナーですら見たことがない代物だったとは。
あの洞窟は魔石の結晶だらけだったけれど、ここまで大きく成長したのは、この二つだけだった。
「そいつを匿名で売りたいんだ」
「なんで名前を隠すのよ? 伯爵家の名を出したほうが信用が得られるのに」
不思議そうに首を傾げるマルセリナに、俺は苦笑いを浮かべる。
「俺がこいつを持ってると知った途端、兄上は俺の土地と屋敷を奪い返しにくるだろうからな。一応契約書では領地は俺のものってことになってるけど、どんな手を使ってくるかわかったもんじゃない」
「ははーん、そういうことか。だったら匿名で売ったほうがいいわな。そういうことなら任せてくれよ。あんたの名前は出さずに、オークションに出してやるよ」
おお、よかった!
かつてないほど大きな魔石であれば、相当な金額になるはず。
しばらくの間は、余裕のある暮らしができるぞ。
すると、マルセリナがクスッと笑ってから口を開いた。
「とりあえず一つ出して、様子を見たほうがいいと思うわ。一つ目の落札によっては、二つ目の魔石の価値が上がる可能性があるもの」
最初の魔石がオークションで高値で落札された場合、この出品者の持つ魔石は質が高いと市場が判断する。
二つ目の魔石の評価も上がる可能性があるってわけか。
逆に、魔石が低い価格で落札された場合は、二個目の魔石への期待が下がり、相対的な価値も下がる可能性がある。
そういった意味での様子見ってことなのだろう。
「じゃあ、とりあえず、この魔石の出品を頼む」
俺は二つあるうちのひとつの魔石を布にくるみ、ギルラントに渡す。
ギルラントは頷き、布にくるまれた魔石を見てニヤッと笑った。
「くくくくく……いい目玉ができたぜ。今回のオークションは、かなり盛り上がりそうだな」
「ちなみに、オークションはいつやるんだ?」
「三日後だ。今から宣伝しても、これだけのアイテムなら充分人は集まるはずだ」
三日後か。
長期滞在になるかもしれないとはエドガーに伝えていたけれど、近況報告とあわせて、思った以上に長く滞在することも知らせておかないとな。
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