灰色の世界と黒の鎖

叶屋叉那

第1話 再会

「すまない…理乃」

喉元に鋭く冷たい感覚が宿る。翔吾の手は震えていた。

「翔吾…?」

手足は痺れているが辛うじて声は出せるようだ。


理乃は記憶を辿る。


いつもの仕事からの帰りの車を運転してきたのは2年ぶりに再会したかつての相棒、翔吾だった。

今夜は人手が足りなく、ボスからの指示で迎えに来たと言っていた。

懐かしさから話が弾み気が緩んでいた。そこで渡させた水を何の疑いもなく飲んでしまったらこのざまというわけだ。


「ボスの命令…?」

理乃は訝しげに翔吾に問う。

「そうだ。」

冷淡な声で一言だけ返す。

「なら意識がないうちに殺さなきゃ。腕が落ちたんじゃない?」

小馬鹿にしたような口調で翔吾を一瞥する。

「お前は俺を置いて組織から逃げた。だから殺す。お前の油断を誘えるのは俺だけだから、俺がやらなきゃいけない。」

「よく分かってるじゃない。なら早く殺しなさいよ。」

「手が動かない…」

初めて見る翔吾の困惑した顔に、理乃は戸惑いを通り越して呆れてしまっていた。

「ホントに腕が落ちたんじゃない?まぁいいや…殺さずに済む方法、教えようか?」

理乃の言葉に翔吾は目を見開く。

「そんな方法があるのか?聞かせてくれ。」

翔吾はナイフを懐にしまい、丁寧に理乃を起こした。


「まず、この任務にはおかしな点があるの。分かる?」

理乃の問に翔吾は黙って首を傾げる。

「私そもそも組織から逃げてないの。夜職を通してターゲットや警察関係者に接触して情報を得る仕事をしてるだけよ。」

「…知らなかった。」

翔吾の顔にはショックが浮かんでいた。


「それが2つ目のおかしな点。何故組織は翔吾を騙してまで私を殺させようとしたのか。」

「お前、何かミスをしたのか…?」

翔吾が不思議そうな顔をして理乃を見つめる。


「するわけないでしょ。つまりこれは翔吾の忠誠心を確認するために組織が出した試験みたいなもんなのよ。」

「試験…?」

翔吾は怪訝そうに眉をひそめて聞き返した。


「そう。命令であればかつての相棒でも殺せるのかっていう意地の悪い試験よ。」

「…じゃあ俺は不合格なのか…?」

翔吾の顔は恐怖の色に染っていた。


「そうだけど、そうじゃないの。この試験の結果は3パターン用意されてるの。まず1つ目、迷うことなく私を殺すパターン。この場合はどんな命令にも従うと見なされるから合格。2つ目は迷うけど殺すパターン。この場合、翔吾には大切な相棒を殺したという罪悪感が残る。その鎖で組織から離れられなくすることが出来るので結果として合格。そして3つ目、私を殺せなかったパターン。」


翔吾の目が大きく見開かれる。

「その場合はどうなるんだ…?」

理乃は小さくため息を吐き、続けた。

「翔吾は私に執着心があると確認される。つまり私自身が殺し屋稼業に戻れば、翔吾も自ずと殺し屋を続けると推測される。つまりどうなっても翔吾の処遇は変わらないのよ。」


翔吾の顔に安堵が浮かぶが、同時に疑問が浮かぶ。

「じゃあなんでボスはこんな命令を出したんだ?」

理乃は大きくため息をつく。

「ボスは恐らく翔吾が私を殺せないのが分かってた。そして私が組織の狙いに気付くこともお見通し。つまり私を殺し屋に戻すための口実なのよ。」


「理乃は殺し屋に戻ってもいいのか…?」

翔吾の質問に理乃はあっけらかんとして答える。

「いいわよ。ボスの命令なら。」

「なら何で俺を置いて離れたんだ?」

翔吾の瞳は揺らいでいた。

「翔吾を置いていったつもりはなかったのよ。ただ自分に限界を感じただけ。翔吾はどんどん逞しくなっていくのに、自分が成長できなくて。翔吾の足を引っ張る前に裏方に回ろうと思ったのよ。」

むしゃくしゃした表情の理乃が答える。手足の痺れはなくなったのか足先を動かし怒りを顕にしていた。


「俺が理乃を置いていっていたのか…理乃が足手まといになるなんて考えたことなんてないのに。しかしなんで俺に何も言ってくれなかったんだ?」

「ボスに裏方に回りたいって言ったら、翔吾には何も言わないことが条件だ、って言われたの。当時は翔吾が同じようなことを言い出さないか懸念して言ったのかと思ってたけど、私を連れ戻すときに翔吾が利用できるから何も教えなかったのね。ムカつくわ。」

地団駄を踏んで暴れる理乃を翔吾が宥める。


「それで?これからどうしたらいい?」

理乃が落ち着いた頃合いを見て翔吾が尋ねる。

「朝一でボスに会いに行くわ。翔吾への命令を撤回してもらう。」

「なら俺も行こう。何かあれば理乃を守ろう。」

「助かるわ。私の予想が正しいなら何もないけど。頼むわね、相棒。」

「お前の予想が外れた事はないが、任せろよ。相棒。」


窓から朝日の薄明かりが見えるホテルで、2人は静かに拳を合わせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る