第42話 再会、その先

 冬の午後、空気は張りつめていた。

 代々木公園の銀杏並木はすっかり葉を落とし、地面には淡い陽射しがこぼれている。

 その光の中で、真由と玲奈は静かに立っていた。


「……来ます。」

 玲奈の声がかすかに震えた。

 視線の先、ゆっくりと歩いてくる一人の男性。

 コートのポケットに手を入れ、どこか躊躇いながらも確かに近づいてくる。


 ――かつて、彼女がすべてを捧げた人。


 真由は少し離れたベンチに腰を下ろした。

 カバンからノートを取り出し、ページを開く。

 “観察ではなく、見届ける”。

 その言葉を自分に言い聞かせるようにペンを握った。



---


 玲奈と男性が向かい合う。

 風が二人のあいだを抜けていく。


「……久しぶり。」

「うん。」


 それだけで、もう充分だった。

 二人のあいだには、長い時間が流れていた。

 言葉が追いつかないほどの距離と沈黙。


「いきなり呼び出してごめんなさい。

 どうしても、自分の目で確かめたくて。」


「確かめる?」


「ちゃんと、“終わった”ってことを。」


 男性の表情が、わずかに揺れた。

 だが、怒りでも悲しみでもない。

 ただ、過去を受け止めるための静けさだった。


「ありがとう。

 あのとき、ちゃんと向き合えなかったのは俺の方だから。」


 玲奈の目に光が滲んだ。

 けれど、涙はこぼれなかった。


「……もう泣かないって、決めたんです。」


 真由はその言葉を聞きながら、胸の奥に小さな熱を感じた。

 “悲嘆の終わり”は、涙が止まったときではない。

 涙の理由を、自分の言葉で語れるようになったときだ。



---


 再会は、十五分ほどで終わった。

 最後に二人は、ほんの一瞬だけ笑顔を交わした。

 それはもう、恋人の笑顔ではなく――

 人生の通行人としての、静かな敬意のようだった。


 男性が立ち去ったあと、玲奈はベンチに腰を下ろし、深呼吸をした。

 肩から何かがすっと抜けていく。


「……不思議です。

 終わったのに、すごく穏やか。」


「“終わる”って、“無くなる”ことじゃありません。

 場所を変えて、心の中で続くことです。」


「……そうか。

 終わりじゃなくて、配置換えなんですね。」


「ええ。悲しみの“配置換え”。」


 玲奈は笑った。

 その笑みは、出会ったときよりずっと柔らかかった。



---


 少し離れた場所に、桐谷の姿があった。

 スマートフォンを手に、遠くから二人を見守っていた。

 真由が気づいて軽く会釈すると、桐谷は静かにうなずいた。


 ――支援者としての距離、そして人としての距離。

 両方を守ることが、いちばん難しい。


 桐谷は手帳を開き、短くメモを残した。


 > 『終わりを見届ける支援は、

 >  同時に、自分の“終わり方”を学ぶ場でもある。』


 それを閉じると、冬の風が頬を撫でた。



---


 その夜、真由のもとに玲奈からメールが届いた。


> 【報告】

再会して、心が少し軽くなりました。

もう一度、“自分の生活”を始めます。

ありがとうございました。




 画面を見つめながら、真由は静かに微笑んだ。

 そのまま送信フォルダを開くと、桐谷への報告書を作り始める。


> 『再会支援、完了。

 対象者、悲嘆の再統合段階に到達。

 “終わり”は、誰かに見届けてもらうことで形になる。』




 送信ボタンを押すと、パソコンの画面に小さな反射光が広がった。

 その光が、まるで彼女自身の心の再起動のように見えた。


(つづく)



---


📘 次回(第43話)予告

「寄り添いの温度」

再会支援を終えた真由のもとに、桐谷が静かに伝える言葉。

――“支援”とは、どこまで寄り添い、どこで離れるのか。

心の距離をめぐる二人の夜が始まる。

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