神亡き世界の神託器(デイトラクル) 〜転移したら幼なじみが“孤高すぎる令嬢”になってました〜

サイバシ

Log-1.カミサマっていると思う?

 目が覚めた。

 見知らぬ天井が、視界いっぱいに広がっている。


 空気が、違った。

 鼻に届く匂いも、肌に触れる冷たさも、どこか現実感が薄い。


 まるで、夢の途中で無理やり引き戻されたような──そんな感覚。


「…もしかして、本当に…本当にマヒロ君なの?」


 声が震えていた。嬉しさと、信じられない気持ちが混ざったように。


 振り向くと、赤と銀のオッドアイに背中まで伸びた長い銀髪の一部をサイドテールにした、僕より、少し背の低い女の子がいた。


 僕はその姿に見覚えがあった。明確には、知っている人の面影があった。


「君は…ソフィア、ソフィア・メーティスフォード…だよね?」


 この名前を呼ぶのはもう何年ぶりだろうか。

 でも、忘れはしない。僕にとっては数少ない幼なじみなのだから。


「やっぱり…覚えててくれてたんだ。…おかえり!」


 彼女が、思い切り抱きついてくる。この感じも懐かしい。


「ただいま…、僕も会いたかった」


 …自然に言葉が出てしまった。

 何を口にしたか理解した瞬間、頬が熱くなる。

 彼女も同じだったのか、はっとして僕から離れた。

 ……やっぱり、顔は赤い。


 だけど、この温度だけは、間違えようがなかった。



「…ところで、なんで僕はここに?」


 気持ちが少し落ち着いてから、部屋の鏡で自分を確認する。

 昼寝していたからか、パジャマ姿じゃなかったのは幸いだ。


 鏡に移った自分は、赤い瞳に、ワインレッドの長い髪と、右側に長い蒼いメッシュのような髪、そして、後ろ髪を首あたりで結んでいる。


 服装も、白いシャツにゆったりした上着、黒のズボン。空気が肌寒いが幸いこの服装なら風邪をひく心配も無さそうだ。


「あ、それについてなんだけど…」

 彼女がさっきの質問に答えようとしたが、それを止めるように自身の腹が鳴る。


 …今考えれば、休日だからと昼食も食べずに昼寝していた。


「…あ、ごめん。まだお昼食べて無くて…」

「私、何か簡単なもの作るよ?」

「いいの?」


 はっきり言って、彼女に手間をかけさせるのは申し訳なかった。

 しかし、今この状況からして、頼れる相手は彼女くらいだろう。


「うん、ちょっと待っててね…。今日は天気がいいから外で食べよ?」


 彼女に促されるまま、自身はドアから外へ出た。

 外は、どうやら歴史ある風貌の建物だ。学校、キャンパスと言うべきか。


「ねぇねぇ、神託器の噂聞いた〜?」

「あ〜あれか、アカデミーの地下にある遺物ってやつ。あんなの噂でしょ?嘘嘘!」


 ここの学生が何やら噂について話している。

 神託器という聞きなれない単語に引っかかりを覚えていると彼らが、こっちに気づいたようだ。


「お?お前、見ない顔だな?服装も見慣れないし…」

「あ…、えっと、僕は…」


 説明しようにも自分でも何故ここにいるのやら。

 説明に困っていると、ソフィアが部屋から出てくる。


 それを見て彼らはその場を離れた。


「…ソフィアさんの知り合いだったか。下手なことする前でよかったぜ」

「ね、目をつけられなきゃんだけど」

 去り際にそう聞こえた。


 …彼女はどう思われているんだ。これ。


「…マヒロ君?」

 彼女の声でボーッとしていた状態から戻ってこれた。


「あ、ボーッとしてた。」

「…お腹空いたんでしょ?一緒に食べよ?」


 彼女が僕の手を引いて、近くのテーブルまで連れていく。


 テーブルには、彼女のつくったサンドイッチが置かれていた。


「美味しそう…」

「早速食べちゃおうよ、いただきます!」

「いただきます!」


 彼女との食事も久々だ。

 またこうして美味しいものを一緒に食べれるのも嬉しいものだ。


「…ところで、さっき聞こえた噂についてなんだけど、"神託器"ってなんだ?」


「神託器の噂?このアカデミーの怪談みたいなものだよ。このアカデミーの地下に何でも答えてくれるカミサマの代理がいるっていうね」


「神の代理…か、胡散臭いな。まあ、怪談や噂は胡散臭いものの方が面白いのかもしれないし。」


「マヒロ君はカミサマっていると思う?」

「わからないな。どっちでもいいっていうか」


 そして、もう一つの疑問を彼女に投げかける。


「それと、さっきのここの学生?かな。君を見るなり逃げるように去ったけど…何かあったの?」


 …彼女は少し考えてから口を開いた。


「多分…私の肩書きのせいだと思うの。皆は私の事を"孤高の令嬢"とか"魔術師の逸材"って褒めてはくれるけど、私ってそんなのじゃないと思うの…」


 肩書き、か。

 彼女と別れてしまう前から、彼女の家がすごいとは知っていた。だいぶ昔のことで幼かったからとても大雑把にだが。


 でも、その立場が彼女を息苦しく思わせてしまっているのだろう。


「そっか、ソフィアがそう言われるって事は、それだけ頑張ってきたからじゃないか?」

「え?」

「少なくとも、僕の知ってるソフィアは頑張り屋さんで、しっかりしてるって感じ。周りの人にもそう見えてるんじゃないかなって思ったんだ」


 少し間が空いて、彼女がふっと笑う。

 風が彼女の銀髪を揺らした。


「……そんなふうに言ってくれるの、あなただけだよ」

「そう? まぁ、君がどんな肩書きでも、僕の知ってる“ソフィア”は変わらないから」


 彼女の表情が少し晴れたような気がした。

 空から降る光が彼女の銀髪をより綺麗に輝かせる。


「……ねぇ、マヒロ君。」

「ん?」

「“孤高の令嬢”なんて呼ばれるの、やっぱりやめてほしいな。……せめてあなたの前では、普通の女の子でいたい」


 その言葉が胸の奥にやけに残った。

 きっと彼女の“本当の願い”なのだろう。


「ああ、もちろん。ソフィアはソフィアだ。自然体で構わない。僕も自然体で接するから」


 少しの沈黙の間見つめあった。

 そして、彼女の笑い声が沈黙を破った。


「…あはは!マヒロ君ったら!カッコつけちゃって〜!」

「はは…、こんな言葉しか思いつかなったんだ」


 …今の彼女の笑顔は心から笑えているそんな気がした。



 しかし、楽しい時間を劈くような轟音が耳に飛び込んでくる。


「…な、何?!」

「爆発…?!」


 反射的に辺りを見渡す。アカデミーの外壁の方から、黒煙が上がっている。

 学生たちの悲鳴が重なり、鳥たちが一斉に飛び立つ。


「ソフィアはここにいて、僕が様子を見てくる」

「待って!あなたは魔法が使えないでしょ、私も行く」


 2人で爆発音の方へ向かう。

 途中、初老くらいの男性に声をかけられる。

「君たち!そっちは危険だ!」

「そんなのは百も承知です!」


 彼の静止を振り切って、進む。

「ああ…行ってしまった」


 爆発音のした地点に着くと、仮面をした男と数体の二足歩行のトカゲのような生き物が破壊行為を繰り返していた。


「…へぇ、孤高の令嬢自ら出向いてくれるとは、手間が省けたよ」


 仮面の男は、呟くように話しかけてくる。

「あなたがこんな事を…許せない…!」

「待て、奴の狙いは君だ。ここは僕が」


 …シャツの胸ポケットに入れていたペン型のデバイスを手に取り、ノブを押す。


 そして、左腕に突き刺すようにして起動する!


 次の瞬間、僕に粒子が付着し、装甲を形成していく。


 ミリタリーグレーの装甲、そして2つのカメラアイを備えたパワードスーツ、A.D.A.M.S. "ペルセンス・スペアー"が完成する。


 僕の身体に僅かながら重さが加わる。


 仮面の男は、どこか歪んだ笑い声を洩らしながら呟いた。


「なるほど…孤高の令嬢には、こんな騎士サマがついてたとはね…、でもどこまで耐えられるかなぁ?!」

「彼女の事は渡さない、指一本触れさせるか…!」

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