日曜日、海岸で。

砂雪くるみ

第1話 潮田さん

  君の髪は潮風に舞う。僕は秋の冷たい海水を両手いっぱいにすくって彼女にかけた。

「冷た!さすがに夏が終わると水が冷たいね」

彼女はそう言うと僕に水をかけ返してきた。二人の笑い声は誰もいない砂浜に響き渡る。ずっとこのままでいたい。心からそう思った。

「今日海に来られて、本当によかった」

砂浜に腰を下ろした彼女は、そう言って微笑んだ。僕は目を閉じる。ここに来るまで、本当にいろんなことがあった。



  梅雨も明けたある日の昼休み。僕の目の前には、眉間に皺を寄せて延々と喋っている友人がいる。彼、伊藤颯太とは中学校からの付き合いで、かれこれ四年以上隣で彼を見てきた。

しかし最近の彼は、四年間で見たことがないほど不機嫌そうだ。彼を不機嫌にさせる元凶は机の上の大量の薄水色の封筒に他ならない。曰く、これらは下駄箱や教室の机の中など、あらゆるところに届くらしい。この手紙は全て、颯太のストーカーから届いている。

手紙の送り主は潮田さんという、僕たちのクラスメイトだ。教室でいつも一人黙々とノートを書いている大人しい性格で、笑っているところは見たことがない。誰ともつるもうとしないからクラスメイトからは、呪いをかけているとかあらぬ噂を囁かれている。手紙が届き始めたのがいつからだなんてはっきり覚えてはいないが、何かきっかけがあったのだろうか。

すると、急に颯太が僕の瞳を覗き込みながら言った。

「悟、そんなに面倒臭そうな顔するなよ。今日のはいつもよりやばいんだって」

もう聞き飽きたセリフだが、手紙の内容はだいたいいつも一緒だ。なのに一枚一枚ちゃんと読んでいる颯太も少し変だと思う。嫌よ嫌よも好きのうちとかいうやつなのか。

「颯太さ、手紙ちゃんと全部読んでるの?気持ち悪いならだったらすぐ捨てればいいじゃん。颯太もしかして潮田さんのこと好…」

その名前を出すと颯太は急に声を荒げた。

「そんなわけないだろ!馬鹿なこと言うな!」

教室がしんと静まりかえる。教室に顔を向けると、今の剣幕に気圧されたであろうクラスメイトたちが、僕らを不安気に見ている。しかし颯太のストーカーである潮田さんだけは、何かをノートに書いている。颯太は現状確認のためだとか読みたくなんかないとかぶつぶつ呟いている。誰も喋ろうとしない空気に居た堪れなくなった僕は口を開いた。

「ごめんごめん。冗談だよ」

颯太の険しかった顔はすぐに安堵の色に塗り潰された。

「まったく、冗談でもやめろよな」

それを聞いたクラスメイトたちはほっとしたように各々の行動を再開した。僕は好奇心から手紙を見せてもらうことにした。颯太は購買のパンをかじりながら、手紙を読み進める僕を神妙な面持ちで見ている。

手紙には主に、潮田さんが颯太を好きだという気持ちが長々と綴られていた。そして最後には潮田紗羅よりと書いてある。僕は潮田さんの下の名前をここで初めて知った。うーむと呟きながら颯太に手紙を返した。同時に前からの疑問をぶつけてみる。

「何で颯太がターゲットなの?」

「そんなの俺が聞きたい」

鬱陶しそうに言う颯太が嘘をついているとは思えなかった。

颯太と潮田さん。

クラスでも二人が関わっている姿は見たことがない。僕には二人はたまたま同じクラスになっただけの関係にしか思えなかった。ふと脳内で思いついた言葉を並べる。

「先生に相談すればいいじゃん」

「もちろん相談した。でも何かされたわけじゃないから注意だけしておくってさ」

淡々と語る颯太は、明らかに一年前よりも疲れているように見えた。潮田さんが直接颯太に何かしたと言うのは夥しい量の手紙だけだった。でも颯太は神経質だから、いつ自分自身に被害が出てもおかしくないと敏感になっているんだろう。僕はこのまま手紙が送られるだけで済むと思っていた。きっと颯太もそう思っていただろう。

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