第2話 忠誠
理乃と翔吾は組織の事務所前に来ていた。
「久しぶりに来たわね。」
「俺は3日ぶりだ。」
翔吾の返答に思わず苦笑いを零す。
「最後にここに来たとき、ボスにどうせ近いうちに帰ってくるんだろ?って言われたの。絶対帰らないし、って言ったのに帰ってくることになるとは…」
理乃は肩を落としながら事務所の中へ入って行く。
社長室の前に辿り着くと秘書の男に声をかける。
「石黒さん、久しぶり。社長に会いに来たんだけど。」
石黒と呼ばれたスーツの男は二人に会釈をするとスケジュール帳を確認する。
「社長はご在室ですが、アポイントを取られていませんよね?」
怪訝そうな目で石黒は二人を見つめた。
「取ってないわよ。でも組織の利益になる話を持って来たの。社長に面会可能か聞いてくれる?」
「承知しました。」
ため息をつき、石黒は社長室内へ内線を掛けた。
「社長、営業部の一之瀬と片桐が面会を求めております。」
石黒の声を聞きながら翔吾は不安そうな顔をしていた。
「大丈夫よ。この時間にアポイントもなくいるってことは私たちが来ることも分かってるはずだから。」
理乃が小声で翔吾を励ますと、翔吾は無言で頷いた。
「お待たせしました。社長が10分であればお会いするとの事ですのでお入りください。」
受話器を置いた石黒が二人に向き直り、扉を開いた。
「失礼します。」
二人が足を踏み入れた瞬間、重く暗い空気が2人の酸素を奪う。翔吾は背筋を正し、固まる。
「何の用だ。」
50代ほどの大柄な男性が冷たく言い放つと、理乃は傅いて挨拶をする。
「お久しぶりです、ボス。突然の訪問にも関わらずお時間を頂きありがとうございます。」
理乃の落ち着いた言葉に、翔吾も冷静さを取り戻し傅く。
「用件を聞いているんだが?」
男の放つ冷たい言葉に翔吾は息苦しさを覚える。
「翔吾に出した私の抹殺命令の撤回を要求しに参りました。」
理乃は淡々と答える。
「ふん。命乞いに来たのか?」
男は鼻で笑い、理乃を見下す。
「ボスは翔吾に私を殺させ、逃げ場を無くす事によって組織に縛るお考えだったのでしょう?しかし彼は私を殺せませんでした。ならば彼の私への未練を利用して、恐怖よりも甘く強固な鎖で縛るほうがいいと愚考致します。」
頭を垂れたまま理乃は続ける。
「ご存知の通り、彼の作戦立案能力はまだまだ未熟。ボスへの絶対の忠義を誓った私であれば彼のサポート役兼組織への強固な軛として、この知能と身体をボスのお役に立てることができると確信しております。」
「絶対の忠義、か。」
「はい。私は組織に拾われ、組織に育てられた身。この生涯全て組織のために尽くすと約束致します。」
理乃は決意の籠もった眼差しで男を見つめる。
「翔吾は何かあるか?」
男は翔吾に向き問いただす。
「理乃の言う通りです、ボス。彼女の知能と私の技術を合わせることで、組織に今以上の利益をもたらすと約束致します。」
声が掠れそうになりながらも必死に言葉を紡ぐ。
「そうか。次の仕事は追って指示する。二人で当たれ。理乃は今日付けで店を辞めたことにしておく。もう帰っていいぞ。」
男は静かに自分のパソコンに目を移す。
理乃は立ち上がり深々と頭を下げる。
「承知致しました。二度も私の我儘を聞き入れて下さり感謝致します。これからも組織とボスの為に忠義に励みます。」
「ありがとうございます。これからも二人で忠義に励みます。」
続けて翔吾も頭を下げた。
社長室から出ると石黒に簡単に挨拶をし、事務所から出る。
暖かい外の日差しが翔吾の冷や汗を乾かしていく。
「つっかれたー!」
理乃が背伸びをしながら大声を出すと翔吾はがっくりと肩を落とした。
「終わった…」
理乃が振り向き翔吾にVサインを出す。
「ほら言った通りになったでしょ?この緊張感からの解放、仕事終わりみたいね。」
「確かに。お前の言う事は正しかったな。俺らの仕事はいつもあっという間だ。」
諦めたように翔吾は肩をすくめた。
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