第5話 日課

  それからというもの、俺の頭の中に潮田さんが常に居座るようになった。暇さえあれば彼女のことを目で追ってしまう。

よく観察してみると、今まで気が付かなかったことに気づいたりする。彼女は颯太の行動を観察しては手元のノートに書き込んでいるようだった。新しく気づいたことと言えば、料理の他にもノートは何冊もあるということか。俺は潮田さんの健気さがたまらなく愛しく思えた。同時に羨ましいとも思った。誰かをこんなにも好きになれるなんて、きっと幸せなのだろう。

いつしか俺は一日中潮田さんのことを考えるようになった。何をしていても彼女に想いを馳せる日々。

そして俺は気がついた。潮田さんが好きだということに。

しかしそんな俺の変化に、颯太は何か異変を感じたらしい。

「悟さ、最近変だぞ。何かあった?」

「何もないよ」

俺は平静を装いながら言った。嘘をついたことに少し胸が痛む。でも颯太だって、友人の恋した相手がよりによって自分のストーカーだなんて、聞きたくないだろう。いつかはばれるかもしれないが、今だけでも平和な日々を送りたい。


  この頃の俺の日課は、放課後の誰もいない教室で潮田さんのノートを読み漁ることだった。鈴音とはしばらく一緒に帰っていない。正直もう好きという気持ちが薄れてきている。鈴音は優しいし可愛らしいし完璧な彼女だと思っていた。けど最近は何かが足りないと思うようになってきている。事あるごとに潮田さんの健気さと比べてしまう。

数日前も男子と二人で帰っていく鈴音を窓から見つけ、電話で大喧嘩したばかりだ。その時の鈴音の言い分はこうだ。

「悟だってここ最近一緒に帰ってくれないじゃない。」

だからと言って他の男子と一緒に帰るのは違うはずだ。浮気はしてないと何度言っても信じてくれない。もううんざりだ。

最近、今まで気がつかなかった自分の好みがわかってきた。

まず言えることは俺と鈴音は合わないということ。鈴音は浮気を疑ってくるくせに、此れ見よがしに他の男子と仲良くしている。お互いを好きな気持ちはとうになくなってしまったのだろう。そろそろ潮時なのか。



  付き合ったままだらだらと一か月が経とうとしていた日、俺は鈴音に電話をかけた。コール音はしばらく続き、キャンセルしようとした矢先に呼び出し音が消えた。スマホ越しに「もしもし」と言う冷たい声が聞こえてくる。

「急でごめん。鈴音、別れよう」

「そっか」

鈴音は無愛想なコンビニ店員のように落ち着いていた。やはり気持ちは冷めていたのかもしれない。お互い引きずることがないからちょうどいい。そう思っていると鈴音が淡々と言葉を重ねた。

「ひとつ言っておくね」

「なに?」

「私はまだ悟のこと好きだよ」

その瞬間ぷつんと何かが切れる音がした。

自分の知らない男子と笑いあう鈴音が脳内にフラッシュバックする。沸々と湧き上がる感情。それは紛れもなく怒りだった。考えるより口が先に動く。

「嘘つき」

気づけば電話は切れていた。どちらが電話を切ったのか、俺の声は届いたのか、答えはわからないままだった。



  鈴音と別れてからというもの、俺は呪縛から解放されたような気分だった。

だが颯太は、鈴音と別れてからの俺の態度を不審に思っているようだった。

「あのさ、悟」

「どうした?」

「彼女がいない俺が言うことじゃないかもしれないけどさ…」

「うん?」

「なんで別れてから生き生きし始めたんだよ」

「そんなことないよ。俺だって傷ついてるんだからな?考えすぎだって」

俺はどちらかと言うと冷静な方だ。だからあの時のように感情に任せた行動をするのは自分らしくないと思う。

だが後悔はしていない。納得は全てにおいて優先されるとか誰かが言っていたし、俺はこれから自由に好きなことをする。きっと俺にとって鈴音は足枷のような存在になっていたんだろう。しかし鈴音とは別れることができた。これで堂々と、前から思っていたことを実行できる。俺はそのことについて誰にも相談しなかったし、これからするつもりもない。

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日曜日、海岸で。 砂雪くるみ @Sironowa_ru

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